今回は、松山観光ボランティアガイドの肥後政幸さんに、松山歴史文化道エリアにある道後温泉周辺の歴史文化遺産を案内していただきました。 |
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| <道後温泉にまつわる伝説> ☆道後温泉には沢山の伝説や神話があるそうですね。☆ |
(肥後さん) |
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| <道後温泉本館のいわれ> ☆道後温泉本館は、明治27年(1894年)に建てられた非常に立派な木造建築で、国の重要文化財にも指定されていますが、その歴史は?☆ |
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(肥後さん) |
| ☆ 道後温泉本館は夏目漱石の小説「坊っちゃん」にも登場しますね。☆ (肥後さん) 「実は、この建物が完成した翌年(1895年)に、夏目漱石が松山に英語教師として赴任します。漱石は松山に1年しか滞在していないのですが、その時の経験をもとに、10年後(1906年)に小説『坊っちゃん』を発表します。これが大ベストセラーになり、道後温泉の名を広く全国にPRすることになりました。」 ☆ なるほど。漱石は絶妙のタイミングで松山に来たのですね。☆ この他、本館の中にある皇室専用のお風呂「又新殿」(ゆうしんでん)や、湯あみで元気になった少彦名命(すくなひこなのみこと)が石の上で踊り出したという「玉の石」の神話など、道後温泉に関する興味深い話を次々に聞かせていただきました。続いて、四国霊場51番札所石手寺に行きます。 <石手寺と衛門三郎(えもんさぶろう)伝説> ☆石手寺には、どのようないわれがあるのですか☆ |
(肥後さん) |
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「彼は20回まわっても大師に会えませんでした。そこで、逆にまわることを思いつき、その21回目の途中、阿波の国の第12番札所焼山寺で病気になり、亡くなる間際にやっと弘法大師に会え罪を許されます。そののち、伊予の豪族の河野氏に嫡男が生まれますが、その子は掌を握ったまま開かないので、安養寺(石手寺の前身)で祈願したところ掌が開き、中から「衛門三郎再来す」と書かれた小石が出てきました。そこで892年に寺号が石手寺に改められたのです。その石が今でも寺にありますから、是非ご覧下さい。」 |
「この伝説は有名ですので、ご存じの方も多いと思います。ただ、『衛門三郎が何故これほどまでに強欲非道になったのか。』という、この伝説の前半部分は余り知られていないのです。 |
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故郷で母子二人ひっそりと暮らしていたのですが、彼女はもともと病気がちでした。しかし、貧しさ故に、薬も買えないし、医者にも診て貰えず、挙げ句の果てに、彼女が亡くなった時には葬式に来てくれると約束したお坊さんにも「別に金持ちの葬式ができたから、行けなくなった」と断られてしまうのです。こうした出来事を通じて、彼女の息子は、「この世で一番大切なものはお金だ。他には何も信じられない。」と確信を持つようになります。そして、父方の家を見返すつもりで、勝手に衛門三郎と名乗り、働きづめに働いて村の長者になるのです。
その後、彼は結婚して8人の子持ちとなるのですが、子煩悩の彼は、子供のために財産を残してやろうと、ますますお金に執着するようになったと言われています。」 |
| <石手寺> ☆石手寺には他にどのような見所がありますか☆ |
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石手寺にはこの他にもいろいろな見所がありました。また、石手寺を見た後、重要文化財の伊佐爾波(いさにわ)神社や、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」に登場する秋山好古の墓なども案内していただきました。 ☆ 最後に、観光ボランティアガイドについて、一言お願いします。☆ (肥後さん) 「私自身も、旅行に行った時には、ボランティアガイドの方に案内してもらっています。ガイドさんに説明していただくのと、ただ観るのとでは、旅の印象が全く違ってきます。」 「そこで私も、観光客の方には、『道後温泉で体を温め、ガイドの説明で心を温めていただきたい。』をモットーに、「お接待の心」でご案内しています。松山にお越しの際には、是非、私ども松山観光ボランティアガイドに声をお掛け下さい。」 |

手作りの資料で熱心に説明する肥後さん