ブラームスが交響曲を作曲しようと思いたったのは、1855年、22歳の時に故郷のハンブルクでシューマンの「マンフレッド」序曲を聴いて感激してからだと言われています。「マンフレッド」序曲という作品は、イギリスの詩人バイロンの劇詩「マンフレッド」につけた劇付随音楽の序曲として作曲されたもので、シューマンのオーケストラ曲の中でも最もすぐれたものと言われているだけあって、実に感動的に書かれており、この作品がブラームスの創作意欲をかき立てたという事は、十分に考えられる事です。ブラームスはその後、直ちに交響曲の下書きを数曲作りました。その中の1つは、ピアノ協奏曲第1番第1楽章の骨子に生かされ、さらに1つは、ドイツ・レクイエムの第2曲に使われることになりました。そして1862年に交響曲の第1楽章が書き上げられましたが、その時は現在のゆるやかな序奏部を持っていませんでした。ブラームスが再びその草稿を手にして本格的に作曲し始めたのは、その12年後の1874年で、チューリヒ湖畔のリュシリコンでひと夏を過ごした時でした。しかし、本格的と言っても、一気に書き上げられたわけではなく、文字通り推敲に推敲を重ね、それから2年後の1876年の夏に北ドイツのバルト海に面したリューゲン島のザスニックで大部分が書かれ、9月にバーデン・バーデン近郊のリヒテンタールで完成されました。ブラームス43歳の時に、ようやく完成をみたこの交響曲第1番は、実にプランを立ててから、何と21年という恐ろしく長い年月が費やされたことになります。
ブラームスがこのように、慎重のうえにも慎重を期して作曲を進めたというのには、石橋を叩いてもなかなか渡ろうとしない、彼の稀に見る慎重で完全主義的な性格からきていることもあるのですが、ブラームスが置かれていた、当時の状況をも考えてみる必要があるでしょう。
交響曲というのは、元をたどればオペラの序曲などから発展成長してきたもので、モーツァルトやハイドンの時代には、まだ娯楽音楽であるディヴェルティメントやセレナードと、内容的に大差のない軽い作品も書かれていました。それが器楽曲最高の形式として、寸分の隙もない緊密な構成を持った音楽に仕上げられたのは、ベートーヴェンの手によってでした。そして交響曲は、ベートーヴェンによって書き尽くされてしまった観さえありました。だから、ベートーヴェン以後の交響曲の歴史は、いかにベートーヴェンの作品にない味を出すかに苦心した歴史と言えるでしょう。しかし、彼の後から交響曲を書き始めたベルリオーズ、メンデルスゾーン、シューマン、リストなど、いずれも一長一短で、もうひとつ決定打が出ていません。ベートーヴェンを深く信奉して神のように崇めていたブラームスは、「不滅の9曲」などと呼ばれるベートーヴェンの交響曲に匹敵する作品でなければ作曲する意味がないと考えていました。そして、「背後にベートーヴェンという巨人の足音を聞き」ながら、長いあいだ苦しんでようやく産み落とした子供が、この交響曲第1番でした。
大指揮者のハンス・フォン・ビューローはこの曲を、「第10交響曲」と呼んで絶賛しました。もちろんそれは、ベートーヴェンの不朽の名作「第9番」に続くべき交響曲という意味で、ブラームスこそ、ベートーヴェンの後を継ぐ交響曲作家だ、ということを暗に示したものでした。 確かにこの交響曲はベートーヴェンを意識したものが曲中にみなぎっており、調牲もベートーヴェンの第5番「運命」と同じハ短調であり、第1楽章の短い基本動機の扱い方も、「暗く悲劇的なものから力強い闘争を経て明るい勝利へ」という思想も第5番と同じものとなっています。また、終楽章でのびやかに奏される第1主題は、「第9番」の「歓喜の主題」と感じがよく似ています。しかしながら、この交響曲はまぎれもなくブラームスの交響曲であり、古典派の形式や構築牲を着実にふまえながら、抒情的、内省的で瞑想的な中に、力強い奥深さや重厚さを感じさせる彼独自の特質が溶け合って、見事な響きを導き出しているのです。
曲は4楽章で構成され、第1楽章と終楽章は長い序奏とソナタ形式の堅固な主部が曲を引き締めています。
第1楽章 ティンパニとバスの重々しい足取りの上に、木管と弦楽器がそれぞれ分厚い響きで、2つの旋律を奏していく序奏は、聴く人に恐ろしいほどの緊張感を与えるもので、まるで悲劇の始まりを告げる音楽のようです。主部は情熱にあふれた力強い呈示部に始まり、展開部では、激しい闘争と、安らかな平和との対照が、音楽の中で表現されているかのようです。全体的にポリフォニックで緻密な構成とずっしりとした重量感が印象的です。
第2楽章 ブラームスの最も得意とした、静謐な抒情的な緩徐楽章です。哀愁が秘められた侘びしさが感じられ、その中に、独特の渋い味わいが、気品を伴いながら含まれています。楽章の終わりの方では、ヴァイオリンのソロにより、清らかさと貴高さに満ちたメロディが奏されます。
第3楽章 ブラームス独特のアレグレットのひなびた曲想を持つ、素朴な音楽が楽しく展開されます。人生のしばしの休息のようです。
第4楽章 再び厳しい現実がハ短調の序奏で悲劇的に思い出されたあと、ホルンで印象的な旋律が歌われます。このホルンの旋律はアルプスにこだまする羊飼いのラッパの旋律で、1868年、クララの誕生日にブラームスが歌詞をつけて贈った旋律によるものです。このあと曲は、ベートーヴェンの第9の「喜びの歌」と似ている第1主題がおおらかに弦で奏され、曲は壮麗にそして情熱的にクライマックスを築き、感動的なコーダで華麗に結ばれます。
私自身、初めてこの第1番の交響曲を聴いた時、全体的に渋くて難しく、曲の良さが理解できませんでした。特に第1楽章が複雑で難解の音楽に聞こえました。抒情的な第4番や陽気な第2番の方が親しみやすかったと覚えています。しかしながら、今はこの第1番の第1楽章が最も好きな楽章の1つとなっています。
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