主祭神:誉田別命(ほんだわけのみこと)
由 緒:貞観年間(859〜877)創立といわれる。慶長年間(1596〜1615)
松前城主加藤嘉明によって数回社殿が造営された。その後享保10年(1725)に
神殿が改築された。本殿は流造銅板葺。
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主祭神:事代主神(ことしろぬしのかみ)
由 緒:神功皇后三韓出陣のとき蛭子神を奉斉したという。寛喜年間(1229〜1231)
には蛭子菩薩と称したこともあった。慶長年間(1596〜1615)松前城主加藤嘉明が
社殿を再建して深く崇敬した。安政年間(1854〜1859)さらに再建されて今日に
至っている。本殿は神明造瓦葺。
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主祭神:和田積神(わだづみのかみ)
由 緒:伊予の国の藤の宮九社の一社で、神功皇后三韓より凱旋のとき住吉明神のお告げにより、
藤の枝を九本海中に流しその漂着地に住吉明神を奉斉したといわれ、当社はその一つであるという。
本殿は住吉造瓦葺。
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主祭神:建速素盞鳴命(たけはやすさのおのみこと)
由 緒:寛喜4年(1232)6月17日国司河野通尚が性尋寺に来訪していた明海禅師
に命じて、玉生八幡大神社の配神である三女神の分霊を安置して弁天社と号した。
その後慶長3年(1598)6月疫病流行のため玉生八幡大神社の神主が熊の三社宮を勧請
して弁天社内に祇園社を奉斉し、さらに正徳6年(1716)この二社を合祀して淵の
神社と改称し、明治3年(1870)素鵞神社と改称した。本殿は神明造瓦葺。
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主祭神:素盞鳴命(すさのおのみこと)
由 緒:慶長3年(1598)6月疫病が流行したため玉生八幡大神社の神主が熊の三社宮を勧請
して祇園社と改称したのがその由来であるが、明治以降素鵞神社と改称した。
本殿は神明造瓦葺。
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主祭神:素盞鳴命(すさのおのみこと)
由 緒:慶長3年(1598)6月疫病が流行したので玉生八幡大神社の神主が熊の三社宮を
氏子内に勧請した社の一つで当時は祇園社と改称していたが後の世に素鵞神社と改称した。
本殿は流造瓦葺。
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主祭神:素盞鳴命(すさのおのみこと)
由 緒:慶長3年(1598)6月疫病が流行したので玉生八幡大神社の神主が時の領主
加藤喜明に請うて熊の三社宮を氏子内12ヶ所に勧請して祇園社と称し流行病をしずめる
守護神として尊崇し明治初年頃鎮守神社と改称した。菅原道真公を配神としたのは正和
元年(1321)9月25日松前の岩の上に天満宮のご神体が座っていたのを翌年当社に
鎮祭したといわれる。本殿は住吉造銅板葺。
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主祭神:頭王弥五郎霊(かぐみやごろうのみたま)
由 緒:恵久美は貞観年間(859〜876)における玉生八幡大神社の奉幣使であった
頭王弥五郎の領地であったので、天慶3年(940)2月伊豫の守源好古の命により、
和田三郎兵衛道功が頭王弥五郎の霊を奉斉して、これを頭王大明神と称した。今の社増は
頭王弥五郎の館跡といわれる。明治になってから頭王神社と改称した。本殿は流造銅板葺。
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| 神社境内 |
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