後編『決着』
『……でも、三佐』
先行者が、中国の大地を踏む。
「川村でいい。君は軍人ではないのだからな」
『はぁ』
中国の兵器としてではなく、日本の兵器として。
『……先行者を捕獲したんだったら、そのままコピーして日本版先行者ともいえる機体を量産すればいいんじゃないですか?』
「確かにその通りだ」
T−5も上陸する。
後続の、長距離飛行用増加ブースターパックを装備したASIMOやTMSAK04、AIBOを大量に搭載したコンテナも到着する。
そして遠山の乗ったヘリも、上空に到着する。
「だが、それは不可能だった。何故か分かるか?」
『……複製できない機構があるから?』
「その通りだ。その機体の骨格は、我々が使っているのとほぼ同じチタン系の複合材質だ。その点には問題ない……その点だけは」
『だけ……?』
「そうだ。特に腰に配置されているジェネレーターについては特にだ」
『腰……?中華キャノンですか?』
「君達ユーザーは、そう呼んでいるのか……ぴったりのネーミングだな」
川村が苦笑する。
「……先行者は、機体を動かすのに必要な動力を腰部から供給されている。だがしかし、それがどうやって動いているのかが分からんのだ」
『え……?』
「我が軍の調査班を持ってしても全て不明……非常に高度なブラックボックスだ。そして判明したのはただ一つ……『完全な永久機関』であるということだ」
『永久機関……』
「腰から放つガトリングガンやビーム、右手に装備されたドリルに左手のビーム反射膜投影装置……その全てのエネルギーも、そこから供給されているのだ」
『………もしかして、中国に伝わる『気巧』だとか?』
「否定は出来ん」
『………』
川村の答えに、遠山は黙るしかなかった。
「…!」
遠山の耳に聞き慣れた電子音が届く。
「全機、火器のセフティを解除。敵機を補足した」
『えっ!?』
ただ一人困惑する遠山。
『も、もうですか!?先行者のレーダーにはなにも……』
「T−5のレーダーは特別製でな。先行者のものの2.5倍以上の半径を持つ」
『はぇ〜……』
「各機、小隊単位で展開。敵機の注意を引き付けろ。その間にT−5と先行者で単機突入をかけ敵基地を攻略する」
『了解!!』
さらに困惑する遠山の声は、日本軍パイロット達の声に見事かき消された。
「……頼んだぞ!遠山、付いて来い!」
『りょ、了解……』
突出するT−5の後ろを、先行者が付いて行く。
『か、川村さん……中央突破をかけるよりは、他の部隊と合同で敵機を排除した方がいいんじゃ……』
「レーダーを見ろ」
『え……!えぇぇっ!?』
遠山の声に、他の将校の驚いたような声が混じる。
先行者のレーダー上には、凄まじい数の光点が表示されていたからだ。
「敵は我々が撤退している間に工作部隊を使って一種のトーチカを設置している。これで、我が軍は相手を物量において圧倒できなくなった」
『…………』
「そしてフィールドにはトラップが仕掛けてあるだろう。さらに、世界中から先行者のパイロットが出撃している。最も苛烈な戦闘になるだろう」
『じゃあ、な、なんで……』
「だからこそだ。トラップは、敵味方が入り交じる中では作動させることは出来ない。物資の消耗は最も避けたい事態だろうからな。だからこそ、今まで自動操縦の先行者が敵の主戦力だったんだ」
『で、でも……』
「そして、敵も我々が一点突破をかけるとは思うまい……向こうにとっては我々以外周囲にいるのは全て味方だが、我々にとって自分達以外は全て敵だ」
『……成る程……同士打ちを誘うわけですか』
「その通りだ。ましてや先行者のパイロットには素人が多い。同士打ちは必ず起きるだろう……以上だ。何か質問は?」
『……ありません』
「よし、行くぞ!遠山、君は上空から攻撃を仕掛けろ!」
『了解!』
先行者が、ジェットをフルに吹かし空へと舞い上がる。
『……こりゃ、凄い』
液晶モニター内、そしてヘリの風防ガラス越しに見える光景を見て、遠山は呟かずにはいられなかった。
暗闇の中にある、凄まじい数の光……ロボット達。
そして、遥か彼方に見える一際大きな光。あれが中国軍の基地であろうことは、遠山にも容易に想像がついた。
(僕達ユーザーがして来た行為の、罪滅ぼしとして)
昨日川村に言った言葉が、脳裏に蘇る。
……やらなきゃならない。何があっても。
遠山の思考が弾き出した結果は、これだった。
『………いきます!!』
先行者が、ガトリングガンで上空から掃射をかける。
その攻撃に反応したトーチカ群が、上空の先行者へと攻撃をかけてくる。
『川村さん、僕がトーチカを破壊します!ロボットは頼みます!』
「了解!」
トーチカ群の上部を大きく旋回しつつ、下降していく先行者。
そして、一つのトーチカの背後に張り付く。
その瞬間、トーチカの砲撃が止む。
『やっぱりね……』
トーチカは、射線上に味方機がいる場合、攻撃が停止するようにプログラムされている。
川村の話だけからそれを推測し、遠山は実行したのだ。
『いっけぇぇぇぇ!』
「やるな……若い連中は違う」
中華キャノンで数台のトーチカを一挙に消滅させていく先行者を見つつ、川村は呟いた。
「ふ……こんな感慨を抱くようでは、私も老兵ということか……」
自嘲気味に呟きつつ、右腕に捕らえていた有人式先行者を振払う。
凄まじい数の弾幕がT−5に降り注いでいるものの、一発もT−5の50ミリチタニウム複合装甲を貫けていない。
T−5にとって恐怖なのは、大口径の砲塔を持ったトーチカである。しかし、トーチカは先行者に引き付けられT−5には向いていない。
逆に先行者にとって恐怖なのは機動性の高いロボット群だが、T−5がロボットを引き付けている。
絶妙のコンビだった。
「私も負けてはいられん……道を切り開くぞ!付いて来い、遠山!」
『了解!!』
T−5がミサイルを水平乱射する。
雨霰と発車されるミサイルが中国軍のロボットを次々と爆炎の中に沈めていき、ロボット群の中に一筋の道を切り開く。
『川村さん、射程内のトーチカ全破壊完了です!』
「こちらも道を開いた!突っ込むぞ、付いて来い!」
『了解!』
一気に突っ込むT−5と先行者。
『後方部隊、射撃軸合わせ!T−5と先行者をサポートしろ!撃てーっっ!!』
さらに日本軍の部隊から降り注ぐ砲撃。
中と外から撹乱され、中国軍は混乱の極地に陥っていた。
「……!?」
川村の背中に、冷たいものが走る。
中国軍が突如統制を取り戻し、T−5と先行者を無視し後ろに控える日本軍へと攻撃を開始したのだ。
T−5と先行者が基地の眼前にいるにも関わらず。
『え…?敵が……逃げた……?』
「違う……」
『え?』
「散れ!!」
『!』
川村の声に弾き飛ばされるように先行者が跳ねる。
直後、先行者が足場にしていたトーチカが上空からのビームによって消滅する。
『!?』
「うおおぉぉぉぉぉぉ!!」
驚愕する遠山を尻目に、T−5がビームの予想発射位置へとミサイルを叩き込んでいく。
夜空に咲く、爆炎の華。それを背負うように、一つの影がゆっくりと地上へと降り立つ。
ロボットの残骸の上にちらつく炎が、その影を闇夜の中に浮かび上がらせる……
『……こ、こいつは……』
死神のごとき、黒い……先行者。それが、川村と遠山の機体の前に立ちはだかっていた。
「久しぶりだな、川村一也……やはり、貴様がそれに乗っていたか……」
二人の耳に届く、低く、重い……王の声。
「王湖心!!どうやら、あの時の決着……今、つけなければならないようだな!!」
T−5が、旋回砲塔を黒い先行者へと向ける。
『王……!?王教官!?』
だが、遠山の先行者は動かなかった。
『まさか……実在していたなんて……!?』
「そうだ……今日も相手しただろう」
『!?……まさか、ステージ2の黒い先行者を操作しているのは……!!』
「そうだ……並外れた戦果……先行者の性能を究極まで引き出すその能力。お前が現れた時、勝利をほぼ確信していたが……」
黒い先行者のコクピットの中で、王のサングラスが鈍く光る。
「まさか、日本人だったとはな……誤算だった」
『……教官ッ!!』
「王ッッ!!」
T−5の150ミリ砲が闇夜に吠える。
「だが、川村……先に決着を付けねばならないのは、お前のようだな!!」
黒い先行者が跳び、容易く150ミリ砲弾を避ける。
『くそっ……!ゲームで何度も戦った相手と……戦わなきゃいけないのか……!?』
「遠山、行け!王は私が落とす!!」
『で、でも!』
「敵の基地を陥落させれば我々の勝利だ!!行け!!」
『……了解!!』
「甘い!」
遠山が先行者を動かすよりも早く、王が黒い先行者を疾駆させた。
『……!?』
黒い先行者の左手に立ち上る、光の刃。
遠山の先行者がそれを受け止めたのは、半ば奇蹟と言えた。
『くうっ……!?』
2機の先行者の間で散る、凄まじい光。その光が、ゆっくりと遠山の先行者へと傾いていく。
『パ、パワー負けしてる……!?くそぉっ……!』
「俺の先行者は弐式でな……特別製だ」
「退け、遠山ッ!!」
『は、はい!!』
先行者が跳び退り、入れ代わりにT−5が弐式へと突っ込む。
「川村……!」
「王ッ!!」
同時に突き出されるT−5と弐式の腕。
T−5のアトミックシザースが、弐式のドリルを捕らえる。
「パワー比べか……!」
「日本軍の新型機の力、見せてみろ!!」
ドリルが凄まじい勢いで回転し、ドリルを挟み込むアトミックシザースと火花を散らす。
さらに弐式が振りかぶった左腕のブレードを、T−5が手首を挟み込むようにして受け止める。
「おおおおおっっ!!」
T−5が弐式を捕まえたまま旋回する。
「!」
遠心力でギガンティックシザースからドリルとブレードがすり抜け、火花と共に弐式が宙に舞う。
そして体勢を立て直していない弐式へと容赦なく叩き込まれるミサイルの乱打。
光の筋が走り、弐式が炎の渦の中に飲み込まれていく。
『やった…!?』
「いや……まだだ!」
『えっ!?』
爆炎を突き破り姿を現した弐式の左腕には、ブレードが煌めいていた。
『まさか、ミサイルを斬り払ったのか!?』
「その程度なら、壱式でも避けられる!!」
「くっ!!」
次々と放たれるT−5の攻撃を踊るように避けながら、弐式がT−5へと迫る。
「そのデカブツは、双対距離を一気に詰めれば対応できまい!」
「……あれをやるか……!?」
「遅い!」
T−5のコクピットへと弐式のブレードが振り降ろされ、光が散る。
「なにっ!?」
『僕の存在を忘れてもらっちゃ……困るよ!!』
先行者が、T−5の眼前で弐式のブレードを受け止めていた。
「遠山!」
『川村さん、その鈍重な機体じゃ先行者の機動力には付いて行けません!ここは僕に任せて!』
「しかし!」
『援護、お任せします!!せぇぇぇっ!!』
先行者が弐式の力を受け流すように左腕を跳ね上げ、巴投げの要領で弐式の腰に蹴りを叩き込む。
必要最小限の動きで体勢を立て直した弐式の右腕が、続いて放たれる中華ビームによって吹き飛ばす。
「ぐっ!?」
『予想通り!てぇぇぇっ!!』
T−5の装甲を蹴って加速した先行者が体勢を立て直す暇を与えず弐式の懐へと潜り込む。
『これで……終わりだよ!!』
先行者のドリルが、弐式のボディに突き刺さろうとした瞬間……蒼光が迸った。
弐式が、中華ビームを放ったのだ。
『うわっ…!?』
右腕が消し飛び、バランスを崩した先行者が落下していく。
「俺の機体も先行者だということを忘れたか…?『敵を知り己を知れば百戦危うからず』、それが先行者に乗る時の心得だった筈だ!!」
『く、くそ……動かない…!どうなってる!?』
地上に叩き付けられた先行者は、T−5が作り上げたスクラップの山の中に埋もれて身動きがとれないでいる。
そして迫る、弐式。
「これまでだ!!」
『くそっ…!!』
「その言葉、貴様にそのまま返すぞ!!」
『!!』
T−5がフルブーストで、弐式と先行者の間へと飛び込む。
「その程度の装甲、貫けないと思ったか!!」
弐式のドリルがT−5の装甲に突き刺さる。
凄まじい火花が飛び散り、T−5の装甲が一瞬で抉られ、内部から膨れ上がる。
轟音とともに、2機の先行者を爆風が襲う。
『川村さんっっ!!』
「こんな無謀な行動にでるとは……奴らしく……!?」
その一瞬だった。
弐式の残った左腕が、凄まじい衝撃と共に肩口から切断される。
「まさ……か…!?」
続いて背後から貫かれる弐式の胴体。
『……!!』
弐式の胴体から突き出ているものは、紛れもないT−5のギガンティックシザースだった。
「さっき、貴様は言ったな……『敵を知り己を知れば百戦危うからず』と」
弐式の背後にそびえる、T−5。
背部のウェポンコンテナを切り離し、旋回砲塔とコクピットだけの姿になっていた。
「ま…さか……分離だと……!?」
「私は、以前貴様と戦った……先行者の事は知っている。だが貴様は、T−5の事を知らない……それが、敗因だ!!」
T−5が腕を振り落ろす。
弐式が地面に叩き付けられ、その衝撃で四散する。
「ぐぅ……っっ!!」
吹き飛んだ頭が地面を転がり、着地したT−5に激突した。
「……はぁっ!!」
T−5が、弐式頭部のカバーをアトミックシザースで叩き割る。
「……く……川村……」
その中に、王は居た。
原型を留めていないサングラスと頭から流れ落ちる血が、衝撃の激しさを物語っている。
「…………」
そんな王を無感情な瞳で見つめつつ、川村がT−5のコクピットから降りる。
同時に、遠山の乗ったヘリがT−5の隣に着陸する。
「か、川村さん!?」
川村の右手に握られた銃を見、遠山が叫ぶ。
そんな遠山を気にすることもなく、川村は静かに、王へと歩み寄る。
「……決着は……ついた、ようだな……」
川村を睨み付ける、王の隻眼。
「ああ」
それに対する、川村の冷徹な声。
銃の握られた右腕がゆっくりと上がり、王の眉間へと狙いを定める。
「……終わりだ……王」
「やめてぇぇっ!!」
少女の声が、響く。
「彼女は……まさか、教官の……!?」
「梨華……」
梨華が、立っていた。大きな瞳から涙をこぼしながら……
「もう……終わったんでしょ?あなたが買って、お父さんが負けたんだから……ね!?」
「…………」
川村の視線は、動かない。
その右腕は、震え一つなく王の眉間に向けられたままだ。
「だから……だから……!」
「……梨華……」
「え……?」
王の言葉に、梨華が目を見開く。
「……川村を恨むな。川村は何も悪くない……悪いのは、この戦争だ……」
「お父さん……」
「梨華……すまない…お前に、悲しい想いばかりさせて……」
「……!!」
「……川村…それに、遠山といったか……梨華を…頼む……」
「ああ。確かに、聞き届けた」
そして、ゆっくりと引き金が引き絞られていく……
「……!いやぁぁぁぁぁぁっっ!!」
梨華の叫びと同時に………撃鉄が、躊躇無く落ちた。
乾いた金属音が響く。
「……………え…?」
遠山や梨華の予想していた事は、起きなかった。
銃口から弾丸は飛び出さない。数秒前と同じ光景が、あるだけだ。
「……王湖心は、死んだ……」
川村が、静かに呟き踵を返す。
「……川村……何故だ……?」
王の声に、川村の足が止まる。
「貴様には、帰りを待つ人間がいる。私には、居ない……それだけの事だ」
「……フッ」
王の表情が、崩れた。
「片目の恨みは、これでチャラだ……感謝する……」
「自分を射殺した人間に感謝するな。お前は死人なんだぞ」
「ああ……」
「お父さん……!!」
梨華が、王へと駆け寄っていく。
「……これで、終わりですか?戦争は……」
T−5の側に立つ遠山が、歩いてくる川村に声をかける。
「ああ……」
「……最初から、ああするつもりだったんですか?」
王に抱き着いている梨華を見ながら、遠山が訪ねる。
「さあな……」
適当な答えを返しつつ、川村がT−5のコクピットへ戻っていく。
「遠山、君もヘリに戻れ。最後の仕上げだ」
「了解」
遠山も踵を返し、ヘリへと走り……途中で、振り返る。
王が、梨華の肩を借りて基地へと立ち去っていく……
「……親子、か」
そう呟き、再びヘリへと走り出す。
………中国軍が日本軍の降伏勧告を受理したのは、それから3分後のことだった……
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