「ロビン! ベンの匂いが残ってるかい?」
薄暗くなりはじめた小さな公園の芝生の上をロビンが落ちて
いる匂いを嗅ぎながら右に左に走っていた。鳥たちの絶好の飛
来地となっていた街の真ん中の干潟は既になくなっている。ベ
ンジャミンが走り回っていた草で覆われた干潟の土手は遊歩道
に変わり、干潟の跡にはマンションが建てられていた。アツケ
シ草が移植された小さな公園だけがそのまま残っている。
訪れる人など殆どいない小さな公園の真ん中に立ち、子供の
ように走り回るロビンを眺める。ロビンがクンクンと匂いを嗅
いでいる右手の小さな灌木、左の松の木、片隅に置かれたテー
ブルのような石・・・ベンジャミンの遊んだ場所である。
道を隔てた川の土手を散策する。コンクリートの護岸に沿っ
て1メートルぐらいの幅で草地が続いている。所々に松の木や
小さな樹々が植えられ、犬たちの格好の散歩道になっていた。
此処でもロビンがベンジャミンの匂いを追いかける。ロビンが
立ち止まる場所一つ一つにベンジャミンの姿が残っていた。短
い肢を水車のように忙しく回転させ、時折父親の私の方を見つ
め、また草むらを分け進んで遊んでいたベンジャミンの姿がロ
ビンの向こうに見える。
「ベン!」
草の中の匂いを嗅いでいたロビンが首を後ろにねじ曲げて私
を見つめ、何のためらいもなく腕の中に飛び込んできた。抱き
かかえたロビンの体温が胸の中に広がる。しゃがみ込んだ膝に
前肢を掛け、頬をすり寄せて甘えるロビン!
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三百メートルぐらいはあるのであろう、広い川を隔ててゴル
フ場の樹々の緑が広がり、その向こうに高松の市街地が広がる。
そしてその奥のもう一つ奥、空と大地の境界線のところに、空
を左から右に緩やかに切り裂いた黒い影が広がる。五色台の山
並みが夕闇の中で黒く横たわっていた。
黄金色に染められた薄い雲がゆっくり流れ、海沿いの国道を
走る車の騒音が吸い込まれてゆく。石のベンチに腰を下ろし、
雲と空そしてきらきらと光る川面に目を移す。
「ロビン! 見えるか?」
膝に左前肢をかけ、半開きの口から長い舌を出した甘えた顔
のロビンが覗き込んでくる。
「見えるだろう、あの山・・・」
「あの山のずうーっと上・・・、ベンジャミンと野生児たちが
いるんだ・・・見えるだろう、ロビン!」
長い首を形よく伸ばしたロビンが西の空の下を眺めている。
両の耳をピンと立て、両前肢を揃えたお座りの姿勢で暮れてゆ
く空を見つめるロビン! 背中に乗せた手から伝わってくるロ
ビンの温もりが胸の中で大きな塊になる。
滲みはじめた夕暮れの景色の中で風と音が止まっていた・・・
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