まだ梅雨が明けていない六月の半ばだというのに蒸し暑い夏
の日がすぐそこまで迫っていた。早朝からの強い陽射しが書斎
を直撃しクーラーをがんがん回さなければならない・・・。
時計は午前九時を少し回っていた。落ち着かない! 何度も
庭に出て外の道を覗いてみる。電話も鳴らない! どのあたり
を走っているのだろうか? ラッシュが酷いのだろう・・・ま
さか事故なんていうことは・・・!
一進一退を繰り返し一向に良くならないロビンの目の治療と、
夕方になると酷い咳を繰り返す状態に不安を覚え、勝手に獣医
院へ連れ出すわけにも行かず、といって予防注射や健康診断な
どの話をしても殆ど要領を得ないというか、簡単に聞き流され
てしまう状態の連続にたまりかねて、ロビンを町の家で預かり
治療を受けさせることにしたのだった。
「出勤時にお家まで連れて行きます」という前夜の電話以来、
ロビンの顔がちらついてあまり眠れなかった頭が、暑さで空回
りを始めているようであった。椅子に座っている足下で、ちび
やはちそして大五郎たちが甘えた声をあげながら見上げている。
ちびを膝の上に抱き上げて気を紛らそうとしても、やはりどこ
か上の空である。
「ちび!!! もうすぐ大きな弟が来るけど、どうする?」
「・・・・・」
「だい君は?」
「ウキューン・・・」
庭にいるちびたちの二倍以上の大きさのロビンの参入は、ス
ムーズにゆくのだろうか?
順位争いで大喧嘩になるようなことは?
いろいろな不安が未だ着かないロビンへの思いと共にこみ上
げてくる。
「スミマセン! ちょっと寄り道をしてたもので・・・」
白いセダンが門の前に横付けになり、運転席の窓から声が届
いてくる。後部座席の窓に鼻をピッタリくっつけたロビンが口
を半開きにして興奮した表情でこちらを凝視していた。大急ぎ
でドアを開けロビンを庭の中に入れる。声が追いかけてきた。
「それではお願いします。忙しくてロビンまで手が回りません
の・・・よろしくっ・・・!!!」
「はい、・・・・・」
慌ただしさだけを残しセダンは視線の中から消えていった。
これまでの会話で何度も何度も「もう、持って行って下さい!」
とか「お好きにして下さい、今は主人の仕事で手一杯で・・・」
等という言葉を聞いてはいたが・・・
庭をテリトリーとしている野生児軍団のちび、はち、大五郎
の三頭が、不意の闖入者であるロビンを遠巻きにして様子をう
かがっている。誰も尻尾を垂らしてはいない。尻尾のないロビ
ンは、野生児軍団のそんな様子を気にとめることもなくマーキ
ングを始めていた。喧嘩になるような雰囲気は微塵もなかった。
大五郎の犬舎の横に設えた大型の犬舎にロビンを繋ぎ、水と
食餌を与える。車に酔うことはなかったのだろう、見事な食欲
ぶりである。大きなステンレス製の食器に盛られた細君手作り
の食餌があっという間になくなった。ふっと気が抜ける。
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健康診断と目と喉の治療のため予約を入れていたかかりつけ
の獣医院へとるものもとりあえず出かけることにする。大体の
様子をすでに伝えていたので、院長先生が笑顔で迎えてくれた。
「今度はドーベルですか〜!!!」
「はい、大型犬は体力的にとても飼養できないと思っていたん
ですが・・・どうしようもなくて・・・」
無口な院長先生と目と目で会話を続けながら診察を手伝う。
口輪をつけないままの診察である。助手を務めている新人の女
性が少しだけ凍り付いたような顔をしていた。院長がぼそっと
つぶやく・・・
「二階堂さんの所に来た犬はみんな甘ちゃんになるから・・・」
神妙な顔つきで診察台でお座りをしているロビンは、ピクリ
とも動こうとしない。点眼麻酔でしびれた眼から瞬膜をピンセ
ットで持ち上げる。
「二階堂さん! これっ!」
無影灯の下で院長先生が瞬膜の下を見るようにと促す。長さ
一センチ足らず、糸よりも細い白い虫が目の中で蠢いていた。
蠅の足についている卵がロビンの目の中で孵化していたのであ
る。一匹一匹ピンセットで取り除いて行く。ロビンは大人しく
座ったままである。
「よーしっ、これでもう大丈夫!」
院長先生が大きく息を吸い込み目の治療が終わった。前肢の
静脈から血液を採り精密検査に出す。院内で解析できるデーター
は全て正常範囲内であった。心配していたミクロフィラリアの
寄生もない。便の状態も問題なかった。
「テラマイは沁みるからこれにしょうか! 喉が少し腫れてい
るようだし、二階堂さんの報告からすると、先ず気管支炎か
アレルギーだと思う。好酸球の数値が出るまでとりあえずス
テロイドと抗生物質それに鎮咳剤で様子を見ましょうか!
抗生物質は何を持っていましたっけ?」
「ミノスタシンとクロロマイシンです」
「じゃあ抗生物質はそれで行きましょうか?」
「でも院長先生、組み合わせもありますから、そちらで調剤し
て下さい」
「ウン」
新しいロビンの点眼薬と内服薬を受け取り、血液のデーター
はファックスで送付して貰うことにして一週間後の再検査を予
約、帰路に就く。
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