さて、薪ストーブの導入時に一番頭を悩ませたのが「薪の確
保」であった。南国四国、各種暖房器具の普及等々の要因から
薪を購入する手段は皆無であった。原木を購入して薪に加工す
るか、自ら山に登り、伐木、薪作りという方法をとるかの二択
である。
幸い山荘前は阿讃山脈の一角、木だけは余るほどあり、散歩
の途中でいつもすれ違っていたトラックのおじさんが実は椎茸
のほだ木を作る業者であった。交渉は簡単に進み、毎年3月に
は必要量のくぬぎ、楢材を調達してくれることになった。山荘
の庭まで運んでくれて、トン当たり一万円・・・安いのか高い
のか解らないが、とにかく薪の材料は確保できたのである。
困ったことは一つだけ、山荘の門扉が当初予定していた電動
パイプシャッター形式では、ユニックを搭載した4トントラッ
クが入れない。三メートル以上の高さが必要になるということ
であった。三メートルの門柱は、デザインはともかく、まるで
要塞のようになる。結局犬たちが飛び越せない高さ、百六十セ
ンチの手動開閉式の四枚門扉になったことである。
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チェンソー、大型の丸鋸、大中小の各種斧と楔類。薪作りの
道具たちも買い揃え、いよいよ薪作りに挑戦である。
二メートルに切り揃えられたくぬぎと楢の原木およそ十トン
が三月中旬に庭に運び込まれ、先ずチェンソーで四十センチの
長さに切り揃える。細い枝の部分は大工さんに頼んで購入した
外径三百五ミリの刃が付いた丸鋸を使う。
直径十センチ前後のものは長さを切り揃えるだけでそのまま
薪棚に並べれば一応薪作り作業終了となる。しかしそれ以上の
太いものは薪割り斧で割らなければならない。
薪割りがこれほど難しく重労働であったとは想像もしていな
かった。十五分も続ければ息が上がり作業は中断となる。その
上、狙ったところに斧が当たってくれない。旨く当たったとし
ても、今度は木の方が割れてくれないのであった。
悪戦苦闘、運び込まれた原木が全て薪棚に並んだのは九月が
終わろうとしていたときであった。
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