中編『真実』

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ………
「……んぁ」
ソファーの上で、遠山は目を覚ました。
けだるい朝………では、なかった。
「……ん?」
窓の外は、暗い。
腕のデジタル時計の表示は、『PM9:00』になっている。
「ああ……成る程」
眠気の残った頭で状況を理解し、未だに鳴り続けている目覚ましを止める。
「あぅ……」
そして、再びソファーに寝転がる。
心地よい睡眠を妨げられるのは、心地よくはない。それは当然のことだった。
再び、遠山の意識が暗闇に落ちかけた瞬間……違う音が、鳴った。
遠山が飛び起きた時、もう一度ドアチャイムが高らかに鳴る。
「……誰だよ、こんな時間に……」
不機嫌な様子を隠そうともせずに、遠山が部屋を横切りドアを開ける。
「………」
しかし、遠山の怒声は出なかった。
理不尽な怒りをも超越した、鋭い刃のような雰囲気を持つ男……川村が、そこに立っていた。
「……」
川村が、手に持った写真と遠山の顔を見比べる。
「あ……あの…何か……?」
「……確かなようだな。君が遠山昇君か?」
「え?は、はぁ……」
「そうか」
川村がブランドもののサングラスを指で押し上げる。
「私は日本陸軍特務三佐・川村一也という者だ。日本軍を代表して、君に依頼したい」
「はぁ……!?」
あまりに突拍子な言葉に、遠山が眼を剥く。
「……こ、これ、テレビのドッキリかなんかっスか?」
しかし遠山は、頭から否定する気にはなれなかった。
川村の持つ雰囲気と口調が、何故かその言葉に真実味を帯びさせていた。
「いいや、違う」
その言葉と同時に、静寂が打ち破られる。
「……!!」
二人の頭上から聞こえて来るヘリのローター音が、静寂を切り裂く。
「迎えだ。どうやら、戦端が開いたようだ……」
「せ、戦端……?」
「……詳しい事はヘリの中で話す……来てくれるか?」
「…………」
少し戸惑い、そして……
「…はい」
遠山は、頷いた。

「……おおっ!?」
ヘリの窓から外を見ていた遠山が、身を乗り出す。
眼下に広がる大海原……その真ん中に、紫雲丸が鎮座していた。
そのカタパルトの上で、ASIMOがライトセーバーを振っている。
「あ、あれは……」
「日本陸軍主力機体、ASIMOだ」
「なんでASIMOが……それに、デカい……」
「その事については、あとで説明しよう」
ヘリがゆっくりと、紫雲丸へと近付いていく。
「……昨年5月。日本政府の経済破産とソニーコーポレーションの国家管理による企業国家が成立したのは知っているな?」
「ええ。知っているも何も、僕、今日ソニーに入社したばっかりですよ」
「そうか…なら話が早い。ソニーは、同様に経済的に破産寸前にまで追い込まれていた中国にもその支配力を伸ばそうとした」
「!」
「しかし中国はその支配をよしとせず、様々な抵抗運動を続けて来た……」
「それって、まさか……」
「そう。一般には、中国と日本の経済摩擦として報道されていた事態だ」
「………」
ヘリが着艦し、ローターの回転数がゆっくりと減っていく。
「歩きながら話そう……そのまま対立が続けば各国との衝突の原因にもなると考えたソニーは、中国を支配下に置く為に直接行動に出た。武力行使だ」
「武力って……そんなこと、今の日本に……」
「合法的には不可能だが、非合法には可能だ」
甲板脇の階段を、乾いた音と共に降りていく。
「……日本企業の作り出したロボット技術。それが、武力進攻などという大それたものを可能にしたのだ」
「………」
眼前に広がった光景に、遠山は声もなかった。
フェリーの車庫のようなロボット用格納庫の中に静かに立ち尽くす、ASIMO、AIBO、TMSAK04……そしてT−5。
すべて、テレビで……そして自らの眼で見た事のあるロボット達。
「こ、こいつらが……?」
「一般には、医療用などに製造されたとされているが……それは違う。そもそも軍事用として開発された技術が転用され、一般に公開されているのだ」
「……対空レーダーや、インターネットのように……?」
「そうだ……こいつらのデザインが一般のモノを模倣しているのは、敵に対する心理的効果を狙ったものだがな……こっちだ」
格納庫の中を歩いていく川村。遠山も周囲を見回しつつついていく。
「当初はすぐに終わると思っていた武力進攻だが……1年が経とうという今でも、終結せずにいる。その一番の原因が、これ……」
格納庫の最深部。
日本軍の機体に混じって、その異様なフォルムを照明の下に晒す機体……先行者。
色は日本軍を示す白に塗り替えられている。
「こ、これは……先行者……!?」
「その通りだ。装甲というものをほとんど持たない機体重量を生かした機動力と、貧相な外見に反した強力な武装を持つ、中国陸軍機甲部隊人型最終決戦兵器……」
「実在したのか…ゲームだとばっかり思ってたが……」
「そうだ……そして、君にやってもらいたい事は……」
「…!」
緊張の面持ちで川村へ振り返る遠山の眼前に、ノートパソコンが差し出される。
「先行者を操縦してもらいたい……中国軍を撃破する為に」

「……先行者のエースパイロット……」
紫雲丸ヘリポート、大型ヘリの中。
呟きながら、遠山は渡されたファイルをめくっていた。
『量産型随伴機体:自律戦況分析回路搭載型四足歩行ミサイルキャリアー・AIBO
 基本装備:胴体内ミサイルポッド
 備考:海上用ホバー機動型などのバリエーション有』
『主力戦闘機体:全領域汎用人型戦闘機械・ASIMO
 基本装備:高機動ブースター
 追加装備:高エネルギー剣「ライトセーバー」
      高エネルギー狙撃銃「ビームライフル」
 備考:近距離戦用のFighter型、遠距離戦用のSniper型などバリエーション有』
『高火力指揮機体:半人型浮遊火力支援機体・TMSAK04
 基本装備:胴体ガトリングガン
      腕部ミサイルポッド
 選択武装:単発型荷電粒子砲
      速射型荷電粒子砲
      無線誘導式小型攻撃機
 備考:無線誘導式小型攻撃機は機体の反応速度を低下させる為、装備にはOSの換装を要す』
『エースパイロット専用機:超高火力殲滅型試作機・T−5
 基本装備:腕部ギガンティックシザース
      上部旋回150ミリ砲塔
 追加武装:後部マルチウェポンコンテナ
      コンテナミサイルポッド
 備考:特務官位専用機体。現在川村特務三佐専用の2機が先攻量産されている。
    武装などのバリエーションは順次追加予定』
「……T−5……」
遠山の頭の何処かで、数分前の川村の言葉が蘇っていた。
「ぼ、僕がこれを……!?」
「そうだ。いつも君が遊んでいるゲームのようにな」
「そ、そんな!あれはゲームで、実際に操縦するなんて……」
「可能だ。来たまえ」
川村に言われるがままに歩み寄る遠山。
その足下が震動し、ゆっくりと上昇していく。
「この機体のコクピットは、何処にあると思う?」
「どこ…って…」
股間部のキャノン、そして内部フレームの露出した胴体。アニメ好きの子供でも分かる。
「頭……ですよね……」
「その通りだ。だが」
二人の乗る足場が、先行者の頭の高さで停止する。
「ここは捕獲当初から全く手を加えてはいないが……ここに人が乗れると思うか?」
「…………」
人を小馬鹿にしたような表情のフェイスカバーの外された先行者の頭部には、遠山が想像していたようなコクピットはなかった。
コード類がひしめき合い、操縦するどころか子供一人入るスペースすらない。
「と、いうことは……」
「人工知能とも思ったが、戦況をリアルタイムで判断し、有人機を凌駕する性能を持つAIなど世界中何処にも存在しない。存在していれば、それを開発した国が今頃世界を支配している」
「……遠隔操縦?」
「その通りだ。だが、ロボットを操作できるような遠隔操縦技術は開発されていない…少なくとも、日本では。だから、中国にも存在しない……我々はそう思っていた」
川村が、ノートパソコンのスリープを解除する。
「しかし、それが間違いだった……先行者は、遠隔操縦されていた。世界中から」
「……!」
遠山の表情が驚愕に変わる。
ノートパソコンのディスプレイに表示されていたのは、紛れもない『先行者』のゲーム画面だった。
「このゲームを開発したのは誰かは不明だ。しかし、そのプログラマーは間違いなく世界1の腕を持っている」
「………まさか………」
「このゲーム自体が、先行者のコクピットなのだ。リアルタイムで情報を戦場にいる先行者とやり取りし、戦場のデータをゲーム画面に投影する」
「………」
「ユーザーは、文字どおりゲーム感覚で戦闘行為に手を貸しているのだ」
「……………」
遠山は、呆然としていた。
「そして君は、そのゲームのトップパイロット……つまり、単機で最も高い戦果を挙げたパイロットだということだ」
自らがプレイしていたゲームが、そのまま戦争に繋がっていたという現実………
「……じゃあ、僕は……人を……」
「その点は問題ない。我が軍の機体は脱出装置も完備している。死傷者は、ほとんど居ない」
「そう……ですか……」
安堵する遠山を見、川村の胸が少し痛んだ。
嘘だった。確かに日本軍の機体に脱出装置は完備されているものの、それは川村の言葉ほど確実なものではない。
実質、脱出装置で生還できる人間は40%にも満たないのだ。
「……今年に入って、アメリカの動きが怪しい。どうやら我が国のロボット技術を手に入れようとしているらしいが……」
足場が、ゆっくりと降りていく。
「だが、あの国は加減を知らん。いきなり中国に核を撃ち込む可能性も十分に考えられる」
「………」
「そうなれば、中国も核の使用を強行するだろう。そうなれば、アメリカと中国の核戦争どころか、他の核保有国も核の乱用に出る恐れがある……地球規模での核戦争だ」
「そうなれば……世界は確実に……」
「破滅する……そのような事態を許さない為にも、遠山昇君……我が軍に力を貸してくれ」
「………それは………強制ですか……?」
俯いたままの遠山が小さく言葉を発する。
「拒否権はある。拒否するなら、ヘリで君を送り届ける。我が軍の機密を公開しない限り、君の生活には干渉しない」
「………分かりました」
遠山が、顔を挙げる。
その表情に、曇はなかった。
「手伝います。今まで、僕が……僕達ユーザーがして来た行為の、罪滅ぼしとして……」
「……」
「そして、この戦争を終わらせる為に……武力行使を許すわけじゃありません。でも、戦火で泣く人間を、僕の手で一人でも少なくできれば……」
「……そうか」
その答えに、川村は満足げに微笑んだ。
遠山の心に、その笑顔が焼き付いている。
「………!」
遠山の右手のデジタル時計が鳴った。
AM0:00……作戦開始時刻。
『遠山君、準備はいいな?』
「OKです!」
聞こえて来る川村の声に、キーボードに指を添えつつ答える。
『いい答えだ……』
そして、ヘリのローターが回転を始めた。
「我々が先行者という大きな戦力を手に入れたからには、向こうも短期決戦にかけてくるはずだ……」
紫雲丸艦長が、艦長席から立ち上がる。
「……我々が、この不毛な戦いに決着をつけるのだ。川村君……遠山君……そして皆……頼んだぞ」
そして……腕を、目の前にかざす。
「目標、中国軍の制圧!全軍、出撃!!」
遠山が、キーを叩く。
今までの見慣れた画面とは違う、先行者の周囲に広がる光景……紫雲丸のカタパルト。
『川村、T−5!出撃する!!』
その先行者の脇を、T−5が出撃していく。
『よし……!』
そして、大きく息を吸い込み……
『遠山、先行者!出撃します!』
先行者は、紫雲丸のカタパルトから飛び立った。

「敵、全軍出撃した模様!先行者の機影も確認!」
中国軍基地・指令室。
王は、通信兵の言葉をただ静かに聞いていた。
「……陣地の完成度は?」
「約8割。作動に問題はありません」
「そうか……」
王が、ゆっくりと立ち上がる。
「工作部隊は撤退。私の先行者を用意しろ……」
言い、緊急通信用のマイクを掴む。
「全軍に通達。敵は、今夜の一戦にかけてくるだろう。もう遠自先行者だけでは食い止められない筈だ」
通信兵は、その王の様子をじっと見つめている。
「全軍、出撃。何があっても、敵軍を食い止めるんだ。中国の大地の蹂躙を決して許すな」
あくまで淡々と、言い聞かせるように……語る。
「……中国の人民10億は、俺達の後ろにいる……全軍、出撃!遠慮はいらん、中国の力を思い知らせてやれ!!」
格納庫のパイロット達から、歓声が巻き起こる。
「……お父さん」
ゆっくりとマイクを戻す王の背中に、少女の声がかけられる。
「……梨華……」
指令室の開け放たれたドアの向こうに、王の娘梨華(リーファ)が立っていた。
「どうしても……行くの……?」
その大きな瞳に涙を溜め……父親を見つめている。
「ああ」
答える王の声は、父親のものではなく……兵士として、教官としてのものだった。
「………」
梨華が王に歩み寄り、父親の身体をしっかりと抱き締める。
「帰ってくるよね……お父さん……いつだって、帰って来たんだもん……今度だって……」
「……………」
「……お母さんと同じことには……ならない…よね……?」
王は……無言で、嗚咽を漏らす娘の頭を撫でていた。
サングラスの奥の隻眼に、哀しみを滲ませて……

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