第15話:記憶をなくした四葉とレイ

「一葉くん、今夜はうちに来れる?私、晩ごはん作るよ!」
「え!?」
「なに驚いているの?だって私達、恋人同士じゃない」
「ええっ!?」
四葉の突然の言葉に、おれは驚いた。ホッペをひねってみる。痛い。どうやらこれは夢ではなさそうだ。でも、なんでおれと四葉が恋人同士になっているんだ?とりあえず、落ちつけ・・・落ちつくんだ、一葉。まずは頭の中を整理するんだ・・・。

そう、確かあれは10分前のことだった。四葉と王子がブレッドに占いをしてもらうために、奥の部屋に向かった後を追いかけたら、なぜかジャスミン嬢がいたんだ。ジャスミン嬢はブレッドの水晶を壊すと、さらにクローバー家が復活するために必要な「復活の石」まで破壊した。そして、四葉と王子の「赤い糸」が切れ、二人は記憶をなくしたのだ―
そこまでは思い出したし、きちんと理解できた。でも・・・
「だからといって、なんでおれと四葉がつきあってることになってんだ〜!?分けわかんねー!!」
混乱している頭をポカポカなぐっている横で、四葉はおれににっこり笑いかけてくれている。う・・、わけは分からないけど・・、でも四葉はかわいい・・・・。って、今はそんなこと言ってる場合じゃないって!
おれは四葉の手をつかむと、
「四葉!とにかく行こう!直し方を考えなきゃ!」
と言って走り出した。すると後ろから、
「ちょっと、一葉!!何してるの!?私の話、まだ終わってないんだけど!」
とランの叫び声が聞こえたが、
「悪いっ!今それどころじゃねーんだ!また後でな!」
とだけ言って、ランを無視して走り去った。あ〜、ランがどんな顔で怒っているのか想像できるけど、ほんとすまない。今はそれどころじゃないんだ。

一方、お城の中庭では・・・・。
「四葉?四葉って何?『四葉のクローバー』なら知っているけど」
レイの予想外の発言に目が点になるヒロとカレン。ヒロはずずいっと乗り出し、
「レ、レイ様っ!?何、冗談おっしゃられているのですか!?『四葉さん』のことですよ!」
と顔を近づけ叫ぶので、レイは二三歩後ずさりしながら、
「だから、誰だよ。それ」
と言い続ける。ヒロとカレンは思わず顔を見合わせた。どう考えてもおかしい。レイが愛する四葉のことを「誰だ、それ」なんて、冗談でも言うはずがない。これが「四葉」でなく「ヒロ」の場合であれば、冗談で「誰だ、それ」とでも言いそうなのだが。その時だ。
「レイ様!」
はじけるような明るい声に、レイ達はふり返った。すると中庭の噴水の向こう側からジャスミンがニコニコ笑いながら走ってくるのが見えた。レイが、
「ジャスミン、どうしたんだ?」
と声をかけると、ジャスミンは手に持っていたカゴを持ち上げながら、
「私、美味しい中華デザートを持って参りましたの。レイ様、よかったらご一緒にいかがですか?あ、カレンもいたのね。カレンもご一緒にいかが?」
と言ったので、レイは、
「へー、それはありがとう。じゃあ、さっそくいただこうかな。おい、ヒロ、分けてくれ」
とヒロを呼んだが、ヒロは何が何やらと頭の中が混乱したままだ。
「カレン様、これはいったい・・・」
ヒロがカレンの方に振り返ると、カレンは眉をしかめてジャスミンをにらんでいる。ジャスミンはそんなことも知らず、レイの後をうれしそうにくっついて歩いて行く。カレンはジャスミンに声をかけた。
「ジャスミン、レイに何をしましたの?」
その声に、思わずジャスミンは足を止める。だが、すぐにクルリとふり返ると、
「カレン、何のことですの?私、レイ様に何もしてませんけど?」
と満面の笑顔でカレンに答えた。だが、何年もジャスミンの行動を見てきたカレンは、その笑顔の裏に何かあることを即座に読み取った。
「絶対、何かありますわ・・・」
そうつぶやいたカレンの顔をヒロがじっと見つめ、
「何かある・・というと、ジャスミン様が、レイ様に何かなさったということですか?」
と聞くと、カレンはうなずき、
「じゃないと、レイが四葉さんのことを忘れるなんてありえませんもの」
と言った。その時、「ルルルルルー」とヒロの携帯電話が突然鳴った。ヒロはあわてて携帯を取り出すと、着信名は「一葉」からである。
「ハイ、もしもし、ヒロですが・・・」
その3秒後、「ええっ!?」とヒロが大声を出したので、隣にいたカレンは驚いて飛び上がってしまった。
「ジャスミン様に石を壊されて、レイ様と四葉さんの運命の糸が切れた!?それって、いったいどういうことなんですか!?」
ヒロが電話でしゃべっている言葉で、カレンは四葉とレイの間に何があったのかぼんやりと分かり始めた。

おれが電話を切ってからまもなくすると、あわてた表情をしたカレン嬢とヒロさんが家に飛び込んできた。二人は四葉の顔を見るや否や、
「四葉さん、いったい何がありましたの!?レイから四葉さんの記憶が消えてますのよ!」
と大声で叫んだところ、四葉はビクッとして、スススッとおれの後ろにかくれた。そして不安そうな顔でおれを見つめ、
「一葉くん、この方達は誰なの?」
とおどおどした表情で聞いてきたので、カレン嬢とヒロさんは「へ?」と驚いて目が点になった。どうやら、四葉は王子のことだけでなく、カレン嬢とヒロさんの記憶もなくしているようだ。でも、「なんで王子だけでなくあの2人の記憶まで消えているんだ?」と考えていると、
「四葉さんっ!どういうことですのっ!?レイだけでなく、私達のことまで忘れてしまうなんて、冗談もよしてくださる!?」
とカレン嬢が今にも四葉にかみつこうとせんばかりの表情で叫ぶので、四葉はますます怖がっておれの後ろに隠れてしまう。でも、確かにカレン嬢の怒った時の誰も逆らうことができない気迫は、おれでもさすがに引いてしまうところがある。ヒロ先生も、カレン嬢と結婚したらいろいろと苦労多そうだなあ〜、と思うのは余計なお世話かな。
ま、それは置いといて、四葉はおれとランの顔を見合わせながら、
「一葉くん、ランちゃん、本当にこの人達は誰なの?」
とまた聞いてくるので、カレン嬢は目をパチクリさせた。そしてますます怒った口調で、
「まっ!?一葉さんとランさんの記憶はあるのに、なんで私達のことは覚えていないわけですの!?そんなに私達は四葉さんの記憶に残らないような『チョイ役キャラ』でしたの!?」
と再び吠えた。プライドの高いカレン嬢ゆえ、よっぽど四葉が自分のことを覚えていないのが気に食わなかったみたいだな・・。その時だ。
「カレン様とヒロ様の記憶を四葉ちゃんがなくしているのは、お二人がレイ様と深くお関係があるからですわ」
聞きなれたハスキーボイスが聞こえてきたので、クルリと後ろを振り返ると、部屋の入口にいとこの二葉が立っていた。二葉・・、いつのまに四葉と王子の記憶が消えた事件を知ったのだろうか・・・。昔からそういう情報だけは仕入れるのが早かったんだよな。
二葉はツカツカと歩いて、カレン嬢とヒロさんの前までやってくると深く一礼した。
「はじめまして、私、一葉のいとこの二葉と申します。占いの仕事をしているんですけど、今日、我が一族に不吉なことが起こると占いに出ていまして、気になって駆けつけてみました」
おおっ!いつもはしょうもないことしか言わない二葉だけど、どうやら今回はまじめにこの事件について考えてくれているみたいだな!ちょっとだけ感動した。
「え、じゃあ、二葉の占いの力で、この問題を解決してくれるのか!それとも、戻し方を知っているのか!?」
おれが期待をこめた目で二葉を見つめて言うと、
「いや、全然」
とヤツは即答しやがった。おい、「全然」ってなんだよ!?今おまえ、さもこの問題の解決の仕方を知っているようなセリフを吐いただろうが!やっぱこいつはそういうヤツだよな・・・。期待して損した・・。げんなりしているおれを無視して、二葉は続ける。
「問題の解決策は分からないのですが、私なりにこの事件について推論してみました。ジャスミン嬢が、レイ様と四葉ちゃんが出会うためにかけられていた魔法を解いた、ということは、つまり「レイ様と四葉ちゃんが出会わなかった場合の世界」が今、目の前に広がってるんじゃないかと思うのですよ」
二葉の説明を聞き、ヒロさんは、
「なるほど!それなら上手く説明がつきますね!きっとレイ様と四葉さんが出会わなければ、四葉さんはカレン様と私とも出会うことがなかったでしょう!」
とポンと手をたたきながら言うと、カレン嬢も、
「そうね。それなら、四葉さんが私達の記憶を失くしていてもおかしくないですわね」
と納得したような顔をした。もうこれ以上、吠えなさそうだ。
おれはこんがらがっている頭の中を1回整理してみた。今の世界は、王子と四葉が出会わなかった場合の世界・・・、つまり四葉は王子の恋人じゃない・・・。それじゃあ四葉の恋人は・・・
「ええっ!?じゃあ、おれと四葉は恋人同士になる運命だったのか!?」
思わず叫んでしまった。だって、だって、さっき四葉は「私達、恋人同士じゃない」と言ってくれたよな?じゃあおれ達は恋人同士なのか!?
と思ったところで、ハッと我に返る。二葉とランがあきれたような顔でおれのことを見つめている。そして、
「一葉ちゃんったら、何寝ぼけたようなこと言ってるのかしら?」
「ほんとほんと」
とバカにされる始末・・・。二葉とランがそんなこと言うから、カレン嬢とヒロ先生もおれを哀れみの表情で見ているじゃないか!?ちょ、ちょっと待ってくれよ!?ほんとに四葉は「恋人同士」って言ってくれたんだぞ!おれの妄想とかで言ってるんじゃないってば!誰かきちんと話を聞いてくれ〜!、と叫びそうになった時、突然四葉がおれの腕に手を回し、
「ウソじゃないです!一葉くんの言っていることは本当です!私達、つきあってます!」
と顔を真っ赤にしながら言った。おれは宇宙に飛んでいきそうなぐらい驚いて飛び上がった。いや、でもおれ以上に周りの驚きの方が大きかったみたいで、皆固まっていた。すると突然、ランは四葉の肩をつかみ、
「四葉ちゃん!?目を覚まして!一葉とつきあうなんて、ありえないわ!」
と体をゆすりながら叫んだ。ラン・・・、「ありえない」とか言うなよな・・。すると今度は二葉が、
「まあ、クローバー家一族だから、四葉ちゃんも仕方なく一葉とつき合うことにしたのかもね」
と言いやがった・・・。だ・か・ら、「仕方なく」とか言うなよな!失礼な!
「でも、いずれにせよ、このままの状況はよくないでしょう」
ヒロさんがそうつぶやいたので、みんな一斉にうなずく。確かに・・、四葉と王子のことを考えるとこの状況はよくないと思うし、クローバー家が復活するための「魔法の石」を破壊されたのも、よくない。どうにかしないといけないが、誰も良い案が思い浮かばず黙ったままだ。するとヒロさんが、
「とりあえず、今夜はもう遅いですし、各自家に帰って御2人を元に戻す方法を考えてみましょう」
と提案したので、皆うなずいた。
「そうだな、一晩寝たら何か思いつくかもしれないし」
すると、
「私、キラリにも相談してみますわ」
と、カレン嬢がうれしそうに言った。おや?カレン嬢とキラリって、いつの間に仲良くなったんだ?まあ、今はそんなことはどっちでもいいか。

四葉を家に送ろうと、二人で外に出る。冬が近いせいか、外の空気はひんやりとしていて、夜空の星たちもどことなく凍えたような光を放っていた。
「一葉くん、みんな何を騒いでいたのかな・・・」
「え?あ・・、ま、いろいろね」
四葉は、カレン嬢が怒ったり、二葉が乱入してきた騒動の原因が何か分からず、まだ頭を悩ませているようだ。でも、ここでおれが「実は四葉と王子はつきあっていて、2人の記憶が消えたんだよ」と説明したとしても、四葉は理解できないんじゃないかと思うから、あえて説明するつもりはないんだけどね・・。
ビュ―ッと冷たい風が吹く。コートを羽織るのを忘れてきたおれは、あまりの冷たさに顔をゆがめてしまった。四葉も寒さのせいか、手をこすって温かさを取り戻そうとしている。・・・こういう時、なんて言えばいいんだ?「寒いから手をつなごう」?、「もっと近くに寄れよ」?あ〜、分かんねー!こういう時、女の子を喜ばせるにはなんと言ったらいいんだ?四葉は彼氏にどういうことを期待しているんだ?だって・・・今は仮にもおれ達は「恋人同士」だし・・・。そんなこと必死に考えていると、
「一葉くん、手、つないでもいい?」
と四葉が突然言ってきた。思わずおれは「え!?」と叫んでしまったが、体は先に動いていて、四葉の小さな手を取りギュッと握った。冷たかったお互いの手が、急に火がついたように熱くなっていく。しばらく2人とも照れているせいか、黙って歩いていたが、ふと四葉がおれの方を向き、
「へへ、あったかいね」
と微笑んだので、おれの心臓はさらにドキドキと高鳴り出した。なんだろう・・こういうのを本当に「ささやかな幸せ」っていうのかな・・。今クローバー家は貴族に復活する方法をジャスミン嬢に絶たれてしまった状態だけど、地位や名誉がなくても、このまま四葉と2人で幸せに暮らせたら、それはそれで幸せなんじゃないだろうか?たとえクローバー家が復活しなくても・・・・。
そう思っていた時だった。急に四葉が足を止め、
「あ、家についたよ!」
と言ったので、おれはハッとして顔を上げた。だが、顔を上げた瞬間、びっくりした。というのも、四葉の魔法で復活した真っ白で大きな「クローバー家」のお屋敷が、ぼろくて小さな小屋に変わっていたからだ。
「え!?ど、どうなってるんだ!?クローバー家のお屋敷がボロ家に変わってるなんて!?」
おれが小屋を指差し、あたふたしながら叫んでいると、四葉は隣でクスクス笑い出し、
「一葉くん、何おかしなこと言ってるの?元々この家だったじゃない」
と言っている。いや、絶対こんなボロ小屋じゃなかったって!
「だ、だって、四葉。この前までものすごく大きくて立派な建物だったんだぞ!真っ白で大きなお屋敷だったはずだ!」
そう言い張ったが、四葉は、
「やーね、一葉くんったら。私達は落ちぶれた貴族でしょ?それに、私達が由緒正しい貴族に戻ることなんてありえないし、お家もこれぐらいでガマンしなきゃ」
と言って、またクスクス笑っている。
ユイショタダシイキゾクニモドルコトナンテアリエナイ・・・・・。その言葉を聞いて、おれの胸はチクッと痛んだ。そうだ・・、ジャスミン嬢の魔法を解かない限り、クローバー家は貴族に復活することができないんだ・・。そのためには四葉の記憶を戻さなきゃいけない・・。でも、そうなったら、四葉はおれと一緒にはいてくれない・・・・。どうすることが一番のベストなのか答えは決まっているはずなのに、何ためらっているんだろう・・。
おれは四葉の手をにぎり、
「四葉、今日はおれんちに泊まっていけよ。こんなボロ家に1人残すなんて危険だ。うちもボロいけど、ばあちゃんもいるし、まだ安全だ」
と言って、家に帰ろうと歩き出した時だった。
「一葉さん!こんなところにいらっしゃったのですね!」
と後ろから声が飛んできたので、振り返るとヒロさんが王子を連れてこっちに向って走ってきている。王子を見た瞬間、思わず四葉をおれの後ろに隠してしまったのは、反射的行動だよな・・・。ヒロさんは王子の手を引っ張りながら、
「レイ様と四葉さんを会わせれば、記憶が元に戻るかもと思いまして、連れてまいりました!」
と言っているが、王子は、
「んだよっ、ヒロ!この忙しい時にどこに連れて行くんだよっ!」
と言って暴れていた。だが、王子は四葉を見た瞬間、足を止め、急に体がかなしばりにあったようにじっとその場に立ったまま動かなくなった。四葉も王子を見た瞬間、ジッと動かなくなったが、数秒後、
「ええっ!?王子様がなんでこんなところにいるの!?」
と驚きの声を上げた。すると王子は、ポッと顔を赤らめ四葉を見つめている。どう見ても四葉のことを気に入った様子だ。
「おっ!?王子が四葉を気に入ったみたいだぞ!」
とおれが言うと、
「やはりレイ様が四葉さんを好きなのは『本能』なんでしょうか!?」
とヒロさんが言った。すると案の定、王子は四葉の手を握りしめ、
「おれと結婚してくれ!」
と叫んだ・・・。ああ・・、やっぱりあいつは記憶をなくしても、何も変わらないな・・・。でも、よかったかも・・。これで王子と四葉の記憶も戻りそうだし、おれが四葉の彼氏でいるのは不自然だし・・・。だけど・・・、心の奥のどこかでは「残念」な気持ちを感じているような気がした・・。
手を握り合っている四葉と王子にくるりと背を向け、歩き出そうとした時だ。突然、四葉がおれの方に駆けて来て、
「王子様、ごめんなさい!私には一葉くんという大切な人がいるんですっ!」
と言ったので、おれは思わず、
「ええっ!?」
と叫んだ。ヒロさんも驚いて、
「よ、四葉さん!?レイ様よりも一葉さんを取るんですか!?」
と叫んでいる。おれはあわてて王子の方を見た。きっと怒りで震えているに違いない。王子はバカだけど、魔法の力では絶対かなわない相手だから、怒りの魔法をぶっ放してきたら、間違いなくおれはケガすることだろう。だが、王子は怒りで震えてはいなかった。「フー」と大きくため息を一つつくと、
「そうか・・理想の娘だったが、彼氏がいるなら仕方ないな・・」
と言って、おれ達に背を向けて帰ろうとしている。ヒロさんがあわてて王子の手をつかみ、
「ええっ!?レイ様、いったいどうなされたんですか!?いつもなら、絶対何が何でもあきらめない性格なのに、なんで今回はこんなにあっさり引くんですか!?」
と聞くと、王子は「フッ」と笑って、
「ヒロ。おれは他人の恋をジャマするほど、野暮な男じゃないからな」
と言っている。あまりの似合わないセリフに、ヒロさんとおれは「ポカーン」と口をあけてしばらくその場に突っ立っていた。すると王子は手招きして、
「おい、ヒロ!さっさと帰るぞ!おれは忙しいんだ!」
と言ったため、ヒロさんは、
「は、はい!ただいま!あ、一葉さん、とりあえず今日はこれで帰ります〜!」
と言って、王子の後を追いかけ始めた。まるで嵐が去ったかのように辺りが静まり返った。おれはまだ呆然としたままその場に立ち尽くしていたが、急に「不安」な気持ちが胸の中に発生し始める。四葉と王子の記憶は、そんなに簡単によみがえるものじゃないんだ・・。本当にジャスミン嬢から、元に戻す方法を聞き出さなければ、四葉と王子の関係は決して戻らないし、クローバー家も貴族に復活することができないんだ・・・。そう思うと、とても怖くなってきた・・・。
その時だ。四葉がおれの右腕にギュッとしがみついてきた。そして、潤んだ瞳で、
「一葉くん・・私を離さないでね・・・」
と訴えかける。・・・・分かってる。これは魔法が起こしている「仮の世界」で、「本当の世界」ではないことに。分かってる、イヤほど分かってる。四葉にこれ以上本気になったとしても、魔法が解けたらおれには何も残らないことも分かっている。だけど・・・
「ああ、絶対離さないよ」
体はブレーキが効かず、そばにいる四葉をギュッと抱きしめた。

「ええっ!?ジャスミンちに乗りこんで、元に戻す方法を探すですって!?」
「ああ、ヤツがクローバー家を封印する方法を知っているとすると、逆に封印を解除する方法を書いている書物とかあるかもしれないからな」
翌朝、カレンはキラリの家に行き、四葉とレイの記憶を戻す方法について話し合っていると、キラリが「ジャスミン家に乗り込む」という作戦を言い出したため、カレンは驚いて飛び上がった。というのも、カレンはジャスミンの家に行くのがとてもイヤなのだ。
「キラリ、あなた正気ですの!?私、ハクモクレン家にはあまり行きたくないですわ!だって、あの家、とても不気味で近寄りたくないんですけど!」
カレンがそう訴えると、キラリは、
「行きたくないって言っても、四葉達戻したいんだろ?それじゃあ、ちょっとぐらいガマンして手伝えよ。それにー」
と言って、後ろのソファーで座っていたヒロを指差した。
「魔法を解かない限り、あんたのフィアンセもあんな状態のままなんだぞ」
キラリにそう言われ、ヒロの方にふり返ると、ヒロは針と糸を取り出し、
「は〜、レイ様が四葉さんに興味をなくしてから、私のお話にも耳を傾けてくれるようになりまして、幸せです〜!フフフ、レイ様の新しいお洋服ももう少しで完成ですし、きっとレイ様、喜んでくださるはず♪」
とうれし涙を流しながら、レイの洋服を縫っていた。
「・・・・・・」
その様子を見て、しばらく固まったまま突っ立っているカレンだったが、数秒後、
「キラリ・・」
とゆっくり顔をキラリの方に向けると、
「私、やりますわ!ジャスミンの家に乗り込みますわよ!今すぐにでも魔法を解除したいぐらいですわ!」
と目を炎にしてすごい気迫でキラリに言ったので、キラリは、
「お・・おう・・・」
と少々引いてしまった。カレン嬢、やはりライバルはレイなのだろうか・・。
キラリがハクモクレン家の屋敷の見取り図を机に広げる。カレンはその図を見ながら、
「で、キラリ。何か作戦でもありますの?ジャスミンはあんなですけど、魔法の力はかなり強いですわよ。暴走している時は、私でもかなわない時がありますから」
と言うと、キラリは、
「ああ、だから眠らせようと思ってさ。で、その助手をしてくれるのが、コイツだ」
と言って部屋の南側のドアを開けると、ブレッドが立っていた。ブレッドは戸惑ったような顔をしながら、
「キラリ、こんな朝から何の用なの?ぼくいろいろとやることが・・」
とモゴモゴしゃべっていたが、カレンは無視して、
「ブレッドにいったい何をさせるつもりですの?」
とキラリに聞いている。キラリはブレッドの背中をパンとたたきながら、
「ジャスミンについては、こいつが一番よく知っているからだよ。だって幼なじみだもんな」
と言ったので、ブレッドは思わず、
「ジャ、ジャスミン!?」
と大きな声で叫んでしまった。だがすぐに沈んだような顔をして、
「ジャスミン、なんか最近変なんだ・・・。ぼくが大切にしていた水晶を突然壊したし、家に行っても会ってくれなかったし・・」
とさみしそうに言うと、キラリは、
「ああ、今あいつは半分魔法の力で操られているからな」
と説明した。ブレッドは驚いて叫んだ。
「え!?魔法で!?」
「そうだ。自分の欲求を満たそうとして暴走しているんだ。でも・・、おまえならジャスミンが暴走し始めた時、なんとかできるんじゃないかと思ってさ」
キラリの言葉に、ブレッドは顔を上げる。キラリはニコッと笑いながら、
「だってブレッド、小さい頃からずっとジャスミンだけ見てきたんだろ?私達の言葉はジャスミンに届かないかもしれないけど、小さい頃からずっと一緒にいたおまえの言葉だったら、ジャスミンの心に届くかもしれない。だから、力を貸してくれないか?」
と言ったので、ブレッドは黙って大きくうなずいた。

周りが四葉と王子の記憶を戻そうと走り回っている頃、おれはというと、四葉を連れて遊園地にやって来ていた。だって、一応今はおれと四葉は付き合っているわけなんだから、こんな天気のいい休日にどこにも出かけないカップルがいたら、つまらないしね。
人間界と同じく、魔界にも遊園地という施設があって、ジェットコースターやお化け屋敷、コーヒーカップ等いろいろな乗り物が楽しめる場所だ。元々魔界にはなかった施設なんだけど、人間界に留学した魔界人が人間界での遊園地を見て「これは魔界でもヒットするかもしれない!」と思って建設したのが始まりだって言う話を聞いたことがある。おれは人間界での遊園地がどんなものか見たことないから分からないけど、四葉が目を輝かせながら、
「わー!遊園地だ!」
と言っているので、きっと人間界の遊園地と似ているに違いないね。
「一葉くん、連れてきてくれてありがとう!」
四葉が笑顔でお礼を言うから、おれもにっこり笑って、
「いや、おれも来たかったし」
とかっこつけて言ってみたが、お財布の中身は大ピンチだ。今までがんばって貯めていた貯金を全部使い果たしてしまって、明日からはおやつも文房具も何も買えない状態に陥ってしまった。あ〜、王子だったら四葉が欲しいもの全部買ってやることができるんだろうけど、なんでおれはこんなに貧乏なんだか・・・。自分の貧乏さに嘆いていると、
「一葉くん、行こ!」
と四葉がおれの手をにぎって走り出したので、おれの頭の中から「お金の悩み」が一気にスーッと消えていった。世の中、お金で買えないものってあるんだな・・。今はお金のことより、四葉と一緒に過ごす時間を大切にしたい、と真剣に思った。

その頃、カレンとキラリとブレッドはハクモクレン家に乗り込みにやって来ていた。ハクモクレン家は、小高い丘の上に立っている洋館だ。ハクモクレン家といえば、東洋魔術を使う一族であるが、屋敷は西洋風の白い洋館で、周囲もヤシの木などが生えていて、中華風の建築物とはいえない建物である。大昔は中華風の屋敷であったこともあったが、建て替えた際にその当時の当主の好みで西洋風のお屋敷にしたらしい。
カレンとキラリは玄関近くの茂みに身を隠していた。
「なあ、カレン。さっき、『ハクモクレン家は不気味だから近づきたくない』って言っていたけど、どこが不気味なんだ?ふつうの家じゃないか」
とキラリが屋敷を指差しながら言うと、カレンは、
「外じゃなくて、中ですわ!」
と叫んだ。
「なんかとっても不気味なお面が玄関や廊下にズラーッと飾ってまして、とっても不気味ですの!私、小さい頃にジャスミン家に来た時、あのお面を見たために、その日の夜、怖くて眠れませんでしたのよ!」
カレンの言葉に、思わず「プ」と笑ってしまうキラリ。カレンはキラリをキッとにらみながら、
「な、何がおかしいのですの!?」
と聞くと、キラリは笑いをこらえながら、
「だって、天下無敵の怖いもの知らずのカレン嬢が、お面で怖がった経験があるなんて、意外な一面があって『かわいいな〜』と思っちゃっただけだよ」
と言ったため、カレンは急にカーッと真っ赤になる。そしてキラリをポカスカたたきながら、
「なんですの!?その言い方!まるで私が『怖いものがない魔女』みたいな言い方じゃないですの!キーッ!ひどいですわ!」
と隣で騒ぎ出したが、キラリがその口を押さえ、
「しっ、ブレッドがジャスミン家に入るぞ」
と小声で言った。
カレンとキラリが直接玄関に行ってもよかったのだが、2人ともほとんどハクモクレン家に足を運んだことがないため、けっこう遊びに行ったことがあるブレッドをまずは屋敷に向わせたのだ。ブレッドは屋敷の扉が開き、執事が現れた瞬間、手に持っていた小さい丸い玉を屋敷内に放り込んだ。とたんにボワンと紫色の煙が辺り一面に充満し、ケホケホとむせる声が聞こえてくる。30秒後、カレンとキラリは茂みを飛び出し、ブレッドが立っている玄関に向って走り出した。
「ブレッド、上手くいったか?」
「もちろんだよ、キラリ。言われたとおり『眠り薬』を屋敷内に放り込んだから、バッチリだよ」
ブレッドが投げた「眠り薬」のせいで、屋敷中の人達は深い眠りについたようだ。
「ま、フローラル家直伝の『眠り薬』ゆえ、屋敷内にいる方達は、あと1時間は眠り続けますわ」
とカレンは得意げに言った。そう、この「眠り薬」はフローラル家で作った特製の魔法薬なのだ。
「じゃ、行くか!」
キラリのかけ声で、3人は床で眠っている執事を飛び越え、ハクモクレン家に突入した。

「キャーッ!」
四葉がかわいい声で叫んで、おれの右腕にギュッとしがみついた。おれは四葉の頭をポンポンとたたきながら、
「大丈夫だよ。作り物のお化けなんだから。というか、ほんとに四葉はお化けとかが苦手なんだな」
と言うと、四葉は今にも泣きそうな顔をしながらおれを見つめ、
「だって、怖いの苦手なんだもん!なのに一葉くんが『お化け屋敷』に入るっていうからー」
と訴える。ハハハ、それをねらってお化け屋敷に入ったんだけどね。だって、お化け屋敷に入ったら、四葉が抱きついてきてくれると思ったんだ♪やっぱ男としては、好きな女の子にくっついてもらえると、すごくうれしいからね。
お化け屋敷を出てからも、ジェットコースターに乗ったり、急流くだりをしたり、ちょっと恥ずかしかったけどメリーゴーランドにも乗ったし、すごく楽しくて幸せな時間がゆっくり流れていった。不思議だよな。勉強している時間とか、自分が嫌なことやっている時間っていうのは、ものすごくゆっくり流れるくせに、楽しい時間というのはあっという間に流れて、もう閉園時間が近づいた。おれは四葉に、
「そろそろ帰る?」
と聞くと、四葉は夕暮れ空にイルミネーションを輝かせて回っている観覧車を眺めていた。
「観覧車、乗りたいの?」
おれが聞くと、四葉は、
「乗りたいけど・・でも、もう遊園地閉まっちゃうから、また今度でいいや。だって、この前遊園地に来た時、2回も一緒に乗ったもんね。あの時、『観覧車のおまじない』やったこと覚えてる?」
と言って笑った。思わず言葉を失った。おれは・・、四葉と一緒に観覧車に乗った記憶はない・・・。きっと四葉は王子と観覧車に乗ったことがあって、「王子と乗った」という記憶は消されたものの、観覧車に乗った楽しい記憶だけは頭の中に残っているんだ・・・。おれは四葉の記憶の中に入っていけないさみしさをちょっと感じた。四葉の記憶の中に入っていけるのは、王子だけだから・・・。

ハクモクレン家に侵入したカレンとキラリは、ブレッドに案内してもらいながら、2階にあるジャスミンの部屋を目指して歩いていた。外観は明るくモダンな洋風のお屋敷だったが、一歩足を踏み入れると、昼間だというのに中は薄暗くて、ロウソクの火が廊下の所々でユラユラ揺れている雰囲気がどこか不気味だった。それにプラスして、カレンが言っていた恐ろしい顔をしたお面がズラーッと飾られていたので、さらに不気味さが増していた。あるお面は日本の昔話に出てくるような鬼の顔だったり、西洋のヤギの頭をした悪魔の顔のようだったりで、あまり「趣味がいい」とはいえないお面ばかりだった。そんな廊下ゆえに、カレンはキラリの腕をつかみ、ビクビクした様子で歩いていく。
「ね、言ったとおりでしたでしょ?ジャスミンの家には、趣味の悪い変なお面がたくさん飾ってありますのよ!」
カレンが泣きそうな声でキラリに言ったが、キラリは全然動じてない様子でお面をじっと見つめ、
「ま、確かに気味が悪いけど、どれも伝説の神々を象ったものだな」
と言う。カレンはそれを聞いて、
「神様だったら、もうちょっと優しい表情にしてほしかったですわ」
と文句を言った。
ジャスミンの部屋についたカレンとキラリは、さっそく部屋のあちこちを探し始めた。本棚、机の引き出しなど、ジャスミンに「申し訳ないけど、探させてもらうよ」という気持ちで、片っ端から四葉とレイの記憶が戻る方法が書いている書物を探していく。その間、ブレッドはベッドで寝ているジャスミンをジーッと見つめていた。ジャスミンが目を覚ましそうになったら、キラリ達に教える役割を担っているのだ。
「これでもない!あれでもない!」
カレンとキラリは本棚から本を引き抜いては、中身をチェックし床に落としていく。数分後には部屋の真ん中に本の山ができていた。元に戻すのは大変な作業だが、カレンの魔法を使えば3秒で元にあった場所に全ての本を戻せるので、なんの気兼ねもなくどんどん引っ張り出しては、捨てていく作業を続けた。
「あとは一番上の棚だけか・・」
キラリが本棚にはしごをかけ、一番上の本をチェックし始めた。2,3冊本を見て捨てた時だった。次に手に取った本は、とても古くて色あせていて、本の表紙にクローバーの絵が載っていた。

「楽しい時間は、あっという間に終わっちゃうね・・。もっと遊びたかったな・・」
遊園地からの帰り道、四葉がポツリとつぶやいた。辺りはもう真っ暗で、街灯の光だけを頼りに田舎道を歩いていく。
確かに遊園地で過ごした時間はとても楽しかった。四葉が最後に観覧車の話題を出した時だけは、ちょっとさみしい気持ちがしたけど、それ以外は本当に楽しかった。でも、こんな楽しい時間はもう二度とやって来ないかもしれないけど・・・。そう思ってしまったが、おれは四葉に、
「あっという間に終わっちゃったけど、また今度来ようよ」
と言ってみた。「今度」なんて、おれ達にはないのに。すると、四葉が急に足を止めた。そしておれの手をギュッとつかむと、
「・・ちがうの・・」
と小さな声でつぶやいた。おれは四葉の声を聞き取ろうと、顔を近づける。四葉は地面を見ながら、
「このまま家に帰ったら、また一葉くんに明日になるまで会えないから・・・。それは、ほんの少しの時間だと思うよ。夜が明けたら、また会えるのは分かってる。でも、そんなわずかな時間でも、会えないのはさみしい・・」
と言った。胸がギュッとしめつけられた。
四葉・・やめてくれ・・、そんなことおれに言わないでくれ・・・。これ以上、おれを苦しい気持ちにさせないでくれ・・。そのセリフは、本当は王子に言わなきゃいけない言葉で、おれに言う言葉ではないんだ・・・。
急に雨が降り始めてきた。遠くで雷が光った。四葉が耳をふさいで「キャッ」と言って、おれのほうによろめいた。おれはその体を抱きしめてはいけない、と思った。抱きしめてしまえば、このまま四葉を連れてどこか遠くに逃げてしまうような気がして。だが、四葉がギュッとおれに抱きついてきた。そして顔を上げ、まっすぐおれを見つめている。ドキンドキンと胸が高鳴り始めた。耳元で聞こえていた雨の音が急に聞こえなくなった。四葉がそっと瞳を閉じた。好きだ・・、ずっとずっとこの気持ちを抑えてきた。四葉と王子が幸せなら、それをジャマしないように、遠くから見守るつもりだった。それなのに、なんで神様は、四葉と王子の記憶を消して、おれに四葉をあずけたんだろう?おれにこれ以上、どうしろと言うんだ?
瞳を閉じている四葉に、そっと顔を近づけた。心の中では『ダメだ、一葉!これ以上、この創られた世界に深入りしちゃダメだ!』と叫んでいる自分がいたが、全然ブレーキは効いていない。「ダメだ」という気持ちより、「もうどうでもいい」という気持ちがどんどん大きくなっていく。おれはさらに四葉に顔を近づけた。あと数センチで唇が重なりそうになった・・その時だ。突然、「ルルルルル!」と電話の音が鳴ったため、四葉とおれは急にびっくりしてぱっちり目を開けた。
「ったく、誰だよ、こんな時に」
文句を言いながら、電話を取り着信相手を見てみると「カレン嬢」からだった。その表示を見た瞬間、「四葉と王子の記憶の戻し方が分かったんだ」ととっさに気づいた。
「一葉くん、誰だったの?」
四葉が顔をのぞきこんできたので、おれは思わず電話の電源を切ってしまった。
「あ、いや、間違い電話だったみたいだ」
罪悪感に似たような気持ちがあったが、自然とそんなセリフが出てしまったので、自分でも驚いた。すると四葉は、
「そっか・・あ、それより、雨も激しくなってきたから、うちの家に来ない?」
と言った。思わず「え?」と驚いてしまったが、確かにこの場所からだとおれの家に戻るより、四葉の家に向ったほうが近い。おれは四葉の手をとって走り出した。そして心のどこかで神様に願った。
この「しあわせの魔法」が、まだ解けないように、と。

「もーっ!どうなってますの!?なんで一葉さん、電話を取らないのかしら!せっかくレイと四葉さんを戻す方法を見つけたかもしれないっていうのに!」
カレンがプンスカ怒りながら叫んでいる横で、キラリはさきほど見つけた古い書物をパラパラ見ながら首をかしげていた。
「たぶん十中八九、これが戻し方を書いている本だと思うんだけど、中に書いている古語は私じゃ分からないよ。授業で習った以上の内容だ」
「それならやっぱり一度持って帰って、ヒロに見てもらいましょう。ヒロなら詳しいと思いますし」
カレンは魔法で、引っぱり出した本を本棚に戻しながらそう言った。キラリは、ジャスミンをずっと見つめていたブレッドに、
「おい、ブレッド、ジャスミンが起きないうちに帰るぞ」
と呼びかけると、ブレッドはキラリの方にふり返り、
「え?もう?」
と驚いたように言った。ブレッドがジャスミンから目を離したのは、ほんの一瞬だった。だが、その一瞬の間に、ジャスミンはパチッと目を覚ましてしまった。突然、カレンとキラリの横を突風が駆け抜ける。と同時に、目の前の壁が「ドカン!」と爆発したため、2人はびっくりして振り返った。するとそこには、目の色が紫色に変わったジャスミンがこっちをじっとにらみながら立っていた。ジャスミンはキラリが持っていた書物を見て、
「その書物、誰が持ち出していいと言った?」
と低い声で言った。ジャスミンの変貌に、カレンとキラリは驚きで金縛りにあったようにその場に突っ立ったままになった・・。

ちょうどその時、「ゴゴゴゴゴ・・・」とお城が揺れ始めた。いや、城だけでなく魔界中の地面が激しく揺れ出したのだ。レイの部屋に書類を持ってきていたヒロは思わず、
「じ、地震!?」
と叫んで、近くにあった柱につかまり身を伏せた。だがレイは身を伏せるでも、何かにつかまるでもなく、その場にずっと立ったままだったので、ヒロは、
「レ、レイ様!お伏せになってください!危ないですっ!」
と叫んだが、レイは相変わらず立ったままだ。ヒロは揺れる床を這いながら、レイの元に駆けつけようとしていると、レイが、
「なあ、ヒロ。なんかおれ・・大切なことを忘れているような気がするんだ・・・」
とつぶやいた。ヒロは「え?」と驚いた声を上げた。レイは窓から遠くの空を見つめながら、
「心にぽっかり穴があいたような・・・そんな気がするんだ・・。おれはいったい、何を忘れたんだろう?」
とさみしそうに言ったためヒロは、レイが記憶のどこかで四葉のことを思い出そうとしているのに気づいた。その数秒後、地震はおさまった。しかし、ホッとしたのもつかの間、廊下から、
「ヒロ様!ヒロ様!大変です!」
と城に仕える者が叫んで走ってきたため、ヒロは、
「何事ですか!?」
と部屋から廊下に飛び出した。走ってきた者は城で地質学を研究している者で、ヒロを見るや否や、
「ヒロ様、先ほどの地震なのですが、震源地が『魔物の森』付近でございます!」
と叫んだ。ヒロはそれを聞いて、
「え!?『魔物の森』ですか!?」
と驚きで飛び上がってしまった。地質学者は大きくうなずき、
「ハイ!これはただごとではありません!なにか異変が起こる前の前兆と思われます!」
と言った。



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