右後肢の出血はそれほどひどいものではないようである。軽
い出血の場合は一週間ぐらいで自然に止まり、吸収されること
もあるという母親の経験をあてに、しばらく様子を見ることに
する。一日、二日、三日・・・出血は拡大することはなかった
が、大腿部の出血による腫脹も引きはしなかった。限界であっ
た。出血から四日目、木曜日が来ていた。
口腔粘膜の色もやや白みがかっている程度で、重篤な貧血状
態を示す兆候は出ていなかった。心拍数も呼吸数も正常のまま
である。しかし、腫脹が引く気配もまたないようであった。主
治医の診察に同行することにした。
午後の診察、といっても夕方五時からの診察に間に合うよう
獣医院前で待ち合わせ、順番を待つ。三、四頭の中型犬が診察
を待っていた。三十分後、ドペの順番になる。初対面の挨拶も
そこそこに、質問に次ぐ質問であった。
背中と左大腿部外側の血餅状のものは、血餅なのかそれとも
繊維質に変異したものなのか。血友病の程度はどのランクなの
か。von Willebrand 病の可能性の有無はどうか。海外での血
液型判定のルートを何か持っているか等々、三十後半の小柄な
先生のご機嫌を損ねないように注意深く訊ねる。
獣医師仲間の評判によると「研究熱心な新進気鋭の先生」と
いわれているドペ君の主治医は、嫌な顔をすることなく質問に
答えてくれた。しかしその答えは、何一つ満足できるものでは
なかった。von Willebrand 病なのかそれとも古典的血友病A
なのかの判定は、大学病院での臨床症状からの推定であり、因
子測定は為されていなかったし、血液型の判定方法も皆無であっ
た。
ドペ君の四十tの輸血に立ち会い、獣医院を辞した。何とな
く嫌な感じというか、不安が胸の中に渦巻いていたので、ドペ
君を車で休ませ、時間稼ぎの夕食を母親ととることにした。
時計をにらみながらの夕食は味気ないものであった。およそ
四十分が経過し、レストランに頼んで包んで貰ったジャーマン
ポテトをお土産に駐車場のドペ君の所に向かう。
ワンワンワンワンワンッ! ドアを開けると大きな歓迎の声
と共に、全身が尻尾であった。ポテトを差し出すと大喜びで食
べてくれる。車内灯を点ける。何かおかしい・・・! 凝視し
ている目の中に、むくんだ顔というか、いぼいぼの顔と上半身
が飛び込んでくる。元気はいい。輸血から丁度一時間が経過し
ていた。
獣医院は既に閉まっている時間であった。考えているよりは
先ず主治医の所へと車を走らせる。携帯電話で主治医を呼んで
みたが既に留守番電話に切り替わっていた。十分後、獣医院に
到着。ドンドン玄関ドアを叩いていると、主治医の母親らしい
人が出てきてくれる。事情を話すと、犬の散歩に出ているので
間もなく帰ってくると教えてくれ、獣医院のドアを開けてくれ
る。
「丁度一時間後にこの状態でした」
「副反応です、大丈夫だと思いますが・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「一晩入院させて様子を診ていただくことは?」
「そうですね、先ず大丈夫だとは思いますが、診ましょう」
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翌日午前、顔と全身の大きな発疹が消えたドペ君が再び山荘
を訪ねてくれる。昨夜の後遺症的なものは何もなさそうであっ
た。倦怠感も、食欲不振もない。まるで何事もなかったかのよ
うに山道の散歩をせがむドペ君の姿を見ながらホッと大きなた
め息をつく。
これで主治医の所の供血犬からの輸血はできなくなった。我
が家のドーベルをはじめとする六頭の犬たち、そして友人のゴー
ルデンリトリーバー・・・合計九頭の犬たちの中で例え一頭で
も血液型の合う犬がいること、いや、血液型が合わなくても、
抗原を持っていない犬がいることを祈る・・・・・
山は既に初秋のたたずまいを見せ始めていた。母親を従えて
林道を登るドペ君の元気な姿が白い雲と樹々の緑の中に吸い込
まれていく。今日はできるだけ安静に、無理はするなっ・・・
視界から遠ざかるドペ君に語りかける。
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