おすすめの曲


(2001年1月)
 セレナード第1番 二長調 作品11

作曲1857から59年。
初演 小編成用は1859年3月28日、ハンブルクにて、ヨアヒム指揮によって、大編成用は1860年3月3日、ハノーファーにて、ヨアヒム指揮によって行われた。
出版1860年。
編成フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦5部(以上大編成用)。
演奏
時間
約35分。


 セレナード(小夜曲)とは周知のとおり「夕べの音楽」、すなわち、夕べに恋人の窓下で歌われる器楽伴奏の情熱的な歌のことですが、しかし同時に、18世紀後半の多楽章の器楽形式をも意味し、この時代には、モーツァルトやハイドン等により多くの傑作が書き残されました。ベートーヴェンも初期の時代にこの種のものを2曲書いていますが、その後はこのジャンルに目を向けなくなり、そして、ロマン派時代にはほとんど忘れられかけた曲種になりつつあったのですが、ブラームスによって復活されたのでした。
 1857年から60年の間、ブラームスはデトモルトの宮廷に職を得て、公爵婦人フリーデリケにピアノを教えたり、宮廷の合唱団の指揮を務めたりしていましたが、午前中は職務がないので作曲に専念することができました。そこには優秀な奏者を集めた45人からなる宮廷楽団があり、その楽員との交際で管楽器の性能にも通じるようになったし、古い音楽をじっくり研究する機会もあり、こうした成果がこのセレナードの作曲につながったのでした。
 この曲は最初、室内楽風の9重奏曲(フルート、クラリネット2、ホルン、ファゴット、弦4部)として書かれ(1857-58)、次いで翌年、大編成用に書き直され「大管弦楽のためのセレナード」と命名されました。曲の内容は、古典派のセレナードの様式を受け継いだものになっていて、ハイドンの交響曲からの濃い影響をみせています。しかし、リズムの用法や目立たない対位法の使用法、低声部を充実させて全体の色彩感を重くしているところは、いかにもブラームス的となっています。
 第1主題のホルンのソロが印象的で牧歌的な田園の歓びを歌い上げた第1楽章、ワルツのような優しさが聞こえ、抒情的な第2楽章、美しい旋律に満ちた平和な田園風景の第3楽章、ユーモアにあふれ、古風な響きが魅力的な第4楽章、ホルンが活躍し軽快な音楽となっている第5楽章、歓びにあふれ、リズミックな行進曲風の第6楽章からなっています。

おすすめのCD
ティルソン・トーマス指揮ロンドン交響楽団
(ソニー SRCR-8820 ¥2,854)
 知的で、スケール豊かな堂々とした演奏です。録音も新しく優秀です。

ムーティ指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団
( ソニー SRCR-9616 ¥2,854)
  大変明るくしなやかで喜びにあふれた、美しい演奏です。

フランシス指揮"ジュゼッペ・ヴェルディ"ミラノ交響楽団
( BMG BVCC-6063 ¥880 )
 ドイツの田舎の田園風景が思い浮かんでくるようなのどがで、素朴な雰囲気が魅力の演奏です。

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(2000年12月)
チェロ・ソナタ第2番 ヘ長調 作品99

作曲1886年。
初演 1886年11月24日、ウィーンにて、ハウスマンのチェロ、ブラームスのピアノによって行われた。
出版1887年。
編成チェロ、ピアノ
演奏
時間
約28分。


 ブラームスはチェロ・ソナタを2曲書いています。この2番目のチェロ・ソナタは第1番から21年後の1886年、ヨアヒム四重奏団のチェロ奏者ハウスマンの求めに応じ、避暑のために訪れていたスイスのトゥーン湖畔で作曲されました。この作品は第1番と比べると、規模がずっと大きく、また洗練されていて、明るいものとなっています。しかし、ただ明るいだけでなく、そこには情熱的で感傷的な非常に激情的な歌が聞こえてきます。情熱を秘めたその響きには彼が当時ひそかに愛情を寄せていた若い歌手シュピースへの思いも込められていると言われています。
 曲は、劇的な緊迫感を持ち濃厚で情緒たっぷりな第1楽章、ロマンティックで激情に満ちたアダージョの第2楽章、情熱でリズミックなスケルツォの第3楽章、楽しく軽快な主題をもとに展開され、充実していて完成度の高い第4楽章からなっています。

おすすめのCD
ロストロポーヴッチ(vc)、R.ゼルキン(pf)
(グラモフォンPOCG-1119 ¥2,548 )
 雄大なスケールと繊細でしなやかな表情で、深く沈み込んだブラームスの世界を完璧に描きだした超名演です。

マイスキー(vc)、ギリロフ(pf)
(グラモフォンPOCG-10158 ¥2,548)
 温かみのある美しい音で、情感豊かに歌われた抒情的な演奏です。

デュ・プレ(vc)、バレンボイム(pf)
(エンジェル TOCE-3143 ¥1,733)
 デュ・プレのロマンティックな歌いまわしが魅力的で、詩情豊かで若々しい演奏です。

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(2000年11月)
アルト・ラプソディ 作品53

作曲1869年。
歌詞ゲーテの「冬のハルツの旅」(ドイツ語)
初演 1870年3月3日、イエナにて、パウリーネ・ヴィアルド=ガルシアの独唱、エルンスト・ナウマンの指揮によって行われた。
出版1870年。
編成アルト独唱、男声4部合唱、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、弦5部。
演奏
時間
約15分。


 『アルト・ラプソディ』は通称で、本来の曲名は『ゲーテの「冬のハルツの旅」によるラプソディ』と言います。この感動的な作品のテキストは、ゲーテの詩「冬のハルツ紀行(Harzreise im winter )(1777)」の第5〜7節からとられ、人間の抱える永遠の悩みを深く静かな響きで歌ったブラームスの最高傑作のひとつです。
 ゲーテは、1777年に「若きウェルテルの悩み」でいたく感動した青年プレッシンクを伴って、ハルツの旅へのぼりました。凄惨な冬の山へ、しかも悩み多い情熱的な青年を同伴してでかけたゲーテの胸には、さまざまな思い出が去来し、人の心を打つこの詩ができあがりました。ここには深い懐疑に陥った孤独な若者への思いやりと、救済の祈願とがこめられているのですが、ブラームスにその詩を選ばせた動機をたどるならば、その苦悩する青年の中に、私達はブラームス自身の面影をも見ることができます。すなわち、伝えられるところによれば、1869年の夏、ブラームスはシューマンの三女ユーリエにひそかな、しかし深い愛着を持つようになりました。ブラームスはこの愛を率直に打ち明けなかったし、クララもユーリエもそれとはつゆ知らなかったので、ユーリエは某伯爵と婚約してしまいました。この事件はブラームスの心を強く痛め、ブラームスは自分の悲しみを音楽で表すことで、心の痛手を癒したのでした。彼は、それを“花嫁の歌”と呼び(クララの日記による)、出版商のジムロックにも、それがシューマンの伯爵夫人への花嫁の歌であること、さらに、恨みを持って、立腹して書いたことを告白しています。
 曲全体は切れ目なしに続き、ゲーテの詩の節に対応する3部からなっています。
 第1部 悲しみや嘆きを思わせるようなオーケストラの序奏に始まり、アルト独唱が沈痛な面持ちで歌い始める。世を捨て荒涼たる冬のハルツを旅する青年の絶望的な孤独が、抑えた調子の中に痛々しく表現される。
 第2部 続いてアルト独唱が、不幸に悩む男の苦しみをいちだんと悲痛な表情をこめて歌う。
 第3部 調性はハ短調からハ長調に転じて、ここで初めて男声合唱が導入される。第2部までとは対照的な、苦しむ人の心を癒す、慰めに満ちた讃美歌風の穏やかな音楽で、祈るように歌われる。


 (大意) 
 ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの
 『冬のハルツ紀行』から


 だが、いま離れ去っていったのは誰だろう?
 草むらの中で小径は絶え
 彼の行くあとには、
 かん木の枝が入り交じり、
 草もまた生い茂り、
 荒野は彼をおし包む。

  
 ああ、慰めも毒と化してしまった、
 愛の酒を浴びるように飲んで、
 人間嫌いになってしまった、
 そんな男の苦しみを誰が癒すのだろうか?
 世にさげすまれ、今は、さげすむ者となり、
 むなしい我欲のために、
 おのれの価値あるものを、
 人知れず使い果たす。


 愛なる父よ、
 あなたの堅琴のなかに、
 彼の耳にとどく調べがあるならば、
 彼の心を振い立たせたまえ!
 彼の曇った目を開いて、
 荒野の中で、
 渇き果てた者の傍らに、
 千の泉が湧いているのを、
 見せてやってください!

おすすめのCD
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
クリスタ・ルートヴィヒ(A)、ウィーン楽友協会合唱団 (グラモフォン POCG-3262 ¥2,243 )
  ルートヴィヒの円熟した深く心を打つ歌が感動的です。ベームの指揮も枯れた味わいがこの曲にぴったりで素晴らしいです。

ブルノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団
ミルドレッド・ミラー(Ms)、オクシデンタル・カレッジ・コンサート合唱団 (ソニー SRCR-8786 ¥2,345 )
 ミラーの端正な歌とワルターの劇的で情感豊かな演奏がとても魅力的な演奏です。

コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送交響楽団
ナタリー・シュトゥッツマン(C-A)、バイエルン放送合唱団 (RCA BVCC-627 ¥2,854)
 シュトゥッツマンの抒情的な歌とデイヴィスの柔らかい端正な演奏が魅力的です。

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(2000年10月)
ピアノ・ソナタ第2番 嬰ヘ短調 作品2

作曲1852年。
初演 1882年2月2日、ウィーンにて、ハンス・フォン・ビューローの独奏によって行われた。
出版1853年。
演奏
時間
約28分。


 ブラームスは3曲のピアノソナタを残しています。しかし第1番作品1の自筆譜に自ら第4ソナタと記していることから、初期のいくつかのソナタは破棄されてしまったのでしょう。このピアノソナタは第1番より以前の1852年11月にすでに書き上げられていました。おそらくブラームスは、この嬰ヘ短調のソナタがあまりにも幻想的で奔放な作風であると感じたのでしょう。何事にも慎重なブラームスは、このソナタよりも後に書かれ、このソナタよりも力強く厳格な印象を与えるハ長調のピアノソナタを作曲家として初めて世に問う作品1として発表したのでした。
 曲は厚みのあるシンフォニックな響きの中に、情熱的で精力的でありながら、どことなく女性的で感傷味をも秘める作品となっており、ベートーヴェンに近い力強い楽想を持った第1楽章、冬の寂しさを歌った古いドイツのミンネ歌人の詩を念頭において作曲された第2楽章、第2楽章から切れ目なしに続き、前楽章の主題に基づくスケルツォの第3楽章、かなり長い序奏の動機が第1主題に密接に関連している、情熱的な第4楽章からなります。

おすすめのCD
ウゴルスキ(pf)
(グラモフォンPOCG-1999 ¥3,059 )
 澄んだピアノの響きがとても美しく、抒情的でしなやかな演奏が魅力的です。

リヒテル(pf)
(ロンドン POCL-1269 ¥3,059 )
 重厚でスケールの豊かなとてもロマンティックな演奏です。

シュヌアー(pf)
(マイスター・ミュージックMM-1004 ¥3,059 )
 多彩な響きで、豊かに歌い上げた大変美しい演奏です。

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(2000年9月)
 ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 作品108

作曲1886年から88年。
初演 1888年12月21日、ブダペストにて、フーバイのヴァイオリン、ブラームスのピアノによって行われた。
出版1889年。
編成ヴァイオリン、ピアノ。
演奏
時間
約30分。


 1886年から1888年にかけての3年間、ブラームスは夏の休暇をスイスのトゥーン湖畔の町トゥーンで過ごしました。1888年に完成されたこのソナタは、音楽学者でハイドンの研究家として有名な親友のポール(1819〜1887)の死や、ウィーンの外科医で友人のビルロートの病気に接したこともあってか、それまでの幸福感に翳りが生じ、晩年に顕著となってくる渋い抒情性や諦観が作品に反映され始めます。この第3番のソナタは、まさにそうした内省的な気分を強くした作品で、以前のような伸びやかさや憧れの気分は見られなくなるのですが、内容自体はまさしく円熟と呼ぶにふさわしい濃さを持っており、重厚な晩年のブラームスの音楽特有の風格を示しており、格別の味わいを持っています。
 曲は、暗い情熱が特に印象深く、精緻な構成と高い緊張感が持続する第1楽章、ロマン的な抒情性にあふれた穏やかな第2楽章、スケルツォに相当し、憂鬱で悩ましげな暗い情感が全体に流れている第3楽章、抑圧された情熱が火のように燃え上がったような様相を呈し、そのデモーニッシュで激烈な表現は、ブラームスのすべての作品の中でも、特に凄みを感じさせる第4楽章からなっています。

おすすめのCD
オイストラフ(Vn)、リヒテル(pf)
(メロディアBVCX-4089 ¥1,733 )
 オイストラフのヴァイオリンは、骨太の音色で、この作品が持つ暗い情熱を堂々と表情豊かに歌わせています。

シェリング(Vn)、ルビンシュタイン(pf)
(RCA BVCC-9349 ¥1,937 )
 シェリングのヴァイオリンは、つややかな美しい音色で、ていねいにしっかりと歌いあげられた、緻密で格調高い演奏です。

クレーメル(Vn)、アファナシエフ(pf)
(グラモフォンPOCG-7134 ¥2,039 )
 クレーメル独自の解釈がとても光った美しい演奏です。ゆったりとしたテンポで弾きこまれ、細やかで繊細な表情が魅力的です。

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(2000年8月)
ドイツ・レクィエム 作品45

作曲1856年から68年。
初演 第1から3曲は1867年12月1日、ウィーンにて、ヨハン・ヘルベックの指揮によって行われ、第5曲以外の6曲は1868年4月10日、ブレーメンにて、ブラームス自身の指揮によって行われ、第5曲は1868年9月17日、チューリヒにて、フリードリヒ・ヘーガーの指揮によって行われ、全曲の初演は1869年2月18日、ライプツィヒにて、カール・ライネッケの指揮によって行われた。
出版1868年。
編成ソプラノ、バリトンの各独唱、混声4部合唱、ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット(任意)、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ハープ2、オルガン(任意)、弦5部。
演奏
時間
約75分。


 ブラームスはこの「ドイツ・レクィエム」が1868年4月10日、ブレーメンの大聖堂で初演(第5曲を除く)され、その圧倒的な成功により、大作曲家として広く世に認められることになりました。レクィエムは、鎮魂曲、鎮魂ミサ曲、死者のためのミサなどとも訳されています。ローマ・カトリック教会や聖公会では、死者の埋葬や記念日などに、死者が最後の審判の日に天国に入ることを許されるようにとミサや聖餐式を行いますが、この死者のためのミサをレクィエムと言っています。そして、ローマ・カトリック教会では、レクィエムは、ラテン語の典礼に従った歌詞をもっていました。このレクィエムという言葉は、その冒頭の入祭唱が、ラテン語のRequiem(安息を の意味)で始まることからとられたものです。
 このように、レクィエムは、もともと死んだ人の霊を鎮め、慰め、死者に永遠の安息を与えることを祈る音楽です。そうして、こういう音楽は、中世のグレゴリオ聖歌にもあり、またこれまで多くの作曲家によって作曲されてもきました。しかし、ブラームスの残したレクィエムには、「ドイツ・レクィエム」と題されていて、いささか例外的な性格のものとなっていて、その特徴は次のようなものです。
 1.このレクィエムは、プロテスタントの作曲家ブラームスの手になる作品であり、プロテスタントのコラールを自由に引用している。また、この曲は、カトリック教会の正式のレクィエムのために演奏されるべきものではなく、演奏会用の音楽である。
 2.歌詞は、一般のレクィエムのようにラテン語ではなく、マルティン・ルターがドイツ語に訳した1537年版の新約と旧約の聖書および旧約続篇から、ブラームスが自分の意志で選びだしたものである。
 3.この曲は、その歌詞からみて知られるように、普通のレクィエムで死者の永遠の安息を願う部分も持っているが、むしろそれよりも、死によって後に残った悲しめる人に呼びかけて、その人たちに慰めを与えようとする。それに加えて、死の恐怖を克服したり、死に対する勝利を強く打ち出すという面を持つが、最後の審判の恐怖を強調していない。つまり、この曲は、どちらかというと、現世の人に目を向けたものであり、最後の審判とか救済の思想は、生活感情からはなれすぎているので、ブラームスは、それを表現しにくいと考えていたのである。
 4.「ドイツ・レクィエム」という題があたえられている。この名称は、ブラームス自身の創意によるものだとされているが、ドイツ・バロック音楽の大家シュッツの「ドイツ埋葬ミサ曲」や「ドイツ・ミサ曲」あるいはシューベルトのドイツ語のミサ曲などからヒントを受けたものと考えられる。しかしまた、シューマンが晩年に入院しているとき、ブラームスは、そのシューマンの草稿などを整理していて、シューマンの計画書に「ドイツ・レクィエム」という題を発見し、それを自分への遺言であるかのように感じたともいわれている。
 とにかく、ブラームスの場合に、この「ドイツ」という言葉が具体的に何を意味するのかは、いろいろと解釈されてきました。もちろん、ドイツ語の歌詞を持つということには、大きな関係があるのですが、それと同時にゲルマン的な精神を強く燃やすブラームスの作品だけに、そこにドイツ人的なものがあり、ドイツ人のためのレクィエムという感情が込められているのではないだろうかとも言われています。しかもこのことは、ブラームスが、友人で「ドイツ・レクィエム」初演時のよき協力者であるラインターラーに宛てた書簡から、大部分理解されます。それには「私は喜んで"ドイツ"という語を除き、簡単に"人間"という語に置き換えたいと公言してもいい」と記されています。つまり、ブラームスは、もともとはドイツ人のためのレクィエムのつもりだったのですが、作曲しているうちに、人類のためのものというように、もっと普遍的なものと考えるようになったと思われます。
 このレクィエムの成立史は、1868年よりはるか以前にまでたどることができます。第2曲の葬送行進曲は、ブラームスがすでに1855年に取り組んだ「2台のピアノのためのソナタニ長調」のスケルツォに使われており、彼がこの作品のためにいろいろと苦心したことはよく知られています。ブラームスは、それを交響曲にしようと考えたこともあったのですが、この曲は、結局ピアノ協奏曲第1番作品15として出版されました。この作品は、シューマンの自殺未遂によって受けた印象下に成立し、のちにブラームスは友人のヨアヒムに、レクィエムはシューマンへの思い出と密接に結び付いていると語っています。また、この作品は、母親の死と関連づけられることもあるのですが、そこに作品の成立の契機を見ようとする解釈は、作曲家本人によってしりぞけられており、ブラームスの母親が死んだ1865年には、作曲がすでに相当進んでいたことを考えれば、現実的にもあまり根拠のない説といえます。ただ、第5曲だけは、おそらく母親の愛への特別な思い出のために、母を失ったことが契機となって追加されたと思われます。実際、このレクィエムをある特定の死と結び付けようとする試みは、多分見込みがないと思われます。ブラームスは常に、人間は死すべきものであるという認識を持っていたし、その生涯にわたって、死と悲しみをテーマとして音楽を書いた人であるからです。
 曲は7つの楽章からなっているのですが、各曲の配列は第4楽章を中心として大きなシンメトリーを形作っており、第1楽章と第7楽章、第2楽章と第6楽章、第3楽章と第5楽章というように対応させ、音楽的、内容的に独特な設計でまとめあげることに成功しています。
 第1楽章は、悲しむものは慰められ、涙するものは報いられるという作品全体の根本思想を歌い上げています。管弦楽は、クラリネットもトランペットもなく、またヴァイオリンも用いていないため、全体の色彩は、かなり渋くて神秘的となっています。第2楽章は、葬送行進曲で重厚なブラームスの作風がよくうかがえる楽章で、人間のはかなさへの嘆きとキリストへの帰依による救いを扱っています。第3楽章は、バリトン独唱が加わり、構成的にも充実していて、レクィエムの中心的な部分とも考えられています。後半の壮大なフーガは確固たる信仰を象徴し、人間の無情と焦燥に対する解答として、神への信仰をフーガの形で強調しています。第4楽章は、管弦楽にトランペットやトロンボーンが加わっておらず、牧歌調で安らぎを感じさせます。前楽章の充実したフーガの緊張をゆるめる楽章といってもよく、魂の安息の地を求め憧れ、そこに達する人の喜びと幸福を描いています。第5楽章は、ソプラノ独唱が加わり、悲しめるものは慰められるであろうという思想がまた表面にでてきます。この楽章では、母のことが合唱で歌われるのと、そこに母性愛的なやさしさがあることは、ブラームスの母の死とは無関係ではないと思われます。第6楽章は最も規模が大きく劇的で迫力のみちた楽章で、キリストの復活を通じての死に対する生の勝利を描いています。バリトン独唱を加えたゆるやかで荘重な序奏ではじまり、大規模なフーガが構築するその比類なきクライマックスはまさに見事というほかはありません。普通のレクィエムの「怒りの日」にあたるのですが、前述のように最後の審判の恐怖を強調していません。第7楽章は、残されたものに対する慰めの思想が支配的で、死の恐怖は少しも描かれず、仕事ののちの平安として死を歌っています。結尾では、第1楽章の最後の数小節が使われ、全体へのまとまりを与え、昇天した人々の幸福を祈るごとく、穏やかに終わります。

おすすめのCD
ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク
 マルギオーノ(S)、ジルフリー(B) 、モンテヴェルディ合唱団 (フィリップPHCP-1685 ¥2,548 )
  作品が初演された当時のオリジナル楽器による演奏で、対位法書法の構成を明らかにした、明快で清澄な真のブラームスを描き出しています。

カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ヤノヴィッツ(S)、ヴェヒター(B) 、ウィーン楽友協会合唱団 (グラモフォンPOCG-2082 ¥2,344 )
 音楽的充実度に満ち、劇的で起伏に富んだ大変美しい演奏です。

シノーポリ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
 ポップ(S)、ブレンデル(B) 、プラハ・フィルハーモニー合唱団 (グラモフォンPOCG-90371 ¥1,300)
 表情豊かで、ロマンティックであり、しかもシンフォニックな演奏が魅力的です。

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(2000年7月)
ホルン三重奏曲 変ホ長調 作品40

作曲1864年から65年。
初演 1865年11月28日、チューリヒにて、ブラームスのピアノ、ヘーガーのヴァイオリン、グレースのホルンによって行われた。
出版1866年。
編成ヴァイオリン、ホルン(またはヴィオラ)、ピアノ。
演奏
時間
約30分。


 ブラームスの数多くの室内楽の中で、ホルンを用いたものは、この1曲しかありません。しかしブラームスは、ホルンというロマン的な響きのする楽器を少年時代から好み、母を慰めるためにもそれを吹いていたほどで、彼の管弦楽曲ではホルンに重要な役割を与えている作品は交響曲第1番、第2番、ピアノ協奏曲第2番など多くあります。
 作曲の遠因としては、デトモルト時代(1857〜1859年)に知り合った宮廷管弦楽団のすぐれたホルン奏者アウグスト・コルデスと親しくなったことがあげられ、1864年の夏、南ドイツの有名な保養地であり、クララが滞在していたバーデン・バーデンを訪れた時に着想され、その着想についてはブラームス自身、後に友人のディートリヒに次のように語っています。「その時、僕はバーデンに近いある小道を散歩していました。それも非常に朝早く。すると突然、太陽が樹々の間に顔を出したのです。そうして、この光とともに、一つの主題が僕の心に流れ出てくるのを覚えました。」
 また、この三重奏曲で使用されているホルンは、当時もっとも普通に用いられているヴァルブ・ホルンでなくヴァルブのないナチュラル・ホルンで、ブラームスはヴァルブ・ホルンよりも、音色の豊かでレガートの点でもすぐれており、少年時代から親しんでいたナチュラル・ホルンを好んでいました。この作品はナチュラル・ホルンの持つ素朴で牧歌的な響きを見事に活かした秀作に仕上がっています。
 曲は全体的に幻想的な美しさにあふれ、ドイツの深い森の幻想を描き出した作品と言えます。冒頭の牧歌的で親しみやすい旋律が印象的な第1楽章、ユーモアとどことなく哀愁を秘めた軽快なスケルツォの第2楽章、1865年2月に亡くなった母の死の悲しみを表し、諦観にも満ちた悲歌が歌われるアダージョの第3楽章、前のスケルツォとアダージョのテーマが使われ、狩のフィナーレが歌い上げられる第4楽章からなっています。

おすすめのCD
ザイフェルト(Hr)、ドロルツ(Vn) エッシェンバッハ(Pf)
(グラモフォン POCG-3401〜2 ¥2,957 )
 ザイフェルトのホルンは、ドイツの深い森を思わせるような厚みのある深い音色が魅力で、この作品の魅力が十分に伝わってきます。

タックウェル(Hr)、パールマン(Vn) アシュケナージ(Pf)
(ロンドン POCL-3017 ¥2,242 )
 3人の名手の若き日の演奏でタックウェルの明るくのびやかなホルンが魅力です。

オーブリ・ブレイン(Hr)、ブッシュ(Vn) ゼルキン(Pf)
(Testament SBT-1001 輸入盤 )
 1933年のかなり古い録音ですが、オーブリ・ブレインの素朴で情緒豊かなホルンが大変魅力的な演奏です。

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(2000年6月)
4つのピアノ小品 作品119

作曲1893年。
初演 第2、4、1(もしくは3)曲は1894年1月22日、全曲の初演は1894年3月7日、いずれもロンドンにて、イローナ・アイベンシュッツの独奏によって行われた。
出版1893年。
演奏
時間
第1曲約5分、第2曲約5分、第3曲約2分、第4曲約5分。


 1891年(58歳)になって自己の創作力の衰えを意識して、過去の作品の整理を始めたり、遺書さえ準備するようになったブラームスは、残る6年間の生涯において、まさに、晩年様式と呼ぶに相応しい内省的な作品を書き続けました。この時期に書かれた一連のピアノ小品である作品116から117、118、119までの4つの曲集は、どれも晩年特有の寂しさや叙情性、侘びしさ、人生の黄昏を感じさせるものとなっており、それまでのロマン派ピアノ音楽の黄昏を示すように美しい魅力を発しています。この4つの小品作品119 は一連の4つの曲集の最後の作品で、文字通りブラームスが書いた最後のピアノ曲です。
 曲は、クララ・シューマンが「灰色の真珠・・・・曇っているが非常に貴重である」と言って絶賛した、悲しげであり、甘いところもある第1曲、変奏曲のように曲想が様々に変化していき、物悲しい響きがする第2曲、親しみやすく明るくユーモラスな表情を持つ第3曲、晩年の小品の中で最もスケールの大きな曲で英雄的な響きを持った第4曲からなっています。

おすすめのCD

アファナシエフ(pf)
(デンオンCOCO-75090 ¥3,059 )
 ゆったりとしたテンポでブラームスの書いた音楽構造をあきらかにしようとした演奏で、深い瞑想の世界を作り上げています。

ルプー(pf)
(ロンドン POCL-5109 ¥2,039 )
 ルプーの知的な構成力と詩的で叙情的な響きが魅力の演奏です。

グリモー(pf)
(エラート WPCS-4948 ¥2,854 )
 グリモーのしなやかで多彩な音色と澄んだ響きがとても美しい演奏です 。

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(2000年5月)
弦楽六重奏曲第2番 ト長調 作品36

作曲1864年から65年。
初演 1866年10月11日、ボストンにて、メンデルスゾーン五重奏団ほかによって行われた。
出版1866年。
編成ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ2。
演奏
時間
約30分。


 ブラームスの2つの弦楽六重奏曲は彼の恋愛そして別離の時期と重なっており、ロマンティックな側面から語られることが多いのですが、特にこの第2番は、「アガーテ六重奏曲」といわれることがあります。それは、ブラームスが1858から9年に婚約の指輪までかわしたゲッティンゲン大学婦人科医教授の令嬢アガーテ・フォン・ジーボルト(Agathe von Siebold 1835〜1909)と関係があるからです。
 1858年の夏にブラームスは、同僚の作曲家ユリウス・オットー・グリム(1827〜1903)からゲッティンゲンに招かれました。そこで彼は若いソプラノ歌手アガーテ・フォン・ジーボルトと出会いました。彼女はヨアヒムが「ヴァイオリンの名器アマティのようだ」と讚えたほどの甘く美しい声の持ち主で、この時期ブラームスは彼女のために多くの歌曲(作品14、19、20)を作っています。二人は相思相愛の仲になり、アガーテのブラームスに対する思いは「最も深く純粋な喜びの源泉」と手紙に書いたほど真剣でした。しかし芸術に対してどこまでも真摯なブラームスは、結婚して家庭を持つのか、作曲に身を捧げ生涯独身を通すのか悩んだあげく、「あなたを愛しています! もう一度逢わねばなりません! でも私は足枷を付ける訳にはいきません。私が戻るべきか、あなたを腕の中に迎えるべきか、キッスをすべきか、そして好きだと告げるべきかを知らせてください」と煮え切らない手紙を書きました。アガーテは、この手紙を見て、自分がブラームスの重荷になると言われたと思い、自尊心を傷つけられたと感じて、婚約を拒否する返事を出しました。結局は実ることがなく終わったのですが、ブラームスはその当時の楽しさや、彼女から身を引いたために負った良心の呵責と苦悩からの解放を、この六重奏曲で表現しようとしました。この曲の完成の前の年の1864年にアガーテの住んでいた町の城門のそばにある家と庭を、感情を抑えながら訪れたこともこの曲に関係があると思われ、また友人の歌手ヨーゼフ・ゲンズバッヒャーに「この曲で私は最後の恋愛から自分を解放した」と語りました。さらに、その第1楽章小結尾部(162〜8小節)で第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが、A-G-A-D-H-E(DはTの代わりの音名、Bナチュラルはドイツ語でH)の音を奏して、アガーテの名を憧憬の心をこめて三度も呼びかけます。そのうえ、同じ第1楽章の冒頭第1主題の音名G-D-Es-Bを「アガーテ・ジーボルト」、「おまえのブラームス Dein Brahms」と「Siebold Brahms」の語から由来したと考える人もいます。
 曲はヴァイオリンのしなやかな第1主題で始まり、小結尾部でアガーテ旋律が印象的に取り扱われる第1楽章、憂愁な味を持つスケルツォの第2楽章、第1ヴァイオリンの深くて感動的な旋律で始まり、静謐な雰囲気に独特の緊張感を持つ緩徐楽章の第3楽章、軽快で楽しさにあふれた第4楽章からなっています。この六重奏曲は第1番に比べると大変地味でなかなか良さが解かりにくいのですが、ブラームスの本来持っている柔らかで、精妙な音作りが全体を覆っており、聴けば聴くほどに味わい深さが感じられる傑作だと思います。

おすすめのCD
ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団、ヴァイス(vc)、ヒューブナー(va)
(ビクターMVCW-19022 ¥1,900 )
 録音は少し古いのですが、ゆったりとしたテンポで情感たっぷりのロマンティックな演奏が魅力的です。

ベルリン・フィルハーモニー八重奏団
(フィリプスPHCP-3544 ¥2,039 )
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーによる演奏で、きわめて精緻なアンサンブルが展開されており、大変流麗な演奏です。

ラルキブデッリ
(ソニーSRCR-1699 ¥2,300 )
 オリジナル楽器による演奏で、弱奏の中での細やかな表情と精妙な響きが大変魅力的な演奏です。

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