何時からこんなに犬が好きになったのだろうか! 小さいと
きから、犬猫を始め、鳩、インコ、鶏など、動物たちに囲まれ
て育ってきたことは確かなのだが・・・。年を重ねるに従い、
身近な動物たち、特に犬たちに対する想いが深くなり、五十を
越えた今、もう犬たちなしでの生活はできないのではないだろ
うかと思えるほど、犬たちに魅せられ、のめり込んでいる。
三十歳のときから飼い始めたビーグル犬も、今既に三世代目
となり、星空に旅立った犬たちも九頭を数える。何が私をして
これほどの犬好きになさしめたのであろう・・・。三つの大切
な出会いが、私の生き様を決定してくれたのである。
第一の出会いは、ミックス犬ベンジャミンとの遭遇である。
アナウンサーという職業の傍ら趣味ではじめたゴルフショップ
の玄関に、ある日突然、まるでそよ風が窓から優しく覗き込む
かのように静かに佇んでいたのである。薄汚れて絡みついてし
まった元は純白であったであろうグレーがかった長毛に身を包
み、これ以上短くすることは出来ないであろう、顔かたちや体
長とは凡そ不釣り合いな四肢を揃えて、硝子のドアの向こうで
座っていたのであった。
店内に招き入れ、女性従業員に近くのスーパーマーケットま
で赤身の肉と牛乳をできるだけたくさん買うために走って貰う。
耳の後ろの毛が塊になり、まるで耳介が四つあるように見える。
随分堅い塊であった。身体全体をゆっくり触りながら、どこか
に怪我をしている様子がないか確かめてみる。いったいどのく
らい浪人暮らしをしていたのであろうか! 身体の割に大きな
顔、その真ん中にある黒い二つの目は細く、周囲に対する警戒
心を必要以上に露わにしていた、撫でられるままに身を任せな
がらも。
ほぼ毎日、午後四時前後になるとその白い短足犬はゴルフシ
ョップの玄関前に姿を現すようになったのである。「少なくと
も半年以上前から浪人暮らしをしている」ということが近所の
自称犬好きの人から伝えられた。「京阪神航路の乗り場付近か
らだんだんショップの方に近づいてきて、近所の人が時々食餌
を与えている」ということも解った。中二日ほど姿を見せなく
なり心配していた矢先、夕方近くになってその白い短足犬はま
るで何事もなかったかのような表情でショップ前に佇んだので
ある。
冷蔵庫に入れてあった生肉をトレーに盛り上げ、用意してい
たステンレスの食器に暖めた牛乳を注ぎ待望のゲストをもてな
す。顔の筋肉を緩められるだけ緩めた私に向かって女性従業員
が「まるで子供が遊んでるようですね!」と声を掛けてくる。
とにかく三日ぶりの対面であり、心配していた怪我も病気もし
ていない! 相変わらず薄汚れたままであったが、食べる表情
は長い浪人暮らしを感じさせるどころか実に落ち着いていた。
飼い犬の風格を少しも損なっていないどころか、独特の存在感
すら漂わせていたのである。
毛が絡みつきまるで副耳介のように堅くなっていた塊に恐る
恐る鋏を入れてみた。予想したとおり、長い浪々の暮らしで毛
玉が毛玉を呼んでどうにもならないぐらい堅く固まっていたの
であった。しかも蚤の糞まで取り込んで・・・・・。長い毛を
かき分け、毛を梳きながらアンダーコートの下の皮膚を注意深
く観察してみる。あちこちに蚤に咬まれた紅い発赤と、蚤の糞
が見えた。もうどうしようもなく連れて帰りお風呂に入れ、ち
ゃんとした寝床とご飯そして腕の中に抱きしめてやりたくなる。
しかし、既に限界を超えている頭数を狭い家の中で飼っている
現実が冷たい壁となって行く手を阻んでもいた。そんな私の心
の中が見えていたのであろう、ショップから二、三分の距離の
自宅の裏に一緒に帰り暫く遊んでいても、私が家に入るとゆっ
くりときびすを返し何処へともなく帰っていったのである。
何日か何週間か、待ちこがれ、つかの間の逢瀬を重ねた後の
ある雨の夕方、短足犬と私の暮らしが始まったのであった。も
ちろん限界を超えた頭数の世話係である女房殿の反対は解って
いた。「雨が止んだら元に返すから・・・」「きっと里親を捜
す・・・」「だって可哀想じゃぁないか!」
何度となく使ってきたお決まりの嘘を並べられるだけ並べ、
時間を稼ぐのもいつもの通りであった。近所の人が何人かその
犬を飼おうと自宅に連れ帰ったものの、いつの間にかリードを
咬み千切り逃げ出していたその短足犬は「ベンジャミン」とい
う名前を与えられ、私と起居を共にし、人間世界からはついぞ
学び取ることが出来なかった「優しさ」をはじめとする実に多
くのことを教えてくれる私の生涯のパートナーとしてのスター
トを切ることになったのである。
一年があっという間に後ろに飛んで行ったころ、私の中によ
うやく犬の心が理解できる何かが生まれてきていた。毎日の散
歩から、海水浴、休日のドライブを経て、ベンジャミンは私を
五色台へと誘ったのである。第二の出会いが待っていた。瀬戸
内海国立公園の中にある溶岩台地、五色台の山裾と山頂に棲ん
でいた野良犬たち、「五色台の野生児たち」との遭遇である。
瀬戸内の青く広がる海と、白い雲を浮かべ澄み渡る青空の間に
広がる青峰・赤峰・黄峰・黒峰・白峰の五つの頂を持つ五色台
に、人生の宝物が埋められていた。
眼前に広がる青い海と澄み切った空気の中に佇む山々、そし
て優しく時には厳しく吹き付けてくる風の中で、野良たちとの
交流が始まった。ベンジャミンを連れて車から降りると、何処
からともなく集まってくる野生児たちの集団、その中に柴犬ほ
どの大きさのいかにも人なつっこい雌犬がいた。いつも付き従
っている夫の「太郎」を振り切ってその雌犬は、ベンジャミン
にじゃれつき、後に従い、お腹を見せて甘えていた。「胡桃」
である。
エンジンの音をどこかで聞きつけていたのであろう、いつも
一番に近づいてくる子であった。二日に一回、時には毎日の給
餌にはおよそ四時間を費やさなければならなかった。苦闘と哀
しみ、そして疑問の連続であった。食餌の量はこれで良いのだ
ろうか? 栄養は十分なのだろうか? 怪我をしている子をど
うすれば? 病気の子はいないだろうか? 寒くは、雨は大丈
夫・・・等々、総勢二十頭近くの野生児たちのことが四六時中
頭を離れることはなかった。半年があっという間に過ぎ、胡桃
が五頭の天使たちを産み落とした。山はもう冬であった。
愕然とすることの連続であった。仔犬の食餌は、離乳食はい
つから、体重の変化や健康管理はどうすれば・・・何も解って
いなかったのである。ただ犬たちが好きで、ほんの一刻でも空
腹を満たし安心して眠ってくれれば・・・それだけの想いで山
に通っていただけの自分が腹立たしくもあった。食後の非常食
であるロールパンを一個一個口にくわえ、仔犬の数だけ産室に
運ぶ胡桃の姿を見て神々しいまでの優しさを感じたものの、そ
れが当たり前の犬たちの習性であるということは知らなかった
のである。夫である太郎の食器から肉片や魚などの栄養価の高
いものを次々と口に運び、太郎の食器の中が野菜とご飯だけに
なったあと、やっと自分の食器に顔を突っ込みパクパクと食べ
る胡桃をじっと見つめている太郎の姿、その意味は解っていな
かった。
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野生児たちを家に引き取って共に暮らして行くことが出来な
い哀しみの上に、犬たちのことが何も解らない苦悩が大きく覆
い被さってきたのである。その苦悩と哀しみが爆発しそうにな
ったとき、私の人生の全てを方向付け、深層心理の奥深く眠り
続けていた本当の生き様、自分の人生を見いだすための第三の
出会いが空から降りてきたのであった。平岩米吉先生の著書
「犬の歌」「犬を飼う知恵」「犬の行動と心理」の三冊である。
「犬の歌」に心の痛みを和らげて貰い、「犬を飼う知恵」と
「犬の行動と心理」に自分の中に在った解けない謎を解きほぐ
して貰いながら、五色台の野生児たちとの交流が新しい頁を綴っ
たのであった。五色台の四季の風を全身に受けながら、樹々の
間からこぼれてくる鳥たちのさえずりと太陽の微笑みとに身を
任せて五色台の野生児たちとの交流がいつ果てるともなく続こ
うとしていた。短足に真っ白い長毛、鋭かった目が大きくて丸
く優しい目に変わった愛息ベンジャミンを傍らに・・・。
厳しかった山の冬が終わりかかろうとしていた頃、異変が始
まった。五頭の天使を産み、倒木の下の穴蔵を産室と住居にし
て健気に子育てをし、訪れるベンジャミンと私に精一杯の愛嬌
を振りまいてくれていた「胡桃」が忽然と姿を消したのである。
昼も夜も、山の中をベンジャミンを連れて探し回った。深夜、
携帯用の蛍光灯の中に照らし出される野生児たちの広場「芝生
広場」が、このときばかりは寒風の吹きすさぶ地の果ての荒野
のように思えた。残された子供たちのために里親を捜し、地元
だけでなく遠く名古屋まで胡桃の子供たちを送り届けながら、
胡桃の消息を探し続けた。
いつの間にか春が終わり夏も過ぎ、秋風が山を翔ていた。山
裾で車にはねられて死んでいた子、病気の手当をすることが出
来ないままいなくなった子たち、小さな一人の人間の限界をこ
れでもかと思い知らされる哀しい出来事の連続であった。それ
でも季節は回り続け、ベンジャミンと私のかき消されそうな足
跡は五色台の山頂と山裾へと続いていた。
長かった五色台への行程に終わりの刻が迫っていた。トラン
クに食餌を満載して訪れたまま帰ってくることが多くなってき
ていた。犬たちの生きている足跡が何処にも見あたらない。そ
れでもベンジャミンを連れ、時間を変え、捜索場所を広げなが
ら五色台への旅を続けた。水筒を肩から下げ、非常食と救急用
の薬剤などを満載したリュックを背負ってベンジャミンと峰々
を目を見開き、耳をそばだてて歩いた。探し出せたのは、給餌
現場から遙かに離れた場所に転がっていた空っぽになった犬用
の缶詰と食器の破片だけであった。
寂しさと哀しみに打ちひしがれ虚ろになりそうな身体をベン
ジャミンの優しい瞳に支えて貰いながら、それでも五色台へと
車を走らせ続けた。黄色く枯れた芝生広場にも、駐車場横の草
原にも、ずっと離れた展望台にも、何も残ってはいなかった。
雑木林の樹々の根本にわずかに仔犬たちが囓った歯形の跡が何
もいわず木枯らしの中で震えていた。
野生児たちの消息が解らなくなってから、何日か何ヶ月か、
時計が空回りするように季節が巡り、雲が流れていった。心の
片隅にいつも何かいいようのない寂しさを隠しながらベンジャ
ミンやビーグル犬の蘭、そして、五色台から連れて帰った大五
郎、ちび、はちたちと刻を過ごした。五色台へ出かけていた頃
から我が家の犬たちと遊んでいるとき、それまでの犬たちの反
応とは違う何かしら温かい交流を感じ始めていた。それが何で
あるのか、具体的に口に出して説明することは出来なかった。
やがて最愛のベンジャミンとの別れの刻が突然やってくるこ
とになった。喉の奥深く、左咽頭部にある腫瘍を見つけてしま
ったのである。かかりつけの獣医院で外科手術による咽頭腫瘍
の切除と腫瘍塊の組織検査。答えは絶望的なものであった。増
殖性の腺癌。しかし、ベンジャミンがいなくなるなどというこ
となどはこれっぽっちも考えたくなかった。抜糸のとき既に癌
は咽頭上部全体に転移し、インターフェロンなど各種の薬物療
法も功を奏さなかった。よろけそうな身体で深夜一緒に散歩を
し、次の夜、腕の中でベンジャミンはあっという間もなく逝っ
てしまった。マウストゥマウスの人工呼吸も、心臓マッサージ
も・・・何一つ役立たないまま・・・。
そして二年の月日があっという間に流れた。一日として五色
台の野生児たちやベンジャミンのことを忘れることはなかった。
五色台へ登ることが更に哀しみを誘うことが解っていながら山
に登り、芝生広場を周回し、峰々を巡ってまるで刻が止まって
いるかのように野生児たちを探し、雲を見てはベンジャミンを
想い、星を眺めてはベンジャミンと語る日々が続いていた。や
がて生前のベンジャミンと約束していた犬たちと暮らすための
山の家「ベンジャミンの小さな楽園」が誕生した。生前のベン
ジャミンが教えてくれたこと、五色台の野生児たちが示してく
れたことをやっと口に出していうことができるようになってい
た。「他を慈しむ優しい心」、「いつも心の中に優しさを持っ
て人の世の哀しさを真っ直ぐにみつめ、一歩一歩天に向かって
進んで行くこと」・・・。
人生の転機であろう節目に出逢ったベンジャミンという不思
議な犬、まるで疾風のように天から舞い降りてきて、また疾風
のように天に翔昇っていったベンジャミンが残してくれた一粒
の種・・・その一粒の優しさの種を流した涙の数だけ蒔き続け
たとき、きっとベンジャミンが星空から微笑みながら呼んでく
れるのであろう・・・。
ベンジャミンの小さな楽園で過ごしはじめて間もなく、ベン
ジャミンとは正反対の、爛々と光る目に漆黒の体毛、長足を生
かして飛ぶように走るドーベルマンのロビンが天から舞い降り
てきてくれた。
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