第16話:本当に大切なこと

カレンとキラリのすぐ横にあった壁にヒビが走り、パラパラと破片がいくつか床に落ちた。紫色の目をしたジャスミンが、2人をにらみつけている。
「その本、こっちに返せ」
ジャスミンの冷たい声に、2人は思わず身震いしてしまった。そんな様子を少し離れていたところから見ていたブレッドは、ジャスミンの変わりように驚き、
「ジャスミン!いったいどうしたんだ!?」
と叫んだ。ジャスミンはちらっとブレッドの方を見る。と同時に、左手を上げ、ブレッドに青白い光線をバッと放った。その瞬間、ブレッドが吹っ飛ばされ、「バンッ!」と壁に思い切り叩きつけられた。
「ブレッド!?」
キラリが思わず叫んだが、ブレッドはそのまま意識を失い、壁の破片と一緒に床に倒れ落ちた。その様子を見たカレンは、ジャスミンに向き直ると、
「ジャスミン!何をしますの!?ブレッドはあなたの幼なじみでしょ!?」
と怒鳴ったが、ジャスミンは、
「私のジャマをする者は誰であろうと許さない。それより、さっさとその本を返せ!」
と全く聞く耳を持たない状態だ。カレンは怒りで体が小刻みに震え出した。そしてキッと顔を上げると、ジャスミンをにらんだ。
「ジャスミン、いい加減、目を覚ましなさいよ!あなた、魔法の力でレイを手に入れてうれしいんですの!?それで本当に幸せだと思いますの!?私、そんなの絶対幸せだなんて、思いませんわ!」
カレンの声が届いたのか、一瞬ジャスミンが「ハッ」としたような表情を見せた。でもそれは本当に数秒のことであった。すぐに元の怖い顔に戻ると、カレンを見つめ、
「そんなこと、おまえには関係ない!」
と叫び、また青白い光線をぶっ放してきた。ブレッドのそばに駆け寄っていたキラリが、
「カレン!!」
と叫んだ。その瞬間、カレンは、
「出でよ!魔方陣!」
とバッと両手を振り上げ、魔方陣を召喚した。カレンを中心とした魔方陣が床に浮かび上がり、結界を作り出す。そのため、ジャスミンが放った光線は結界ではね返され、バリバリバリッと飛び散った。が、ジャスミンも力を放出し続け、カレンの作った結界を容赦なく攻める。カレンは目の前で激しくぶつかっては飛び散る光線を見ていると、どんどん焦りが生じ始めた。というのも、今でも全魔力を使い、ジャスミンの魔法を防いでいるのに、これ以上攻撃を続けられては、魔力を使い果たして結界が破られる恐れがあるからだ。
『ど、どうしたらいいんですの!!結界が破られて、あの魔法光線をまともに浴びてしまったら、ケガどころではすまないかもしれませんわ!』
その時だ。突然、ジャスミンが、
「うっ!?」
と叫ぶと同時に、魔法光線が止まった。カレンは驚いて顔を上げると、ジャスミンの右腕に何か紙のようなものが貼りついている。
「え・・いったいどうしたわけですの・・・」
その次の瞬間、カレンの目の前がブルー一色になった。ブルー一色といっても、空の色ではない。それは、ヒロの洋服の色だった。
「カレン様!ご無事でしたか!?」
突然現れたヒロに、カレンはびっくりして声が出なかった。ヒロは頭を下げながら、
「駆けつけるのが、遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。カレン様の携帯に何度も電話をしたのですが、なかなかつながらなかったので、気になりまして・・・」
と説明しているが、照れているのか顔がどんどん赤くなっている。カレンもカレンで、自分を助けに来てくれたヒロに感動したのか、みるみる顔が真っ赤になっていく。でもやはりまだ素直になれないのか、本当はすごくうれしいのに、
「ちょ、ちょっと遅すぎですわ!もうちょっと早く来て欲しかったですのに!」
と言ってしまったため、ヒロもあわてて、
「もっ、申し訳ございません!」
と顔が赤いまま何度もペコペコ謝っている。そんな2人を見ていたキラリが、
「ラブラブしたいのはよく分かるけど、今はそんな場合じゃないよ〜」
と声をかけたため、カレンとヒロはハッと我に返った。キラリはヒロに、
「ヒロ先生、ジャスミンに何を投げたんだ?なんだか札みたいなものだけど」
と聞くと、ヒロは、
「ああ、あれは魔力を一時封印する札です。でもそんなに長くもたないかもしれないので、今のうちにお2人とも早く逃げてください!」
と言ったので、カレンとキラリはうなずき、部屋から飛び出そうとした。が、遅かった。3人の横を「ババババッ!」と青白い光線が走ったかと思うや否や、天井の一部が崩れ、ドアをふさぐ。3人が恐る恐る振り返ると、ジャスミンが、
「ここから絶対、逃がすものか」
と言って、ヒロが貼りつけたお札を握りつぶしていた。3人の後ろにはドアも窓も何もない壁で、このままジャスミンに魔法をぶっ放されたら、どこにも逃げる場所がない。カレンもさっき魔力を消耗したせいか、魔方陣を出しても、どこまで耐えられるか分からない。
「これって、まさに『絶体絶命』ですわよね・・」
カレンがつぶやくと、キラリも、
「ああ・・」
とうなずいた。ジャスミンは左手を上げながら、
「覚悟はできたか?」
と聞いてきた。ゴクリとツバをのむ。青白い光線がカッと光り、今まさにジャスミンの手から放たれようとした、その時だ。
「ジャスミン!やめるんだ!」
ブレッドがジャスミンの手をグイッとつかんだ。ヒロとカレンとキラリは、ブレッドの突然の行動に驚いた。ジャスミンは紫色の目で、
「離せ!」
とブレッドをにらみつけたが、ブレッドは手を離さない。そしてブレッドは泣きそうな顔になりながら、
「頼むからっ、頼むから、昔のジャスミンに戻ってくれ!」
と叫んだ。
「昔一緒に遊んだ頃のジャスミンに戻って欲しいんだ!」
ブレッドの必死の叫びが、ジャスミンの耳の奥でかすかに響いた・・・

そう、あれはもう何年前のことだろう。ブレッドとジャスミンがまだ子どもの頃だった。あの頃からブレッドの家は貧乏で、一緒に遊ぶといってもいつも野原で遊んだり、砂場で砂遊びをしたり、という遊びしかできなかった。他のお金持ちの貴族の子ども達は、そんな貧乏くさい遊び方が嫌いで、誰もブレッドと遊ぼうとしなかったが、ジャスミンは部屋に閉じこもっているよりも外で遊ぶほうが好きだったし、ブレッドといると何より楽しくて、いつも2人で日が暮れるまで野原で遊んでいた。春はレンゲの花をつんだり、夏は川で遊んだり、秋はドングリを拾ったり、冬は雪合戦をしたり。どの思い出も楽しいものばかりで、未だにジャスミンの心の中に残っている。でもその中でも一番印象に残っているのが、不器用なブレッドが練習に練習を重ねて立派な「お花の冠」を作ってくれたことだ。今思えば、「あんなちっぽけなもので」と思えるような冠だったが、あの時はどんなにたくさん宝石のついた冠にもかなわないぐらい素敵な冠だと素直に思えたし、本当にうれしかった。ブレッドが冠を頭の上にのせてくれた時、
「ジャスミン、まるでこの国の女王様みたいだよ」
と言ってくれたのを今でも覚えている。この国の女王様なんか興味なくて、ブレッドのお嫁さんになりたいと思っていたのに・・・。いつのまにどこで自分の気持ちが変わっていったのだろうか・・・・。

「ジャスミン!」
ブレッドの叫び声で、ジャスミンはハッと目を覚ました。
「ブ・・ブレッド・・・」
ブレッドはジャスミンの目を見ると、紫色の輝きは消え、黒い瞳に戻っていた。ブレッドは、
「ジャスミン・・元に戻ったんだね・・・」
と目を潤ませながら、ジャスミンを抱きしめた。が、その時だ。ジャスミンが、
「ううっ!!」
と苦しそうな声を出しながら、体をひねりはじめた。ブレッドは驚いて、
「ジャスミン!?どうしたんだ!?」
とジャスミンの顔をのぞきこむと、再びジャスミンの瞳が紫色を帯び始めていた。ジャスミンの異変に気づいたヒロ、カレン、キラリも、
「どうしたんですの!?」
と駆け寄ろうとしたが、ブレッドは皆の方にふり返ると、
「みんな、逃げて!」
と叫んだので、3人は足を止めた。ブレッドは苦しむジャスミンを抱きしめながら、
「ジャスミンはぼくがなんとかするから、キラリ達はその本を持って早く逃げて!」
と言ったため、3人は後ろ髪をひかれるような思いがしたが、
「分かった!ブレッド、頼む!絶対ジャスミンも元に戻してみせるから、待ってろ!」
と言って、窓から飛び出しハクモクレン家を後にした。

ひどいどしゃぶりの中を走り、3人はカレンの家に帰ってきた。さっそくヒロはカレン達が取り戻した本を開き、古文を解読する作業に入った。カレンはヒロのそばに座り、心配そうにヒロを見つめている。キラリは疲れが出たのか、ソファーに座るや否や、コクリコクリと眠り始めた。
「ヒロ、何か分かりました?」
カレンが思わず質問すると、ヒロは、
「うーん・・そうですね・・。たぶんこの本がレイ様と四葉さんを元に戻す方法を書いているのだと思うのですが、具体的には書かれていないのです・・」
と答える。
「具体的に書かれていない?」
「ハイ、たとえば、『夢を見る者、自ら魔法を解放せば、2の1が目を覚ます』というような感じで、どう解釈していいのやら・・・」
ヒロの説明を聞いて、カレンも首をかしげた。まるでナゾナゾのようだ。カレンはナゾナゾのようなものが大嫌いで、考えれば考えるほど、頭がチンぷんかんぷんになっていく。でも、四葉とレイを元に戻したいので、ヒロと一緒に考え始めた。その時だ。「バン!」とドアが勢いよく開いて、カレンの父が部屋の中に入ってきた。
「カレン!ヒロ殿が来ているそうではないか!」
父がうれしそうに言うので、カレンは首をかしげる。確かに、父にはヒロとの交際を認めてもらったが、ヒロのことが「めちゃくちゃお気に入り」というわけでもないのに、父がヒロを歓迎しているというのは珍しい。カレンは、
「お父様、いったいどうしましたの?」
と言うと、カレン父は「カカカカカッ」と大笑いをしながら、
「いや〜、早く孫の顔を見たいと思ってな!ヒロ殿に催促しに来たんじゃよ」
と言ったため、ヒロとカレンは、
「孫!?」
と驚きで飛び上がった。カレン父の声は寝ていたキラリも起こしてしまったため、キラリも、
「ええっ!?孫!?」
と驚いて飛び起きた。カレンは顔を真っ赤にしながら、
「おっ、お父様!?なにバカなこと言ってますの!?ま、孫なんて、そんな!!」
と叫ぶと、カレン父はムッとした顔をして、
「誰がバカを言うか!立派な跡継ぎを期待して、何が悪い!それに、わしの友達は皆、もうすでに孫がいるんだぞ!わしだって孫自慢したいわい!」
と言い返してきた。無茶苦茶なことを言う父にカレンは恥ずかしさやら怒りやらがこみあげてきて、
「だからといって、物事には順序というものがあるんですのよ!!そんな順序を飛ばして孫なんて、言わないで下さる!?」
と大声で叫んだので、さすがのカレン父も少々びびったようだ。そのせいか、カッカッしている娘にお願いするのをあきらめ、今度はヒロをつかまえると、
「ヒロ殿、男でも女でもいいから、かわいい孫を頼むぞ!きっと生まれてくる子どもは、カレンに似て美しく、ヒロ殿に似て頭がいい天才に違いない!」
と言っている。カレンはそんな父をキッとにらみながら、心の中で叫んだ。
『孫って、孫って・・・、私、まだヒロと手をつないでデートもしたこともないんですのに、そういうのを越えて「孫」ってどういうことですの!?いくら何でも順序が違いますわ!それに・・ヒロは・・・』
チラリとヒロの方を見てみる。すると、ヒロは、
「まごまご・・」
と言いながら、石のように固まっている。ヒロはこんな調子なので、孫どころか、キスまでたどりつくのに、あと何年かかることやら・・・。そんな娘の心配をよそに、カレン父は、今度はキラリをつかまえて、
「キラリちゃんも、何とか言ってくれんか?孫の顔が早く見たいんじゃよ」
と言うと、キラリは「ハハハハハハ」と笑って、
「おじさん、ちょーっと残念ですが、孫はもうちょっとガマンしなきゃならないですね。あの2人は今時珍しいほど、純な性格ゆえにね」
と答えたので、カレン父はため息をつき、
「そうか・・・孫はまだか・・」
とがっくり首をうなだれた。その時だ。再び部屋がガタガタと揺れ出した。今度は先ほど起こった地震よりも揺れが大きく、机の上にあったコップはひっくり返り、本棚の本が床にバサバサと落ちていく。
「ま、また地震です!皆さん、早く机の下などに避難してください!」
ヒロがそう叫びながら、カレンを見ると、カレンのすぐそばにあった棚が激しく揺れて今にも倒れてきそうだ。驚いたヒロは、揺れる床をよろけながらも突き進み、カレンの腕をつかむとそのまま2人は床に倒れ伏せた。そのとたんに、棚に入っていた写真たてや時計などが上から降ってきたが、ヒロが体をはってカレンを守ってくれるおかげで、カレンは何一つ危害に遭わなかった。こんな地震の中で、「幸せ」を感じているのは不謹慎すぎるが、でもカレンはヒロが自分を大切に想ってくれていることが痛いほど分かって、やっぱり顔が緩んでしまうのだ。そしてしばらくすると、やっと揺れがおさまり、皆ホッとして立ち上がった。部屋を見ると、割れたコップや、棚から落ちてきたものがあちこちに散乱していた。キラリはぐちゃぐちゃになった部屋を見ながら、
「最近、やたらに地震が多いなあ。いったいどうしたっていうんだろう?」
と首をひねると、ヒロが、
「この地震、ただの地震ではないと思います・・」
と答える。キラリは驚いた顔でヒロを見る。
「え?ただの地震じゃないって、どういうことだ?」
「実は震源が、『魔物の森』なのです・・。魔物といえば、魔界を守る神のような存在だということは皆さんご存知だと思います。そして魔物は、魔界を治める王族をいつも見守っております。でも、王族に異変が起こり、世界の均衡が損なわれる恐れがでてきたと、魔物は判断したのでしょうか、その戒めとして地震を起こしているのではないかと、私は推測しているのですが・・」
カレンはまだどういうことなのか理解してない様子だったが、キラリは大きく目を見張りながら、
「ええっ!?じゃあ、それって、つまり四葉と王子の関係がおかしくなっているからじゃないのか!?」
と叫ぶと、ヒロは、
「おっしゃるとおりです」
と静かにうなずいた。カレンもようやく事情を飲み込めたようで、
「じゃあ、早く四葉さんとレイを元に戻さなきゃ!で、ヒロ、どうしたらいいの!?」
と聞くと、ヒロは、
「おそらく、レイ様を元に戻せるのは四葉さんだけだと思いますので、まず先に四葉さんを見つけ出して、四葉さんから元に戻さなければならないと思います」
と答えた。カレンは再び、行方不明になっている一葉に電話をしてみたが、「電源を切っているか、圏外にいる状態です」というアナウンスだけがむなしく返って来る。カレンは携帯が壊れそうなほど、強い力で握りしめながら、
「んもーっ!!四葉さんと一葉さんはどこにいますのよ!!この大変な時に!」
と叫んだ。

その頃、四葉と一葉は雨を避け、四葉の家に来ていた。四葉の記憶が消える前、クローバー家の「封印された館」は、他の貴族の館に劣らないぐらい白壁が美しい立派な洋館だったのだが、いまやその面影もなく、風が吹けば壊れそうなほどのボロい小屋だ。
「一葉くん、お茶をどうぞ」
四葉が温かいお茶の入ったコップを一葉の前に差し出した。一葉は、
「ありがとう」
と受け取り、一口飲んだ。雨にぬれて冷え切っていた体が、一気に温まっていく。四葉は一葉と一緒にいられるのがうれしいのか、ずっとニコニコしているのだが、一葉は笑顔が消え、口数も減っている。四葉は不思議に思い、
「一葉くん?どうしたの?元気ないけど・・・あ、もしかしてお茶がまずかった?」
と聞くと、一葉はハッと我に返り、
「え?あ、いや・・お茶がまずいわけじゃないよ、ただ・・」
と言ってまた表情を曇らせた。
「ただ?」
「ただ・・・雨が止んだら、家に帰らないといけないし、そうしたら、四葉とお別れしないといけないから・・・。そう思うと、ちょっと悲しくなってただけ」
一葉が苦笑いしながらそう言うと、四葉も急にさみしそうな表情になった。だが、すぐに顔を上げると、
「でもでもっ、雨が止むまではいっしょだよ!」
と四葉が必死に言うので、一葉も、
「・・そうだね」
と笑顔で応えた。だが、一葉は心の中で一つ決心していた。雨が止んだら、カレンに電話をして、四葉を元に戻す方法を聞こう、と。だから雨が止むまでは、もう少し四葉と一緒にいよう、と・・・・。と、その時、急に四葉が立ち上がり、一葉のすぐそばで座り込んだ。お互いがピトッとくっつくぐらいの距離だったので、一葉は驚いて、
「え?よ、四葉?」
とあたふたしていると、四葉はじっと一葉の顔を見て、
「だって、お別れするまで、一葉くんのそばにいたいもん!」
と言って、一葉の腕に自分の腕をからめてきた。積極的な四葉を見て、一葉は、
『よ・・四葉って、王子とつきあっていた時も、こんなに積極的だったっけ?なんかそうは見えなかったけど・・・』
と首をかしげてみた。でも、こんなふうに一緒にいられるのは、複雑な気持ちもあるけど、やっぱり「うれしい」という気持ちの方が大きい。一葉は四葉を自分の方に引き寄せながら、思った。
『このまま雨が止まなければいいのに・・・。王子のところに、返したくないな・・』

そんなラブラブな2人を窓の外から見ている人物がいた。その人物は、雨降る寒い夜だというのに、怒りのあまり全身から火が出るほど熱く燃えていた。
「なるほど、こういうことだったのね!そりゃ、カレンさんがいくら電話しても、一葉が電話に出るわけないわよね!」
そう、窓の外にいたのは、ランだった。カレンから一葉と電話が通じないという連絡をもらい、2人を探しに来ていたのだ。ランは窓をツメでキリキリとひっかきながら、
「四葉ちゃんが魔法にかかっていることを利用して、あんなにベタベタしちゃって、サイテー!!何考えてるのよ、バカ一葉!!」
と思うと、おさえていた気持ちがとうとう爆発して、ドアノブをガシッとつかんだ。「中には入るまい」と決意していたのに、実際あんな2人を見ると、気持ちをコントロールできない自分がいた。ランは思いきり「バン!」とドアを開け、
「一葉!何してんのよ!」
と怒鳴った。突然現れたランに、一葉は、
「ラ、ラン!?な、なんでここに!?」
と、驚きのあまり飛び上がってしまった。急にへっぴり腰になって後ずさりする一葉に、ランは怖い顔でジリジリと追い詰めていく。
「四葉ちゃんが、魔法にかかっているからって、何やってんのよ!?少しは恥というものを知りなさいよ、このスケベ一葉!」
そう言うや否や、ランは怒りをこぶしにこめ、一葉をボカッと一発殴ったので、そばにいた四葉はびっくりだ。一葉は、殴られたほおをおさえながら、
「待てっ、落ちつけ、ラン!おれは別に何もー!!」
と必死に説明しようとするが、ランは目に涙を浮かべながら、
「言い訳は見苦しいわよ!このサイテー男っ!!カレンさん達がどんなに四葉ちゃんのこと探していたのか、知ってるの!?それなのに、一葉一人の欲求だけで、四葉ちゃんを独り占めして!!四葉ちゃんを早く元に戻さないと、魔界が大変なことになるのよ!!」
と叫んだ。一葉は首をかしげ、
「魔界が大変なことに?」
と聞き返すと、ランはうなずき、
「そうよ、魔界が大地震に見舞われ、火山がドカンと噴火して、大地がパッカンと割れて、めちゃくちゃになるかもしれないんだから!」
と説明したが、一葉は「信じられない」という顔をする。
「それって、本当なのか?ランの作り話とかじゃないよな?」
一葉のこの一言が、再びランの怒りに火をつけた。ランは近くにあった本を一葉にバシッと投げつけると、
「あたしを疑うわけ!?一葉と四葉ちゃんの間を引き裂こうと、ウソついたと思ってるの!?」
と怒鳴ってきたので、一葉は縮こまる。そして次のランの攻撃に身を構えていたのだが、何も起こらない。一葉は恐る恐る目を開けてみると、ランは涙を浮かべ一葉を見つめていた。
「もう・・・もう、知らない!!魔法にかかってまで、四葉ちゃんと一緒にいたい一葉なんて、もう知らないわよっ!」
そう言うと、ランは泣きながら「バタン!」とボロい家が壊れるぐらいの勢いでドアを閉め、部屋から出て行った。再び部屋には四葉と一葉だけになったのだが、まるで嵐が去ったような静けさだ・・。放心状態の一葉を不安そうに見つめる。
「大丈夫?一葉くん・・・」
ランを泣かせてしまったことと、四葉になさけない姿を見られたことで、一葉が受けた打撃は大きかった。ちょうど今、一葉はてんびんの真ん中にいて、右の皿に四葉、左の皿にランが乗っていて、どっちに傾けばいいかで悩んでいる状態のような気がした。四葉の方に大きく傾きそうだったが、神様はランの方におもりを1個落としたのだろうか?一葉の口から、四葉に「別れ」を告げる言葉が自然と出てきていた。
「四葉・・・そろそろ王子の元に返る時間だよ」
一葉の言葉に、「え?」と首をかしげる四葉。一葉は心が引き裂かれそうなぐらい辛い気持ちで、
「四葉が本当に好きなのは、おれじゃない・・・。四葉が本当に好きなのは、この国の王子なんだ・・・」
と言った。四葉は黙ったまま一葉を見つめている。一葉も次に言うセリフが思い浮かばず、2人の間に沈黙が流れた・・・。が、突然四葉が、
「ち、ちがうもん!」
と言って一葉に抱きついてきた。四葉は泣きながら、
「ちがうもん!私が好きなのは、一葉くんだけだよっ!」
と言うと、一葉もおさえていた気持ちがまたあふれてきたのか、四葉を強く抱きしめた。
「おれもだよ!おれも四葉が好きだ!でも、四葉は王子の元に戻らないと、クローバー家も復活しないし、それどころか、魔界も大災害に見舞われるかもしれないんだ!だから、だから・・・」
一葉は必死に説明して、四葉に自分をどうにか忘れさせようとした。だが、魔法はまだ解けない。四葉は「ちがうもん、ちがうもん!」と言ったまま、一葉にしがみついている。そんな四葉を見ると、一葉もせっかく決めた決心がまた揺らいでいく気がした。
「四葉・・」
一葉が四葉に顔を見つめると、四葉も潤んだ瞳で一葉を見つめる。そして、四葉は一葉にそっと唇を近づけながら、
「魔界もクローバー家も、どうなってもいいよ・・・。一葉くんと、このままいられさえすれば・・・」
と言った。その時、一葉はハッと我に返った。
『ちがう・・・・おれが好きになった「四葉」は、今、目の前にいる「四葉」じゃない・・・』

一葉は、四葉と初めて会った日のことを思い出した。そう、あれはハロウィンの夜だ。魔界からこっそり抜け出し、人間界にいるという「クローバー家を救い出す」人物を探しに行った一葉は、四葉と出会った。その時、一葉が間違って召喚してしまった悪魔を、四葉は恐れもせずに立ち向かって、封印した。そんないつも一生懸命でまっすぐな四葉の姿にひかれたのだ。だが、今目の前にいる四葉はどうだろうか?「クローバー家が復活しなくても、魔界が壊れてもいい」なんて、絶対四葉は言わないはずだ。

そう思った瞬間、一葉はグイッと四葉を引き離した。
「ちがう!君はおれが好きなった四葉じゃない!おれが好きになった四葉は、いつもまっすぐ前だけ見つめていて、どんな困難があってもクローバー家を復活させるために、勇敢に立ち向かってた!!」
そう叫んだとたん、一葉の後ろでパアッと真っ白な光がはじけ飛んだ。

「ランさん!四葉さんと一葉さんが本当にこちらにいらっしゃるんですか!?」
ランから電話をもらったヒロとカレンとキラリは大急ぎで、四葉の家にやって来た。ランはカレン達に電話をしようかどうしようか本当は悩んでいた。さっきも怒りを爆発させて、みっともなかったのに、その上、一葉の気持ちを無視してカレンに電話すれば、「告げ口した」みたいに思われたら、ますますかっこ悪い。だが、ちょうどその時、四葉の家から真っ白な光が飛び散るのを見て、ランは驚いた。そして、2人に何かあったのだと思い、カレン達に助けを求めるため電話する決意が固まったのだ。ランは、
「この中に四葉ちゃんと一葉がいるんです!」
と言うと、カレン達は扉を「バンッ!」と開け、
「四葉さん、どこにいますの!!」
と叫んだ。すると、四葉がくるりとふり返り、
「あれ?みんなどうしたの?」
と言ってきた。普通の四葉だ。変なところはどこもない。カレンは恐る恐る、
「よ・・四葉さん・・・私が誰だか分かりますの?」
と聞くと、四葉は笑いながら、
「もー、やだなあ。カレンさんに決まってるじゃない。カレンさん以外の何者でもないでしょ?」
と答える。ヒロもカレンの後ろから、
「で、では、私は分かりますか!?」
と聞くと、四葉は首をひねりながら、
「え?ヒロさんでしょ?何?何なの?みんななんでそんな当たり前のこと聞いてくるの?」
と言って不思議がっていたが、ヒロとカレンは、
「も・・戻った!四葉さんの記憶が元に戻った!!」
と飛び上がって喜んだ。四葉はますますわけが分からなかったが、だんだん記憶が戻ってきたせいか、あることを思い出した。
「あ!そうだ!レイは?レイと一緒に占いに行ってたんだけど、なんかジャスミンさんが現れて・・・」
記憶が戻った四葉を、一葉は複雑な気持ちで見つめていた。どうやら、四葉は記憶を失っていた時のことを覚えていないらしい。つまり、一葉と一緒に恋人同士として過ごしていた時間の記憶は、もう四葉にはないのだ。
「残念だったって、思ってる?」
ランが後ろから声をかけてきた。一葉がふり返ると、ランはうつむきながら、
「一葉、本当に四葉ちゃんのこと、好きだったみたいだし・・・」
とちょっと同情したような声で言った。一葉は、一つ深いため息をつくと、
「おれが『残念だった』っていうことになると、ランは『ラッキーだった』ってことになるのかな?」
と意地悪そうな声で言ってきたので、ランは思わず「ドキッ」としてしまう。だが、すぐにふっきれたような顔をして、
「そっ、そうよ!『ざまーみろ』って思ってるわよ!」
と言ったので、一葉は「なんて素直な・・」と思ってしまった。でも、ランに同情を求められるわけはない。しばらく黙っていた2人だったが、ランがクルリと一葉に背を向け、
「ざまーみろって思う気持ちが90パーセントぐらいだけど、でも・・10パーセントは、気の毒とも思ってる・・。だって・・好きな人がふり向いてくれなかった時の『悲しい気持ち』もよく分かるから・・・」
と言った。一葉はランの背中を見つめながら、
「んじゃ、おれ達は『失恋組』っていうことになるな」
とポツリとつぶやいたので、ランは苦笑いしながら、
「・・・そうだね」
と小さく言った。お互いの複雑な気持ちをまだ消化しきれてなくて、モヤモヤとした気持ちだけが胸の中で渦巻いている一葉とランだったが、先にその気持ちを振り払ったのはランだった。ランはクルリと一葉の方に向き直ると、
「でもっ、私はまだあきらめる気はないけど、一葉も同じ?これからも四葉ちゃんのこと追いかけるの?」
と聞いてきた。一葉は、少しはなれたところでヒロ達と話をしている四葉を見ながら、
「そうだなあ・・・」
と考え込んだ。

「ええっ!?レイがまた記憶を失くしたの!?」(人間界編、第10、11話を参照)
四葉は、以前レイが記憶を失った時のことを思わず思い出してしまった。ヒロは苦笑いしながら、
「あ、でも今度は変な記憶にはなっていませんので、安心してくださいませ。ただ、今回は『四葉さんに関する記憶』だけ失くされているのも注意すべき点です」
と答えた。四葉は、
「あたしだけの記憶が・・・」
と思うと、悲しい気持ちになった。きっとまたレイに「おまえ、誰だ?」と冷たく言われることを考えると、心が痛い。それに、以前のように、上手く記憶を戻すことができないかもしれないし、レイの記憶が戻らなかったら、2人は永遠に結ばれることがない、という可能性もある。不安な気持ちが強くなる。だが、暗くなっている場合ではない。四葉はグッと顔を上げると、
「分かった、やってみる!レイは絶対私が元に戻してみせるから!」
と言った。一葉はそんな四葉を見て、
「やっとおれが好きだった四葉に戻ったんだな・・」
と悲しいけれど、うれしい気持ちがあふれてきた。と、その時、一葉の右手がパアッと輝き出した。一葉はあわてて右の手のひらを見てみた。すると、そこには透明に輝く魔法の石が1つ乗っている。一葉はそれを見ると思わず、
「ええっ!?魔法の石が、お、おれの手の中に!?」
と叫んでしまったため、四葉達はいっせいに一葉を見た。
「確か、残りの2つの石は、ジャスミンさんにどっちとも壊されたんだったよね?」
「ああ、そうだ!おれもこの目で壊されるところを目撃したもん!」
「何がどうしたのかは、よく分かりませんけど、元に戻ってよかったですわね!」
「本当、一つでも戻ってくれたら、心強いよ〜」
四葉は不安だった気持ちが、少々和らいだ気がした。一葉は、しばらくキラキラ光る透明な石を見つめていたが、四葉に石を差し出し、
「ハイ、四葉。これで、あと残り1個で、クローバー家が元に戻せるな」
と言うと、四葉は大きくうなずき、
「うん!一葉くん、元に戻してくれて本当にありがとう!私、みんなの努力をムダにしないように、最後の1個も集めてみせるよ!」
と言った。四葉の笑顔を見ると、一葉も自然と笑顔になったいた。一葉は、そばにいたランに、
「ラン」
と声をかける。ランは、
「なに?一葉」
とふり向くと、一葉は全てふっきれたような顔をして、
「おれはこれからも、四葉を助けていきたい、と思ってる。でも、もう追いかけないつもりだよ」
と言ったので、ランは驚いた顔で一葉を見た。一葉はランの顔を見ると、パチッとウィンクして、
「だから、おれのこと追いかけ続けてみたら?もしかすると、捕まえることができるかもな」
と言った。最初、ランは一葉が言った言葉の意味を理解できずに、しばらくボーっとしていたが、ハッと気づくと、大きな目を潤ませながら一葉を見た。
「そ、それって、あたしに『一葉の彼女』になれるチャンスをくれるってこと!?」
「ん・・まあ、上手くふり向かせることができたら、の話だけど」
「絶対、絶対ふり向かせてみせるんだから!覚悟しといてね、一葉!」
うれしそうに言うランを見ながら、一葉は微笑んだ。

四葉は携帯を開くと、保存していた魔法の石をパアッと取り出した。
「『物をあやつる魔法』『空を飛ぶ魔法』『攻撃の魔法』『変身の魔法』『防御の魔法』『予知の魔法』、6つの魔法の石が手に入ったんだよね。残りはジャスミンさんが持っていて、壊されている『復活の魔法』の石だけ・・・・」
四葉はヒロの方にふり返ると、
「で、ヒロさん。『復活の魔法』の石を元に戻す方法はどうすればいいの?」
と聞くと、ヒロはジャスミンから奪った本をパラパラとめくり、
「ええと・・本にはですね、『神の怒りに触れ、壊れ行く世界を、敵より先に王子と力を合わせ、元の世界に戻せば、クローバー家は復活するであろう』と書かれてあります」
と説明した。
「『壊れゆく世界』?」
「それって、最近起こっている地震が関係してるんじゃないの?」
「『敵』というと・・・」
「ジャスミン以外は、思いつかないよな」
ジャスミンの話題が出たところで、キラリは、
「あ、そういえば、ジャスミンはブレッドがおさえていたはずなんだけど、どうなったんだ?」
とブレッドのことを思い出した。その時、突然ドアがバタンと開いた。皆が驚いて、いっせいにドアの方にふり向くと、そこにはボロボロになったブレッドが立っていた。
「ブ、ブレッド!?どうしたんだ!?」
キラリがあわててブレッドの方に駆け寄ると、ブレッドは、
「ご・・・ごめん・・・」
とあやまる。
「ごめんって、どうしたんだ!?」
「ジャ・・ジャスミン、元に戻りかけていたんだけど、急に紫色の割れた石が現れて、ジャスミンを連れて行ったんだ!」
ブレッドの説明を聞いた四葉は、とっさに紫の割れた石が魔法の石だと勘付いた。その時だ。またふたたび、部屋が揺れ始め出す。
「ま、また地震だ!!」
今度の地震も揺れが大きくて、四葉のボロ家は今にも壊れそうなほどミシミシ音を立てて大きく揺れている。カレンがバッと手を上げ、
「出でよ!魔方陣!」
と再び魔方陣を創り、皆を陣の中に避難させた。だが、四葉だけは魔方陣の中に入らず、
「ヒロさん!この地震をレイとしずめればいいんだね!」
と聞いたので、ヒロは、
「ハイ、そうです!レイ様は恐らくお城にいると思われます!あとは四葉さん、お願いします!!」
と叫んだ。四葉は大きくうなずくと、携帯を振り上げ、魔法の杖を取り出した。そして一つ魔法の石を放り上げると、
「空飛ぶ魔法!」
と言って、背中に真っ白な羽を生やし、スーッと夜空に舞い上がった。

先ほどまで降っていた雨は、もう止み、雲の間からは不気味なほど大きな月が顔を見せていた。四葉は宙に舞い上がりながら360度ぐるりと回転してみた。すると、遠くの山のすそ付近が真っ赤に光っているのが見えた。

その頃、ブレッドを振り払ったジャスミンはお城に足を踏み入れていた。城の者にレイの居場所を聞き、金木犀の香る中庭に向う。中庭では、レイが「忘れている何か」を思いだそうと必死に考え込んでいた。
「レイ様、こんばんわ」
突然背後から声が聞こえ、レイは振り返る。そこにはジャスミンが立っていた。
「やあ、ジャスミン。こんな夜にどうしたんだ?」
レイが聞くと、ジャスミンは、
「レイ様、最近起こっている、この地震、変だと思いません?」
と唐突に聞いてきた。レイは驚いた顔で、ジャスミンを見ると、
「え?地震?これって普通の地震じゃないのか?」
と聞く。ジャスミンは真面目な顔でうなずくと、
「ええ。普通の地震じゃないですし、この地震を止めることができるのは、レイ様だけしかいらっしゃいませんわ」
と言ったので、レイはますます驚いて、
「おれが止めなきゃいけないのか?」
と聞くと、ジャスミンは黙ってうなずく。レイはしばらく考え込んでいたが、顔を上げると、
「分かった。地震を止めに行こう!このまま魔界が壊れたら大変だもんな」
と言うと、ジャスミンは、
「でも、レイ様一人では大変だと思います。だから、私、レイ様のお手伝いをしたいと思っていますの」
と言って、レイを見つめた。レイもジャスミンを見つめ、
「そうだな・・。おれ一人じゃ大変かもしれないし、ジャスミンほどの強い魔力を持つ者がそばにいてくれたら、いろいろと助かることも多いだろう。分かった、ジャスミン、一緒にこの災害を止めてくれるか?」
と頼んだので、ジャスミンはにっこり笑い、
「もちろん、よろこんでお受けしますわ。レイ様、一緒にがんばりましょう」
と言って、レイの手をとった。


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