<第4回>
 ・歩いた所:高知市の歴史文化遺産
 ・語 り 部:土佐観光ガイドボランティア協会
       岩崎 義郎さん

 今回は、土佐観光ガイドボランティア協会の岩崎義郎さんに、土佐維新歴史文化
道エリア
にある高知市の歴史文化遺産を案内していただきました。
 土佐観光ガイドボランティア協会は、平成16年3月に開館した「龍馬の生まれ
たまち記念館」の中に事務所があり、そこ
にガイド2名が常駐しています。

 今日は、その龍馬の生まれたまち記念館
をスタートに、高知市内の代表的な観光ス
ポットである高知城、桂浜、竹林寺の順
に、ご案内して頂きます。
 それでは、岩崎さん、宜しくお願いいた
します。

ガイド専用の青いブレザー姿の岩崎さん(右)と
 土佐観光ガイドボランティア協会の山本会長
 (「龍馬の生まれたまち記念館」の前で)

「龍馬の生まれたまち記念館」ということは、文字通り、坂本龍馬はこの記念館
の近くで生まれた、ということですね。

(岩崎さん)
 「はい、坂本龍馬の生家は、この記念館がある現在の高知市上町(かみまち)1
丁目にあったと伝えられています。坂本龍馬生誕地の記念碑も、この近くに建って
います。」

 「龍馬の生まれたまち記念館は、龍馬が
脱藩する前の、龍馬を育てた人と町を紹介
することを主なねらいとしています。館内
には、昔の上町の様子や龍馬の家族、龍馬
の少年時代から脱藩までの過程などを、ジ
オラマ模型やCG(コンピュータグラフィ
ック)装置などを使って紹介しています。
龍馬に興味のある方には、生誕地の記念碑
とともに、是非、立ち寄って頂きたいと思
います。
 また、我々ガイドが記念館周辺の龍馬の
生まれ育った町を、1時間程度でご案内す


来館者が龍馬への思いを綴ったノート。開館後
9カ月で早くも13冊目に達している。
ることもできます(要予約、案内料無料)。」
 「なお、後ほどご案内する桂浜には、高知県立坂本龍馬記念館がありますが、あ
ちらは龍馬が土佐藩を脱藩して以降の足跡を中心に資料を展示しています。」

どちらの記念館も龍馬ファンには見逃せないスポットということですね。


<次に、龍馬の生まれたまち記念館から高知城に行きます。(徒歩約20分)>


平成18年のNHK大河ドラマは、山内一豊とその妻を描いた司馬遼太郎原作
『功名が辻』になりました。高知城はその山内一豊が築いた城ですね。


(岩崎さん)
 「山内一豊は、豊臣秀吉に見込まれ遠州掛川5万石の大名となっていましたが、
関ヶ原の戦いではいち早く東軍に味方し、その功もあって、徳川家康から土佐一国
24万石を与えられました。前領主の長宗我部氏は桂浜の近く(浦戸)に城を構え
ていましたが、一豊は新時代への町造りと人心一新を目指して1601年から築城
に着手、同時に城下町の経営を始めます。今日の高知市の基盤整備は、400年ほ
ど前に山内一豊によって始められたのです。」
 「高知城追手門の近くに山内一豊の騎馬像があります。騎馬像としては、皇居前
の楠木正成像を上回る国内最大クラスと言われていますので、是非ご覧下さい。」


(岩崎さん)
 「一豊とその妻(通称『千代』)は、どちら
も幼少期に父を戦で失い、苦労して育ちます。
縁あって結婚した二人は助け合いながら波乱の
人生を歩みます。その過程で千代は、一豊の出
世を助けた賢夫人として多くの逸話を残してい
ます。」
 「特に有名なのが、一豊が数名の家来しか持
たない2千石の下級将校だった頃、千代は結婚
のときに持ってきた金10両を出して一豊に名
馬を買わせ、それが織田信長の目にとまって出
世の糸口になったという話です。これは内助の
功の模範として戦前の小学校教科書にも載って
いました。因みに、高知城には、この話にあや
かって、馬の横に立つ夫人の像があります。」





 山内一豊の妻の像


では、高知城の魅力をご紹介頂けますか。

(岩崎さん)
 「高知城は、戦災を免れたこともあって、
天守閣や追手門など建造物の多くが藩政時代
のまま残っており、石垣もほぼ創建当時の姿
をとどめています。お城の好きな方には正に
必見の城郭と言えましょう。因みに、天守閣
が残っている城は、全国で12カ所、そのう
ち、天守閣と追手門が共に残っているのは、
弘前城(青森県)、丸亀城(香川県)と高知
城の3カ所だけです。」
 「天守閣と追手門が1枚の写真に無理なく
納まるのも高知城だけです。高知城にお越し
の際には、是非、天守閣と追手門をバックに
記念撮影されては如何でしょうか。」
 「また、優美な姿を見せる天守閣ですが、
見るだけではなく、実際に登ることもできま
す。高知市内が一望できますので、是非、登
ってみて下さい。」

 高知城の天守閣と追手門
 両方が1枚の写真に納まる城は珍しい。
 「また、城内を散策すると、敵の襲
来に備えた工夫を随所に見ることがで
きます。例えば、二ノ丸と本丸の間に
は、敵を欺く、いわゆる“だまし門”
があります(右写真)。石段の下から
見上げると、本丸に通じる門に見える
のですが、そこを突破しても本丸には
行けないようになっています。本丸目
がけて駆け上がって来る敵をおびき寄
せて、討ち取ろうという工夫でしょ
う。」

 高知城の本丸に向かう途中にある詰門(つめもん)。
 敵を欺くためのいわゆる“だまし門”である。


<この他にも、攻めてきた敵が上がりにくいように歩幅をズラした石段や、石垣を
登ってくる敵に対処する天守閣の「石落とし」など興味深いお話を次々にお聞かせ
頂きました。関心のある方は、是非、実際に案内を受けてみて下さい。続いて、龍
馬像がある桂浜に行きます。(高知城から桂浜へは車で約40分)>


桂浜の龍馬像は余りにも有名ですね。

(岩崎さん)
 「この像は約13.48メートルの高さがあり、昭和3年(1928年)に建て
られました。戦時中、多くの銅像が国に供出させられる中で、この坂本龍馬像と室
戸の中岡慎太郎像は、軍部が撤去に反対したため供出を免れたとされています。海

 桂浜に建つ坂本龍馬像
援隊をつくった坂本龍馬、陸援隊をつくった中
岡慎太郎は、それぞれ海軍と陸軍の創始者とさ
れていたからです。龍馬像の除幕式も海軍記念
日の5月27日(日露戦争での日本海海戦勝利
の日)に行われています。」
 「桂浜には、龍馬の直筆の手紙など貴重な資
料を多数展示している坂本龍馬記念館もありま
す。また、太平洋の波が打ち寄せる美しい砂浜
も是非歩いて頂きたいですね。」


(※高知県立坂本龍馬記念館については、当協議会HPでも紹介しています。
  こちらをご参照ください。)


<続いて、四国霊場31番札所の五台山竹林寺に向かいます。(桂浜から竹林寺へ
は車で約20分)>

竹林寺の魅力と言いますと?

(岩崎さん)
 「竹林寺は、724年に聖武天皇の勅願で
行基により開創されたと伝えられる由緒ある
お寺です。静かな境内を散策すると、身も心
も癒されるようです。」
 「主な見所としては、美しい柿葺(こけら
ぶき:薄板で屋根をふくこと)の屋根を持つ
本堂(国の重要文化財)、室町時代に造られ
た美しい庭園、平安時代から鎌倉時代に作ら
れた20体ほどの見事な仏像(大半が重要文
化財)を安置する宝物館、高さ31mの五重
塔などがあります。」

 竹林寺の本堂

 「また、五重塔の近くにある『一言地蔵』は、
『一生に一度一つの願い』を叶えて貰える地蔵さ
んです。今でも進学などで祈願をする人が絶えま
せん。聞くところによると、恋愛が成就するとい
うので、高知龍馬空港に乗り入れている大手航空
会社のスチュワーデスさんも、密かにお参りして
いるという、隠れた人気スポットです。」



竹林寺というと、♪土佐の高知のはりまや橋
で、坊さん、かんざし買うを見た♪ と唄われる
「よさこい節」、いわゆる「純信、お馬の悲恋の
物語」でも有名ですね。



(岩崎さん)
 「これは幕末の高知であった本当の話です。一
般には、かんざしを買ったのは純信だと思ってい
る方が多いのですが、実際には、慶全という別の
僧が買ったのです。かつて竹林寺にはたくさんの
修行僧がいました。慶全も修行僧の1人で、純信
は慶全ら修行僧を指導する立場でした。純信、お

一生のうち一度一つだけ願いを叶えて貰
えるとされる竹林寺の「一言地蔵」。後
ろは五重塔。寺の本堂
馬、慶全の三角関係のもつれが、この悲劇のもとになっているのです。」
 「安政元年(1854)頃、慶全は、洗濯物を届けに寺に出入りしていた美しい
娘お馬(当時17歳)を見初めます。ただ、二人の恋も束の間、お馬は若い僧との
恋に飽きたのか、次第に年上の純信(当時37歳)に惹かれてゆきます。それを知
った慶全は、お馬の心を繋ぎ止めようと、なけなしのお金をはたいて、はりまや橋
でかんざしを買い、お馬に渡すのです。」
 「やがて戒律の厳しいはずの寺の坊さんが、かんざしを買ったということが町中
の噂になります。これを知った純信は、これ幸いと思ったかどうか、慶全を寺から

晩年のお馬さん
(高知グランドホテル蔵)
追放してしまいます。純信を恨んだ慶全は、『かんざし
を買ったのは、俺ではなく、純信だ。』と触れ回ったの
です。」
 「遂に純信は取り調べを受けて謹慎の身となり、お馬
も寺への出入りを禁止されます。お馬への思いを絶ち難
い純信は意を決し、翌2年(1855)5月19日の
夜、お馬を連れて駆け落ち。国境の関所は間道を越えて
破るのですが、二人は香川県琴平で藩からの追っ手に捕
えられ、土佐に連れ戻されます。」
 「裁判の結果、純信は国外追放となるのですが、翌年
春、行商人に身をやつして土佐に帰り、お馬を連れ出そ
うとして騒動を起こし、再び国外追放になります。その
後、二人は2度と会うことは叶いませんでした。」
 「私はこの純信とお馬について、その後の二人の生涯を追っていろいろ調べ歩い
てきました。平成17年(2005年)は純信とお馬が駆け落ちして150年にな
ります。そこで、4月には『追跡 純信とお馬〜駆け落ち150年〜』という本を
出版する予定にしています。」


昔の竹林寺には、願いを叶えてくれるはずの“一言地蔵”は、なかったのかもし
れませんね(笑)。最後に、岩崎さんが観光ボランティアガイドになったきっかけ
を教えて頂けますか。


(岩崎さん)
 「私は昭和62年に定年退職した際に、これからは『会社人間』ではなく、『社
会人間』になろうと決心したのです。その頃、丁度高知市観光課がボランティアガ
イドの養成を目的とした“観光大学”という
市民講座を立ち上げました。私はその第一期
生なのです。」
 「ガイドを続けることは、生涯学習、ぼけ
防止にも繋がります。また、先日も、俳優の
山本耕史さん(NHK大河ドラマ「新撰組」
の土方歳三役など)をご案内しましたが、案
内した方から元気をいただくことで、第2の
人生が充実したものになっているように思い
ます。」





岩崎さんがボランティアガイドの傍ら執筆・
出版した著書。この他に「一豊の妻 見性院
の出自」に関するものもある。
(岩崎さん)
 「私たち土佐観光ガイドボランティア協会
の案内を希望される場合は、原則として1週
間前までにご連絡頂きたいと思います(案内
料は無料)。ガイドは龍馬の生まれたまち記
念館に常駐しているほか、土曜・日曜日には
高知城の中に、また、追手筋で毎週日曜日に
行われている有名な日曜市の中にも案内所を
設け、青いブレザー姿で案内に当たっていま
す。高知に来られる際には、是非、声を掛け
て頂ければと思います。」

昔の写真を使って熱心に説明される岩崎さん
(坂本龍馬生誕地碑の前で)
※土佐観光ガイドボランティア協会の利用方法などは、こちらをご参照下さい。

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