前編『砲火』
『ほう……訓練とはいえ、俺の先行者を落とすとは。認めてやろう』
自機とは違う黒い先行者が爆炎を吹き上げるのが映っているディスプレイの隅で、一人の男が声を出す。
通信を送って来るワン教官。かなり人気の高いキャラで、かなりの美人の娘がいるという噂がある。
「くぁ〜、あっぶな〜……死ぬかと思った……」
ワイシャツの腕を捲りつつ、遠山は呟いた。
さっきまで遠山が戦っていたステージ2はワン教官と戦い、それに勝つことができればクリアとなるステージである。
ステージ2はプレイヤー間では『魔のステージ』と恐れられている。
相手はワン教官の乗った黒い先行者なのだが、その強さがランダムなのだ。
特に最強クラスのレベルでは、上級者ですら勝てない場合もある。
今回遠山は、そこにぶつかった。倒せたのが幸運と言える。
「まぁ、ライフは全快だし……よし!」
呟くなり、遠山は先行者をジャンプさせ地上に群がるアイボ隊へとガトリングガンを撃った。
「前線より通信、最前線のAIBO部隊が敵と接触した模様!機種は先行者、1機です!!」
紫雲丸艦橋で、通信兵が声を張り上げた。
途端に士官達の動きが慌ただしくなる。
「先行者、か……」
川村だけが、落ち着いている。
「……格納庫へ行く。アレは搭載されているな?」
立ち上がった川村が近くの将校に声をかける。
「は……?は、はい。試作機が1機だけ、ですが」
日本軍きってのエースパイロットに声をかけられたとあって、戦闘とは別の緊張の面持ちで青年将校が答える。
「そうか……整備班に伝えてくれ。いつでも出られるように、と」
「了解しました!」
青年将校の敬礼を見て満足したように微笑み、川村は踵を返した。
「……あの男は、こういう感覚を抱いたりするのだろうか……?」
そして格納庫へ向かって、川村は歩き出した。
そして、前線。
「だ、第2突撃部隊、全滅!援軍をお願いします!」
「くそっ……!バケモノめ!!」
「こっちの攻撃を完全に見切っているとでもいうのか!?」
「……!!第7AIBO隊、反応消えました!!」
「なにぃ!?」
「き、来た!!うわああああぁぁぁぁ!!」
ASIMOやTMSAKのパイロット達の怒号や悲鳴、弾丸とミサイルが飛び交っていた。
「第1・第3突撃小隊は後退して体勢を立てなおせ!指揮小隊が食い止める!!」
「ま、間に合いま……」
爆音とともにTMSAKの高性能レーダーに様々な反応が現れ、その中で味方機の反応だけが消えていく。
敵の反応は、たったの一つだというのに。
「くそっ……!指揮小隊、前に出るぞ!AIBOを先攻させて時間を稼ぐ!その間に後退しろ!!」
指揮小隊の隊長であるTMSAKのパイロットが次々と指令を出していく。
TMSAKにより統制される無人のAIBOが次々と爆炎が次々と巻き起こっている空間へと走り出す。
同時にTMSAKの足下で待機していたASIMOが背中からビームライフルを取り出し、構える。
「行くぞ!何があってもここでヤツを止めるんだ!」
隊長の号令の元、全ASIMOが背中のブースターを吹かして飛ぶ。
刹那、彼方からの集中砲火により戦闘のASIMOの右腕が吹き飛び、ライフルの爆発と共に誘爆する。
「なにっ!?」
中国の誇る最新人型決戦兵器……先行者が、指揮小隊の機体へと真直ぐに突っ込んで来る。
「単独突入で指揮官機を破壊しようというのか……!」
ASIMOが射撃を開始する。
様々な角度から、ビームライフル機関部で収束された高エネルギーが赤い閃光となって先行者へと襲い掛かる。
それを待っていたかのように、先行者は右手を手刀のごとく振り降ろした。光の膜と共に。
逆再生された映像のごとくビームが飛んで来た軌道を辿り、ことごとく射手であるASIMOを貫く。
直後、すべてのASIMOが自らの放ったビームにより爆裂霧散した。
「な、なに…!?報告書にはあんなもの……!!」
TMSAKのパイロットが驚嘆したその一瞬、先行者は飛んだ。
凄まじいスピードでTMSAKに肉迫する。
先行者の左手に装備されたドリルが、TMSAKの胸を貫いた。
「指揮小隊・全滅!!」
「敵、第3防衛ライン突破!なおも本艦に向けて進行中!!」
「…!!敵基地より新たな敵影を捕捉!増援です!!」
紫雲丸へと次々と伝わる報告。
「……これだけの部隊でも足りんというのか……バケモノめ……!!」
紫雲丸艦長の、吐き捨てるような言葉。
『物量作戦が裏目に出たようだな、艦長』
「……川村君!?」
艦橋内に、川村の声が響く。
『私がT−5で出る。全部隊を後退させろ』
「無茶だ、川村君!T−5はまだ完全じゃないぞ!!」
『今の時点で最強の戦力であるT−5を投入せねば部隊は壊滅する。紫雲丸まで沈んでは、日本海への進攻を止められなくなる』
そう言う川村の言葉は、冷静だった。
『T−5はシミュレーターで何度も乗っている機体だ。私専用の機体だからな。最悪でも相打ちには持ち込める。艦長、出撃許可を』
「……分かった。川村三佐、発進を許可する。カタパルト開け!」
『感謝する』
艦橋の下方から、低い震動が伝わって来る。
『川村、T−5!出撃する!』
開いた艦のカタパルトから、白い機体が飛び出す。
日本軍対先行者兵器『TMSAK5』、コードネーム『T−5』。その試作機だった。
「……川村君…君だけが頼りだ、頼んだぞ……」
苦い表情で遠ざかるT−5を見つめつつ、艦長は低く呟いた。
「……酷いものだな」
強化五層ガラス越しに川村が眺める光景は、凄まじいものだった。
荒野に数多に存在するミサイルの着弾痕らしき小規模なクレーター、高出力ビームの余波で生じた焼け跡、そしてその中に散らばる日本のロボットの残骸。
「たった1機でこれだけの戦果を引き出すとは……まるで、ヤツの再来だな……」
過去に思いを馳せる川村。それも、長くは続かなかった。
『……!T−5!?』
交代してくるASIMOからの通信が飛び込んで来る。
「パーティーもそろそろシラけて来たか。真打ちの登場といこう」
『……!三佐!!』
生き残っていた機体から、歓声が沸き上がる。
「敵は?」
『残りのAIBO部隊と交戦中です。全ミサイルを放出させている為、そうそう突破はできないでしょう』
「だが油断はできん。全機、揚陸艇に乗船し紫雲丸へと後退しろ。私が相手をする」
『しかし三佐、お一人では……』
「私は、死ぬのはベッドの上でと決めているのでな」
川村のつぶやきと同時に、T−5が加速する。
ミサイルの白煙を爆発が照らし出している空間へと滑り込む。
「ほう……」
そして、生で見る先行者の動きに川村は目を細めた。
「ミサイルの軌道を読み、危険域のミサイルだけをすべて迎撃しているとは……流石だな」
その光景から目を離さず、T−5のウェポンシステムを起動させる。
150ミリ旋回砲塔、ミサイルコンテナ、ミサイルポッド、ギガンティックシザース……全ての武器の安全装置が解除され、撃発可能となる。
「ならば、私が……相手になろう!!」
川村がトリガーを引き絞る。
ごく僅かの反動とは裏腹に轟音をあげて旋回砲塔から弾丸が吐き出され、彼方の先行者へと飛ぶ。
ASIMOやTMSAKの火器とは段違いの射程だった。
150ミリ旋回砲塔を次々と発砲しつつ、T−5が距離をつめていく。
先行者は、いきなり砲撃を仕掛けて来た相手の招待が掴めないのか回避しつつも困惑している。
「……まだAIBOが残っているが……仕方あるまい」
T−5のミサイルポッドから凄まじい数のミサイルが乱射される。
TMSAK04では到底考えられなかった数のミサイル−−−それが白煙の尾を引き先行者へと飛ぶ。
ようやくT−5の存在に気付いた先行者が凄まじいスピードで宙へと舞い上がりそれを回避する。
地上に取り残されたAIBOが、T−5の放ったミサイルの爆風により次々と誘爆していく。
軍が被るであろう経済的損失に、川村の少し心が痛んだ。
「機動性はTMSAK以上……か」
すかさずT−5の両肩からミサイルコンテナが切り離される。
先行者のガトリング砲が数発着弾したが、すべてT−5の厚い装甲に弾かれ虚空へと消え去る。
「そんな豆鉄砲で、T−5の装甲が貫けると思うな!」
川村の叫びと同時にコンテナが展開し、順次放出されたミサイルが先行者をロックオンし様々な方向から先行者へと襲い掛かる。
数発被弾しつつもミサイルの猛攻を回避しきった先行者が、T−5の直上から舞い降りて来る。
その姿を、川村は焦るどころか逆に感心して眺めていた。
「はじめて遭遇した敵機の死角をこの短時間に見破るとは……出来る」
先行者の左手のドリルを確認した瞬間、川村は一気に行動に出た。
T−5をフルブーストで前進させつつターンさせ、着地した先行者と向かい合う体勢になる。
先行者の放ったドリルが地面を抉り、砂をまき散らしている。
「だが……!」
コクピットを襲う急激なGに耐えながら、先行者が次々と放つガトリングガンを避け、接近する。
「いくら先行者が高性能とは言えど、T−5と正面から勝負して勝てるわけがあるまい!!」
再び、T−5が疾駆する。先行者へと、真直ぐに。
T−5が右腕を振りかぶった瞬間、先行者はその場にしゃがみ込んだ。
「なにぃっ………!!」
その股間から発せられる光を見、川村はミスを悟った。
TMSAK04に搭載されていたビーム砲を越える威力のビーム……先行者に搭載されているビーム砲。そこからほとばしった閃光が、真正面からT−5を襲う。
凄まじい衝撃。T−5が右腕を振り降ろすのが一瞬遅れた。
その一瞬のうちに退避行動に入っていた先行者の右腕が、T−5の右腕に押しつぶされる。
「くっ!」
続いて放たれた左腕は、宙を捕らえただけだった。
先行者は反動を利用し、一気にT−5から離れている。
「私としたことが……焦ったか。戦場で結果を焦ることは、死に繋がる……」
無理には負わず、T−5の状態をチェックする。
『前面装甲板損傷・ダメージ軽微』
『武器系統にダメージ・修理可能』
『各部ミサイルポッド、上部旋回砲塔使用不能』
「……やはり、試作機か……操縦系統の構造が甘い……」
コンディションモニターから視線を戻した川村の表情が強張る。
「なにっ…!?」
先行者は、向かって来ていた。T−5へと、真直ぐに。
同時に、川村の脳裏にとある言葉が蘇る。
『自爆』−−−先行者の腰からは、凄まじい光が溢れている。
「エネルギーをオーバーロードさせて自爆するシステムか……」
T−5は………川村は、待ち構えていた。ただ一点を狙う為に。
「……だが……やらせはせん!!」
先行者が最接近したその瞬間、T−5がギガンティックシザースを突き出す。
鈍い音が聞こえた。何か、硬いものを断つような音が。
ギガンティックシザースが、先行者の腰を捕らえている。
先行者は、T−5の腕にもたれかかるようにして、その機能を停止していた。
「……どうやら、私の勝ちのようだな」
その瞬間、T−5のコクピットに紫雲丸からの歓声が飛び込んで来る。
『よくやったぞ、川村君!これでなんとか……』
「……艦長。ヘリを用意してくれ。それと解析班を待機させるんだ」
『どういうことかね?』
川村の視線は、艦長の顔を映し出すモニターではなく、未だにT−5の右腕に掴まれたままの先行者に注がれていた。
「……私の勘が正しければ……恐ろしいことになる」
『分かった、準備させよう。残存部隊を戦線維持に送る、帰投したまえ』
「いや、必要無い……今日は、この戦線を放棄するんだ」
『……どういうことだね?』
「後で話す」
『そうか……』
川村の声になにかを感じたのか、艦長は何も言わなかった。
『それでは、早急に帰投してくれ。英雄の帰還を皆待ちわびている』
「そうするとしよう。通信を終わる」
答え、川村は通信機のスイッチを切った。
「……敵新型機、離脱していきます。残存敵機は半壊したAIBOのみ、こちらの損害は1%にも満ちません」
「そうか……」
通信兵の弾むような声を聞きながらも、王の表情は暗かった。
「……教官?」
「…工作部隊出撃。敵は次も物量作戦で来る、今のうちに陣地を確保するんだ」
「了解しました。工作部隊、順次出撃。出撃部隊、応答せよ……」
「………」
通信兵の出す指令を何処か遠いところの声のように聞きながら、王は何も無い荒れ地が映し出されているモニターを見つめていた。
ほんの数分前まで、T−5と先行者が死闘を繰り広げていた場所。
「あの判断……あの動き……間違いないな」
自分にのみ聞こえる声で、呟く。
「川村……一也……」
王が中指で押し上げたサングラスの、奥。
「この片目の痛みは……貴様を倒すまで治まりはしない……」
そして、踵を返す。
「待っていろ、川村……ここを、お前の墓標にしてやる……」
……時間が過ぎる。
いつもと同じと思える日が。
だが、『それ』は着実に迫っていた。
全てが終わる、その日が。
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