ビーグル犬「蘭」の体重は凡そ十一キロ、ドーベルマン「ロ
ビン」は体重三十キロ。幸いなことに雌雄である、先ず喧嘩を
することはない。ベンジャミンが長男として全権力を掌握、我
が家の犬たちをリードしていたとき蘭が参入してきた。先住の
ベンジャミンに臆することもなく胸毛をめがけてジャンプ、広
場では「遊べ遊べ!」と低い姿勢でフェイントをかけ、前にな
り後になりながらの全力チェイス。
時折闖入してくる大型犬などがあると、ちゃっかりベンジャ
ミンの後ろに隠れてやり過ごし、ベンジャミンもまたしっかり
蘭をガードしていたのであった。自転車での散歩も、ベンジャ
ミンがうまく歩調を合わせ、リードが絡んで動けなくなるなど
ということもなかったのである。
しかしロビンはベンジャミンとは、はっきり違っている。父
親に対する独占欲をベンジャミンのように抑えるということは
絶対にない。徹底して一番を主張するのである。これでは蘭の
出る幕がなくなる。蘭のアドバンテージは先住犬であるという
こと、軽々と父親の膝に上がってくることができるということ、
そして甘え上手ということの三つだけになった。体格も敏捷性
も、犬たちの集団から見る順位は明らかにロビンが上であった。
だがどうしたことであろう、ロビンは蘭の後ろをついて回り、
一番を主張しながら蘭に威嚇されるとすごすごと順番を譲るの
である。食餌の時にはっきりその形を見ることができる。
同じ部屋で同じ食餌をとるのであるが、人(?)一倍食べる
のが早いロビンはものの二、三分で自分の食餌が終わる。蘭は
ペースを崩すこともなくゆっくり自分の器に向かっている。
するとどうであろう! ロビンが蘭の後ろでお座りをして待
つのであった。蘭が野菜などの切れ端でも残してくれればすか
さず頂こうという魂胆である。長い後肢を折り曲げ、背筋を伸
ばしてお座りをしているその姿を後ろからだけ眺めれば、実に
凛々しくまさに最高の御犬様そのものであった。
首を必ず左に傾け目を蘭の食器に集中させ、今にも口吻から
大量の涎を垂らさんばかりの前から眺めるその姿は、食いしん
坊の子供そのものの姿である。
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縁あって二階堂家の子供となった雄の犬たちは、例外なく優
しくお人良しの性格になるのであろうか! ロビンもまたかな
りのお人好しのようである。居心地のいい自分のベッドを蘭に
とられる。ほとんどない短い尻尾を振れるだけ振りながら蘭に
場所を返せと訴えるのであった。
しかし蘭は動かない。悠然と手足を伸ばしてくつろいだまま
である。長い首を伸ばせるだけのばして蘭の背中を鼻でつつく、
それでも蘭は動く気配を見せない。「クゥウーン、クンクン、
ヒャイィーーン」私の顔を見ながらのロビンの愁訴の声である。
これが二歳近くになろうとするドーベルマンの声であろうか!
一事が万事この調子であった。田舎道を散歩しても、ロビン
は決して蘭の前に出ることはない。蘭のお尻にぴったりとくっ
つき、首を地面すれすれに落として、まるでビーグルのように
あちらこちらの匂いをかぎながら歩くのである。
時折野良仕事に出ている集落の人との立ち話になる。リード
を外して貰った蘭は早速ご近所の探検である。といっても十メー
トルも離れることはないのだが、それでも畦道を右に左に走り、
鼻の周りを土だらけにして遊ぶ。
一方「お座り」の姿勢でリードに繋がれたままのロビンは、
ただ大人しく横で座り話の終わりを待っている。目線を蘭と私
の交互に放ち、あまり立ち話の時間が長くなると目を少しだけ
潤ませて「もう帰ろうよ!」、としっかり訴えるのであった。
意地が悪いというのではなさそうなのだが、蘭の知恵には感
心させられる。小さな橋を挟んで畦道というには広い田圃と田
圃を繋いでいる草で覆われた道がある。丁度すり鉢状の一番底
が橋であった。柔らかい草道は肢の悪い蘭にとっては絶好の運
動場である。道の一番高い所からカーブを切りながら一気に駆
け下り、橋を渡ってまた駆け昇る。
長い耳を上下に、目を大きく見開いて走る姿は、いつも部屋
の中で父親にまとわりついている姿からは想像もできないぐら
い闊達で、ロビンとはまた違う凛々しさを漂わせていた。坂道
の真ん中あたりで蘭の運動会を見ていると、全速力で駆け抜け
てゆく。
何度か坂を上り下りすると、今度は繋がれているロビンのす
ぐ前で急ブレーキをかけフェイントをかける。流石にベンジャ
ミンの時のように胸の毛をめがけてジャンプということはない
のだが、繋がれて追いかけることができないロビンをしっかり
からかう。
なんとか一緒に遊びたいロビンと、体格では勝つことのでき
ない蘭が畦道で小競り合い! じれたロビンが蘭を押さえ込み
にかかる。すかさず「ノー」の命令がとび、ロビンはすごすご
と引き下がる。このあたりの呼吸をよく心得ている蘭は、また
ぞろ駆け上り駆け下りながらロビンをからかうのであった。蘭
太郎と名前を変えたくなるような元気ぶりを見せてくれる。
父親である私を中心に、どちらも自分が一番だと思っている
蘭とロビンの、犬種も性格もまるで違う二頭の子供たちが見せ
てくれる山荘でのドタバタと、変わることのない犬たちとの声
のない会話!
ベンジャミンが教えてくれた優しい風をいつも心に受けなが
ら、ビーグルとドーベルマンの織りなす無邪気で陽気で、少し
だけ切ない、雲の流れにも似た刻の移り変わりを追いかけてい
る。
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