第2話:公立学校へ乗りこめ!
「ねえ、パパ。いいかげんガードマンつきのお見送り、やめてくれない?」
朝食のテーブルで、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいるパパに言った。高円寺家の食堂は広くて、そこに置いている食事用のテーブルも長さが4,5メートルもある大理石でできているため、パパに話かけるにはちょっと大きな声を出さないといけなかった。パパは私の声が聞こえたのか、
「なんでだ?ルリ」
と言ったものの、私の方には顔を向けずに相変わらず新聞を読んでいる。その態度がすでに「聞く耳持たない」様子に見えるのよね。でも私もここで負けているわけにはいかない。
「だって、朝だけでなく放課後もずっと私のこと見張ってるのよ。1人で買い物に行きたくても行けないし、それに友達のところに遊びにもいけない―」
と言いかけた瞬間、パパが急にこっちをギロッと見た。
「友達?友達って、まさかあの貧乏弁当屋の息子に会いに行こうとしてるんじゃないだろうな!?そんなことは、絶対ぜーったい、パパは許さんぞっ!」
そう言うと、パパはさっさと席を立ち仕事に向う。食堂の入口付近に立っている私の専属監視役(?)の北浜に、
「いいか、北浜。ルリが悪友と遊ばないよう、しっかり監視しておくんだぞ!」
と告げると、「バタン!」と激しくドアを閉めて出て行った・・・。1人広い食堂に残された私は、「ハア・・」とテーブルに頭をゴツンと乗せてうなだれる。そう、毎日パパの妨害で、あの日以来、陸には会えてないんだ・・・・。陸は・・私のことを思い出してくれてるかなあ・・。
「今から青葉中学校月曜朝礼を始めたいと思います。まずは高原生徒会長からの朝のあいさつです」
アナウンスに紹介され、陸はステージに上がる。陸の姿が見えると、全校の女子生徒がザワザワとざわめき出す。
「高原会長よ!今日もかっこいいー!」
「私も生徒会に入りたいけど、選挙に出ないと入れないし、生徒会メンバーってみんな優秀だから、気が引けちゃうのよね・・・」
そんな女の子達の熱い視線も感じることなく、陸はマイクの前に立つと深くおじぎをしてから、朝のあいさつを始めた。
「皆さん、おはようございます。まず今日は・・・」
「『キャー、生徒会長ー!』って、あいかわらずモテモテだね、高原生徒会長♪」
「んだよ、凪。今日は用があるから生徒会には来ないって、言ってたじゃん」
「あー気が変わったんだよ」
放課後、陸は同じ生徒会メンバーで書記係の「安藤凪」と廊下で顔を合わせた。凪は、髪型も校則ギリギリのちょい長めで、制服の下に着ているシャツも派手なものが多いため、しょっちゅう先生に注意されている男の子だ。陸と違って「優等生」タイプではないし、不特定多数の女の子とつきあっても平気な軽い性格でもある。それゆえ、「なぜ、あいつが生徒会メンバーなんだ?」という声も多く聞かれるが、成績は抜群に良く、それで誰も文句が言えないようだ。それに悪いヤツでもないので、陸も凪とは気が合い、クラスは違うがけっこう仲良くしている。
陸と凪は並んで歩きながら生徒会室に向う。どちらも学校1、2位をはりあうぐらいもてる2人ゆえ、歩いていると女の子達が熱い視線を送っているが、2人ともそれに気づくことなく(凪は気づいているようだったが)話を続ける。
「それともなに?おれが生徒会に来るのは迷惑だった?はるかちゃんと2人きりがよかったかな?」
「はあ?」
凪にそう言われ、陸は首をかしげる。
「なんでそこではるかが出てくるんだよ。別にはるかと2人きりだろうが何だろうか、関係ないけど」
陸はそう言いながら生徒会室のドアを開けると、凪は「フウ」とため息をつく。
「おやおや、幼なじみにそんなこと言っちゃダメだよ。はるかちゃん、かわいそうに」
「ハハハ、何言ってんだよ、凪。はるかも別におれのことなんてなんとも思ってないって」
そう陸が言った時、ガラッと生徒会室のドアが開き、
「ごめん、陸!そうじ当番が当たっちゃってて遅れたの!」
と言いながら、メガネをかけた女の子が入ってきた。彼女は「栗原はるか」。生徒会副会長で、陸の幼なじみだ。陸とは家が隣同士で、小さい頃から兄妹のように遊んできた仲なので、はるかは陸のことなら何でも知っているつもりだ。しっかり者で、学年でも成績はいつも優秀、そして美人なので、はるかにあこがれている男子も多い。ただ真面目すぎるせいかガンコで融通がきかないところが欠点である。
「よっ!はるかちゃん♪」
凪がはるかの前にヒョイと飛び出して、あいさつした。はるかは凪をチラッと見ただけで、クルッと背を向け、
「あら、安藤くん来てたの?別にいてもいなくてもどっちでもいいんだけど」
と冷たい一言を言ったので、凪はガクッとこけた。それだけでも凪にはダメージを与えたが、はるかはそれに付け足す。
「それに何回も言ってるけど、私のこと気安く『はるか』って呼ばないで」
はるかはそう言うと、陸に駆け寄って、
「で、陸、次の行事の予定なんだけどー」
と説明をし始めた。陸と話している時のはるかの表情は、凪と話している時と違ってすごくいつもうれしそうだ。だからそれを見て凪はいつも思う。
「恐らく、何とも思ってないのは陸だけだと思うけどねー」
だって、陸だけは「はるか」と呼んでも構わないから。
生徒会室で、陸、凪、はるかの3人は3日後に行われる「私達の主張2007」の行事の段取りについて話し合いを行っていた。「私達の主張」とは、毎年いろいろな題材を取り上げ生徒達が書いた作文の中から、学年ごとに優秀作品を選出し、全校生徒の前で代表者が論ずる行事である。
「じゃあ、今年の主張はこの流れで行こうかな」
陸がOKサインを出すと、はるかもうなずき、
「今年も優秀な主張がそろっているから、良い企画になると思うわ」
と言ったが、凪だけは「ふう」とため息をついた。
「主張っていっても、どれも真面目な内容だろ?環境問題とか受験問題についてとか。そんなのより『告白大会』にでもした方が、面白いと思うんだけど」
イスをユラユラ揺らしながら話す凪に、はるかは、
「『告白大会』なんてくだらないわ。そんな学校の品位を下げるような企画なんて、絶対反対よ」
と言うので、凪は苦笑いしながらはるかを見る。
「相変わらずお堅いね、はるかちゃんは」
「だから、はるかって呼ばないで!」
どうも凪とはるかは、性格が正反対のせいか意見が合わず、しょっちゅうけんかをしている。そんな2人をいつもなだめるのが陸の役割なのだ。
はるかに「品位を下げる企画」と非難された凪は、陸の方に向く。
「そういや陸」
「なんだ?凪」
「だいぶん前に聞いたんだけど、数週間前に公園で女の子と2人きりで弁当を売ってたって?」
「ブッ!?」
凪にそう言われた陸は、飲んでいた水を思わず吹いてしまった。あきらかに動揺している。だが凪は構わず続ける。
「目撃談によると、陸の家から仲良く2人で出てきて、弁当を売りに行ってたそうじゃないか。はるかちゃんかと思ったけど、その女の子、髪が長くてこの辺では見たことない子だったらしいがー・・・誰かな?」
凪にニヤリと笑われ、陸はあわてて否定する。
「ご、誤解だっ!あいつはなんでもない!というか、おれは、あんなヤツの力を借りなくたって、弁当屋を日本一の弁当屋にしてみせるからなっ!」
そう叫ぶ陸を見て、凪は、
「いったい何があったんだろう・・・」
と首をかしげた。その横で、はるかはしーんと黙ったままだったが、しばらくしてからやっと口を開く。
「で・・、その子は誰なの?」
陸は遠い目をして言った。
「もう二度と会うことない、住む世界のちがうヤツさ」
ところ変わってこちらは私立桜小路女子学園。お金持ちのお嬢様が通う超有名私立女子校だ。登校、下校時間ともなれば、お迎えの高級車が門にずらりと並ぶ光景はこの辺りの近所の名物風景にもなっている。ルリはそこに通っているのだが・・・。
はあ・・・、さっきからため息ばっかり出ちゃうよ・・。今日も朝もびっしりガードマンに囲まれて登校・・。きっと帰りも校門のところでお迎えが待っていて、どこにも寄れずに家に直行・・・。きーっ!もうヤダ!こんな自由のない生活なんて!なんでパパは陸に会わそうとしないの?陸ほどかっこよくて、ステキな人なんてこの世の中にいないのに!パパの目は節穴だわ!
そんなこと考えていると、
「ルリ様♪この前計画していた『大原学園』との合コン日時が決まりましたわ♪」
とクラスの女の子達がやって来た。合コン・・ああ・・・確かそんな話も出てたっけ?
「で、ルリ様。大原学園といえば、我が桜小路学園と同レベルの方々が通う名門男子校ですわよ」
「優秀さだけでなく、大会社の社長ご子息も多く通う学校ですから、彼氏を見つけるには最適の場ですわ!」
「ルリ様の話をあちらにもしたところ、ぜひ世界の高円寺グループのお嬢様にお会いしてみたい、という方が多くいらっしゃって、絶対行かれると楽しいと思いますけど♪」
う〜ん・・ちょっと前だったら、ステキな彼氏を見つけるために行ってたかもしれないけど・・・・。
「悪いけど私パス」
そう言うと、女の子達は目を丸くして驚いている。
「ええっ!?なんでですか!?」
「そうですよ!ルリ様がいらっしゃらないと、この計画は成り立ちませんのに!!」
「ん〜、だって私、運命の人、見つけちゃったもん」
「えええええええ〜っ!!??」
私の返答に女の子達はさらに驚いたみたい。でも、ほんとのことだからね、続けて自慢しちゃってみた。
「運命の出会いっていうのかな?超かっこよくて、しかも私のこと守ってくれて、ほんとに理想の人が目の前に現れたって感じ♪」
デレデレしながら言っていると、突然女の子達が、ガシッと私の肩をつかむ。「ほへ?」とびっくりしていると、女の子達は興奮した顔を私に近づけ、
「その方って、いったいどなたなんです!?どこの御曹司ですか!?」
と聞いてきた。御曹司・・・・?ああ、何の会社の息子かってことを聞いてるのかな?陸の家はお弁当屋だったから・・・。
「えーと・・そう、お弁当屋の1人息子だったよ」
そう言うと、女の子達はキラキラ目を輝かせながら、
「んまーっ!食品会社の社長御曹司なのですね!超ステキ!!」
と興奮してメロメロになっていた。やっぱり、ここは女子校ゆえ、みんな出会いが少ないから、私と陸みたいな運命的な出会いの話をしてあげると、すっごく興奮しちゃうのよね。うんうん、その気持ちよく分かるよ。
私はカバンをつかむと、
「んじゃ、そういうことで、私もう帰るね!いろいろ計画練らなくちゃいけないから」
と言って教室を出た。
うれしそうに去っていくルリの背中を見ながら、お嬢様達はため息をついた。
「はあ・・ルリ様ったら、ステキな彼氏を手に入れたみたいでうらやましいわ〜。私も有名会社社長の御曹司と恋に落ちてみたいなあ・・」
その頃、お弁当屋の御曹司は・・・
「ヘックション!うう・・・なんか悪寒がする・・・・」
陸は、突然寒気が襲ってきたような気がしてブルブル震えた。
「大丈夫?風邪じゃないの?」
はるかが陸の顔を心配そうにのぞきこんだ。生徒会での会議が終わり、陸とはるかは家に帰る途中だ。陸とはるかの家は隣同士なので、朝も帰りも登下校が一緒になることが多い。小さい頃から仲の良い幼なじみで、中学校では生徒会長&副会長をつとめている。「陸&はるか」のコンビは学校中でも有名で、2人がつきあっていると思っている人達も多いのだが、実際のところそういう関係ではないらしい。というか、陸が鈍感すぎるのが原因のようでもあるが・・・。
「あ・・あのさ・・陸・・・」
「ん?」
はるかは、さっきからずっと気になっていたことを陸に聞こうかどうしようか悩んでいたが、切り出すことに決めた。
「今日、安藤くんが言ってた・・その・・見知らぬ女の子とお弁当を売ってったって・・・本当・・?」
はるかが聞くと、陸は突然足を止め、遠い目をしながら、
「その話はもう忘れてくれ・・・。あまり思い出したくないんだ・・・・」
と答えた。その表情は、ほんとに嫌な思い出を思い出したくないような表情だった。それを見たはるかは、心の中で、
「それって・・・そんなに気にすることないことなのかな・・・」
と思ってしまった。すると今度は陸が何かを思い出したかのような顔をして、はるかに聞いてきた。
「あ、そういえば、はるか、またおれのクラスの男子から告白されて、ふったんだって?」
「え・・・・」
陸には黙っていたのに、いったいどこからそんな情報が入ったのだろう・・・。陸が言うとおり、3日前ぐらいに陸と同じクラスの男子に「つきあってください」と言われたのだ。でもつき合う気も何もなかったので、即断ったのだ。すると陸は、
「ま、おれがはるかの恋愛に口出しするのもおかしいけど、でも、あいつすごい良いヤツだし、1回話してから返事してみるのも1つの手だぞ?」
と言ってきた。はるかは陸にそう言われ、最初「ムッ」としたが、だんだんその気持ちは「さみしさ」に変わっていった。しばらく黙ったまま歩いていが、いつのまにか家に着いていた。陸ははるかを家の前に送り届けてから、
「じゃ、はるか、また明日な♪」
と言って、隣の自分の家に帰っていった。はるかはそんな陸の背中を見ながら、
「・・・・鈍感・・・・。私が他の子とつきあわないのは、陸が好きだからって気づいてよ・・・」
と小さな声でつぶやいた。すると突然クルッと陸が振り返ったので、はるかは心臓が止まるかと思った。陸はにっこり笑いながら、
「今日のあいさつ文、考えてくれてサンキュー♪やっぱはるかがいないと、生徒会は上手く進まないな」
と言ってから、家に入っていった。はるかは、まだドキドキ高鳴っている心臓をおさえる。
「く・・・・やっぱり陸が『一番』だ・・・・」
はるかの恋心に陸が気づくのはいつになるか分からないが、でも今はこうやって陸の一番近くで一緒に過ごせることがすごくうれしいのであった。
「うーん・・問題はどうやってガードマンから逃げられるかってことよね・・・」
私はベッドに寝転びながら、「陸に会いに行く作戦」をひたすら練っていた。
「いっつも学校が終わる時間になったら、ワラワラと現れてうっとうしいのよねー」
だから帰りも寄り道さえできないなんて、ほんと最悪!お買い物に行きたくても、私の「見張り番」の北浜がいっしょに店までついてくる始末だし。全然楽しくないってば!あ〜あ、ほんとにどうしたら放課後自由になれるんだろう・・・。早引きとかさせてもらえないかなあ・・。それだったら、放課後前に学校から抜け出ることができるのに・・・、ってそっか!それだ!
「学校が終わる前に校外に飛び出したらいいじゃない!北浜達はいつも放課後に迎えに来るわけだから、それより前に学校を抜け出せばバッチリじゃん!も〜、なんでそれに早く気づかなかったのよ!」
名案が思い浮かび、私は思わずうれしくなってベッドの上で2,3回大きくジャンプした。放課後前に学校から抜け出ることになるから、1時間ぐらい授業をさぼることになっちゃうけど、全然平気♪いつも6時間目の授業って眠いから、寝てることが多いしね。
私はベッドからピョンと飛び降りると、ガッツポーズをし、
「よ〜し!授業さぼって陸に会いに行っちゃうぞ〜!」
と叫んだ。
そう叫んだのが悪かった・・。その時、ちょうどルリの部屋の前を歩いていたパパの耳に、その声が届いてしまったのだ。パパは、
「我が娘ながら、あいかわらずバカだなあ・・・。まあ、そこがかわいいところでもあるのだが。それより、北浜!北浜はいるか!?」
と言って、ルリの見張り役の北浜を呼んだ。北浜明、現在28歳の独身。北浜家は、彼の祖父の代から高円寺家に仕えている一族で、明に任された役は「ルリの見張り役」だ。はっきり言って明はこの仕事はあまり乗り気ではなかった。というのも、ルリは他のおしとやかな社長令嬢と違って、はちゃめちゃな行動をとることが多く、今までにも何度かやっかいなことに巻き込まれているからだ。でも、将来、重要なポストにつかせてもらうためには、今苦労して旦那様に一目置かれるような存在になることが重要だ。なのであまり気が乗らないルリの「見張り役」もガマンしてやっているのだ。
旦那様に呼ばれ、北浜はすぐ現れた。
「ハイ、いかがいたしましたでしょうか?」
ルリパパはタバコをふかしながら、
「北浜、ルリを登下校だけでなく授業中も見張れ!一歩たりとも弁当屋の息子には会わすな!」
と指示をした。
次の日・・・
なんでこうなったの?いつもは登校したら、すぐに帰っていたガードマン達がなんで授業中まで学校の中に入ってきてるの!?しかも、教室の前だけでなく廊下に中庭、校門までいたるところにウジャウジャ!?怒りで震えていると、北浜がうれしそうな顔をしながら近づいてきた。
「最近物騒な事件が多いですので、ルリ様を1日中お守りせよ、と旦那様から命令がありまして、学校中に100人ほど見張りの者を配置させていただきました!」
100人!?はあ!?冗談じゃないわよ!?私は北浜をにらみながら、
「でも、こんなのって学校に迷惑じゃない!?個人的な事情で、学校にこんなことしたら・・・・」
と言いかけていると、急に後ろからポンポンと肩をたたかれた。振り返ると先生とクラスメイト達がニコニコしながら私を見ている。
「高円寺さん、ありがとう!ほんとにここ最近物騒だから、こうやってガードマンを学校に配置していただいたおかげで、私達も安心して学校生活を送れますわ!」
ええっ!?予想外の展開!?そんな感謝されちゃ困るのよ!!だってこのままじゃせっかく昨日考えてた計画がパーになっちゃうじゃない!これじゃ陸に会えないよ・・・・。
私はしばらくショックのあまりイスから立ち上がる気力もなかったけど、キッと顔を上げた。
「あきらめるもんか・・・こんなことであきらめてたまるもんか!」
陸のことを考えたら、急に体に力がわいてきた。どこからこんなパワーがあふれてきたのかは分からない。でも、ここで負けたくない!
陸の笑顔がもう一度見れるなら、私は何だってやってみせるんだから!
「ただいまより『私達の主張2007』を体育館で行います。生徒の皆さんはすみやかに体育館に移動してください」
陸の学校ではこれから体育館で、作文大会で優秀作に選ばれた人達の発表会が行われようとしていた。生徒会ではその準備を数週間前から行っていて、今日がいよいよ本番である。毎年恒例の企画なので、失敗は許されない。でも今日まで陸は陸なりにがんばってきたつもりである。全ての準備は完璧だ。何も心配する必要はない。だが・・・・、陸は変な胸騒ぎを覚えた。もし失敗をしたとしても、それは最小限に抑えられる自信がある。だが、何だかとんでもないことが起こりそうな予感がするのだ・・・。
どこか不安そうな顔の陸を、はるかが心配そうにのぞきこんだ。
「どしたの、陸?なんか顔色悪いけど・・・」
はるかにそう言われ、陸はハッと我に返り、落ち着きを取り戻した。
「あ、いや、なんでもないんだ。それより、そろそろ始めるか」
はるかはあいさつ文を手渡し、陸はステージに上がる階段を上り始めた。
大丈夫だ、きっとこの企画は無事に終わるはず―
「追えーっ!追うんだ!ルリ様ーっ、お待ちくださいませ!!」
北浜達を振り切り、廊下を突っ走る。だけど、女子中学生の足の速さと、大人の男の人の足の速さでは、絶対的に不利だよ〜!一生懸命走ってるけど、北浜達との距離はだんだんつまってきたみたい!このまま逃げてるだけじゃ追いつかれちゃう!なにか、なにか作戦を考えなきゃ!
私は走りながら考えた。その時あることに気づく。そういえば、ガードマンってほぼ男ばっかりだよね?それならこの方法はどう?
「ストーップ!」
私は手を高く上げて止まった。それに合わせて北浜達も止まった。
「北浜、ちょっとタイムね!私、トイレに行ってくるからその間はジャマしないで!」
「ハッ、ハイ!お嬢様!」
トイレに入ると、急いでドアをバタンと閉めた。よし、うまくいったみたい!私はトイレの掃除道具入れを開け、そこからホースを取り出した。ホースの一方の端をトイレの柱にグルグル巻くと、もう一方の端を窓の外に放り投げた。よし、案の定、渡り廊下の床まで長さが足りたわ!
「ヘヘン♪この3階のトイレの窓からホースをロープ代わりにして数メートル降りれば、2階の渡り廊下に降りられるのよね♪」
私はホースを握りしめると、窓から体を少し出してみた。2階の渡り廊下まで2,3メートル・・・。そんなに高くないけど、でもやっぱり少し怖くて足が震えてきた・・。無理ならやめてもいいんだよ?、と心の中で声がしたが、その声をかき消すように首を横に振った。
「がんばるもん!陸のためならがんばってみせるもん!」
壁を力強く足で蹴り、数メートル下の渡り廊下めがけて降り始めた。
北浜とその他多くのガードマンはトイレの前でルリが出てくるのを待っている。
「遅いなあ・・・、もう5分以上たっているというのに・・・。もしやルリ様、トイレの中で倒れているんじゃないだろうか!?そうだったら一大事だぞ!?」
その時だ。
「北浜さん!!大変です!」
1人のガードマンが他の人達を押しのけてこっちに向ってやって来る。
「どうした?」
「ルリ様が、トイレの窓から逃走しました!!渡り廊下にホースをロープに使って、降りた模様です!」
その話を聞いて、北浜は顔がみるみる真っ青になっていった。
「たっ、大変だ!!探せ!探し出すんだ!ルリ様を!!」
ルリがこのまま弁当屋の息子に会うことにでもなれば、旦那様に怒鳴られること間違いなしである。いや、まだ怒鳴られるだけならガマンしよう。もしルリが1人で外に飛び出したせいで、事故にでもあったら、怒鳴られるだけではすまない。
北浜は猛ダッシュでルリを探し始めた。
「フフフフ・・だから北浜はいつも甘いのよね!」
木の陰から北浜達のあわてようを見ていた私は勝ち誇ったように笑った。そして演劇部から借りてきたウサギの着ぐるみを着始める。フワフワのウサギのスーツを体に入れ、チャックを首までしめると、最後にウサギの頭をガボッとかぶった。ジャーン!これでどこから見ても完璧に「ウサギ」♪誰も私をルリだって思わないわ!さ、北浜達があわてている間に、学校を抜け出すのよ!
裏門から外に出た私はあらかじめ呼んでいたタクシーに乗り込む。運転手さんは、突然乗ってきたウサギに驚いたような顔をしてたけど、気にしている場合じゃないわ。
「運転手さん!青葉町1丁目の高原弁当屋さんに行って!お金はたんまり払うから!」
私の威圧感に圧倒されたのか、運転手さんは、
「ハ、ハイッ!」
と大きく返事してからアクセルを踏んだ。
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車が動き出し、学校がだんだん視界から消えていく。よし、これでもう安心!あとは陸に会うだけだね!陸、私が急に現れたら、どんな顔するかな?「ルリ、おれ達やっと会えたんだな!」って喜んで、抱きしめてくれたりして。そしたら私も陸をギュッて抱きしめて、「陸、大好き!」って伝えるんだ。ウフ、そのまま教会で結婚式を挙げに行っちゃったりして!そしたら、陸とずっと一緒にいられるのになあ・・・・。
すべてうまくいくと思ってた・・・・けど、それは甘かった!ようやく着いた陸の家の前では、なんと北浜達が先回りして家を取り囲んでいる!?
「ルリ様は必ずこの弁当屋に来るはずだ!見張れ、見張れ!ルリ様を見つけないと、旦那様に何て言われるか分からないぞ!!」
く・・・やるわね、北浜・・。いつもどこか抜けている「見張り役」だと思ってたけど、今日は珍しく冴えてるじゃない・・・。でも、ここでおとなしくひきさがるルリ様じゃないんだから!ええと・・考えるのよ・・・。こんな近くまで来てるんだから、陸に一目でも会いたいもん!それにはどうしたら・・・・。あ!そうだ!
私は携帯を取り出すと、陸の家に電話をかけた。
「ハイ、毎度ありがとうございます、高原弁当屋です。ご注文でしょうか?」
大人の男の人が出た。きっと陸のお父さんだ!
「あ!陸のパパさん!?私、高円寺るりです!」
「高円寺って・・・、あ!?この前うちに来られた、高円寺グループの社長令嬢さん!?あ、あ、あの時は、病院でぜいたくさせていただいて、どうもありがとうございました!」
「いえ、そんなの気になさらないでください。それより、陸に会いたいんですけど、今どこにいますか!?」
「え?陸?陸ならまだ学校ですよ」
「学校って、どこの私立に通ってるんです!?」
「いや・・私立じゃなくて・・近所の公立の青葉中ですが・・・」
「青葉中?とりあえず、分かりました!どうもありがとう!」
そう言って私は携帯を切って、ウサギの着ぐるみの頭をカポッと取り、タクシーの運転手さんに叫んだ。
「青葉中に行って!陸はそこにいるはずだから!」
お弁当屋から車で5分もしないところに「市立青葉中学校」はあった。私はタクシーから降りると、初めて来る公立学校をまじまじと眺めた。建物はけっこう大きくて4階建ての校舎が2棟建ってる。でもデザインはうちの私立よりシンプルね。それにけっこう老朽化してるわ。補修とかしないのかしら?校門にも門番さんは立ってないし、これだったら誰でも侵入できそう・・・。セキュリティの面とか大丈夫なの?北浜じゃないけど、物騒な世の中なのに・・・。でも、ま、そのおかげで私も勝手に中に入れるんだから、ありがたいと思わなきゃ。私は恐る恐る校門をくぐった。だけど、どこに陸がいるんだろう?うちの学校より狭いけど、人一人探すには広すぎる。その時、人のざわめきが左方向から聞こえてきた。そこには体育館らしき建物が見える。なんだろう?何か集会でもやってるのかな?
とりあえず私は体育館に向って歩き出した。
「これで、6名の『私達の主張』発表は全て終わりましたので、校長先生から講評をいただきます」
「えー、今年の主張作文もどれも出来が素晴らしかったです。環境問題、教育問題、食育問題など、現代の社会問題について中学生ならではの視点で立派に書けていました―」
私は体育館の裏にあったドアを恐る恐る開けてみた。すると鍵がかかっていなくて、ラッキー!辺りをキョロキョロ見回しながら中に足を踏み入れた。そこは体育館のステージ裏みたいで、段ボールやボールの入ったカゴなどが置いてある。さらに奥に進んでみると、カーテンの隙間からステージが見えた。そこでは校長先生らしき人が壇上でお話をしている。そしてその後ろには、イスに座って話を聞いている陸がいた!あいかわらずりりしい顔で、まっすぐ前を向いている横顔を見ると、思わず涙が出てきた。やっと・・・やっと・・・会えたんだ・・。ここまで長かったけど・・もう何の心配もない・・・。この集会が終わったら、陸のところにまっすぐ飛んでいこう!そう思って、ステージ裏にしばらく姿を隠すことにした。聞きたくないけど、とりあえず、つまらない校長先生の話でも聞いていよっかな。
「最近の話題といえば、学力低下が騒がれ、公立学校の在りかたが問題になってきています。だが、君たちは立派な生徒です!私立だけが「良い学校」と言われないよう、これからも勉学。スポーツに励んでもらいたい!そのためには、くだらない恋愛などにうつつを抜かさないように!」
ハア?校長先生の発言に私は首をかしげた。体育館で話を聞いていた生徒達も、ちょっとざわめき始めている。この先生、何考えてるの?恋愛などにうつつを抜かさない、ってどういうこと?、って思っていると、さらに校長先生は問題発言を続けた。
「恋愛だの愛だのを主張するには、君たちはまだ早すぎます。恋愛なんて、ほんとくだらない」
集会が終わるまで、おとなしくしていようかと思ったけど、これ以上、ガマンできない。「恋愛なんてくだらない」って言っているあのおじさんが、絶対許せない!そう思うと、私はステージにバッと飛び出していた。
「ちょっと待った!その考えは間違ってる!」
突然現れた私に、校長先生らしきおじさんはびっくりして目を丸くしている。その後ろで、陸がおじさんより目を丸くして「ルリ!?」と叫んだ。陸、ちょっと待っててね!感動の再開は後にとっておくから!私はマイクをつかむや否や、
「恋愛はくだらないことなんてないわっ!誰かを想う『大好きパワー』は、『無敵のパワー』なんだから!それさえあれば、なんでもできちゃうのよ!」
と訴えた。そしてステージから、体育館にいる全校生徒に向って、
「みんなもそう思うよね!恋愛ってステキだよね!決してくだらないものじゃないもん!」
と声をかけると、みんなも手を振り上げて「オーッ!!」と答えてくれた。よし!つかみはバッチリ!
その光景を見ていた陸の顔はみるみる真っ青になっていった・・・。
『さっきから感じていた「不安」は、このことだったのか・・・・』
ルリの登場で、体育館は「私達の主張」ではなく、「ルリの主張」にすっかり変わってしまった。なんかよく分からないけど、えらい盛り上がっている・・・。生徒達が喜ぶのは良いことだが、真剣に行われていた企画がめちゃくちゃになってしまって、生徒会長としてはどうすればいいのだろうか・・・。責任を感じている陸のそばで、凪はルリを見て、
「アハハハ、あの子、サイコー!!いいぞ!もっと言っちゃえ!」
と喜んでいる様子。だがはるかはその逆で、凪に、
「何言ってんのよ!私達が計画した企画が、めちゃくちゃにされているのよ!こんなの許せない!」
と怒って、ルリの前にツカツカと出て行った。自分に近づいてくる人に気づいて、ルリははるかを見た。はるかは誰もがひるんでしまうような恐い顔をして言った。
「あなたは誰!?うちの生徒じゃないみたいだけど、勝手に入ってくるなんてどういうこと!?」
凪はその様子を見て、『きっとあの子、はるかちゃんの迫力に負けてびびってしまうんじゃないだろうか?』と心配してしまったが、その心配は無用だった。ルリははるかの前に出ると、ニコッと笑って、
「私は、高円寺るり!大好きな陸に会いたくてここまでやって来たの!」
とピースしてみせた。この答えに、いつもはポーカーフェイスのはるかもびっくりして、美人な顔が台無しになるほど大きく口と目を開いてしまった。凪も驚き、隣でさっきからマネキンのように身動き1つせず固まっている陸を指差して、
「え・・・・陸って・・コイツのこと?」
と聞くと、ルリは「ニャハッ♪」と笑った。
その瞬間、体育館にいた生徒達がいっせいに叫んだ。
「ええっ!?高原会長って、彼女がいたのーっ!?」
陸はその声にハッと我に返ったのか、
「ごっ、誤解だっ!!ルリは全然関係ないっ!!」
と両手を横に振りながら否定したのだが、ルリはそんな陸にギュッと抱きついた。
「陸!!会いたかった!!陸も会いたかったでしょ?これからは絶対私、陸から離れないから!パパも神様も悪魔も、誰だって私達を離すことはできないのよ!」
陸は、抱きついているルリを必死に押しながら、
「あ、あほかっ!なんでおれがおまえと一生ずっと一緒にいないといけないんだ!?丁重にお断りだ!!というか、なんでおまえがここに来てるんだよ!?あ〜!!もうなんでこんなことになったんだ〜!!」
と叫んだ。
市立青葉中学校、創立以来何の事件もなく静かに歴史を刻んできたのだが、何か嵐が起こりそうな予感です・・・。