ある変わった耳鼻科の先生の独り言


      
     (今こんな風にしてパソコンに向かっています) 

香川県高松市に住むある変わった耳鼻科の先生が

最近はこんな事を悩み,考えております。
          
          
1、親父のこと   

平成11年1月25日(月)早朝 親父は亡くなった。

3年前に脳梗塞で倒れて以来2年間の病院及び老健施設での治療
リハビリの甲斐もなく,インフルエンザによると思われる肺炎を起こ
して,朝方誰にも看取られる事なく亡くなりました。

私にとっては最も身近な人の闘病,介護,そして死だけにいろいろ
な事を悩み,考えました。

  * 病院での治療,介護の問題(おふくろだけが懸命の介護)
  * 老健施設の問題(痴保老人と同じ施設での問題)
  * 子供達の介護への関わり方と金の問題
  * 尊厳死(生)の問題と意志表示のあり方
  * 葬式,戒名などの実際
   
こんないくつかの点について出来るだけ知りたいという思いで医療、
介護,闘病記,宗教,人生などの本を読みじっくり考えました。
本を読んでいくうちにおぼろげながら対処の仕方のようなものが
見えてきました。
40歳になるまでは自分が死ぬなんて事は全く頭にありませんでした
が50歳を過ぎてから(現在51歳)いつ病気で死んでもおかしくない
という気になり,今回親父の死に直面してみると・・・当然の事ながら
・・・「次は自分の順番なのだ」と感じています。

それならばいったいどのような準備をして,どのような治療を受けて
,死を迎える際はどうしたら良いかという点を具体的に考えるように
なりました。

日本尊厳死協会という組織が東京都文京区本郷にありますが
そこが出している入会案内のパンフレットには

 * いたずらな延命治療は断る。
 * 但し,痛みを取る疼痛緩和の措置はお願いする。
 * 植物状態になったら生命維持措置を付けないで欲しい。

という本人の意志(リビング,ウイル)がある旨を宣言書に署名,押印
して年会費3000円支払うと,協会はその人の生きた遺言書を登録,
保管して会員証とコピー2通を送ってくる。
一通を本人が,もう一通を近親者が所持していざという時に医師に
示すという合理的な(?)方法です。
( 電話 03−3818−6563)

作家の柳田邦夫さんは「死とむきあうための12章」という本の中で
「無益な延命治療について」こう述べています。

無益な延命治療によって一日でも長く生きようとは思わないが,延命
治療をいっさい断るという立場ではなく,快適な生活が送れるのなら
積極的治療(病巣放射線治療,腸管バイパス手術など)も受ける。
と言っています。
恐らくこの点は昭和天皇の膵臓癌治療の経験等を参考にして
述べたものと思いますが私も同じように思います。  

医者の私が言うのも変ですが,確かに医学部を卒業した当時は
(27年前)患者さんが少しでも長く生きる事が大事なんだと
先輩から教えられ,癌の末期医療でも蘇生術などの延命治療を
した事を鮮明に覚えています。
(あの頃はそのように考えるのが自然だった)

そこで自分自身の場合 もし死が避けられなくなったと判断された
(この判断が問題ですが)場合は

 息が止まる・・・・気管内送管はしない
 心臓が止まる・・・・心臓マッサージ,カウンターショックをしない
 食べられない・・・・いたずらに輸液をしない,胃チューブを入れない
 尿が出ない・・・・透析はしない
 酸素吸入のみをするという方針でやってもらいたいと思っています。

人間いつどうなるか分かりませんので,元気で頭がしっかりしている
間にこのような具体的な方針についてよく考えておく必要があると
思います。
但しまだ日本尊厳死協会には入っていません。

           


2、病院,老健施設の問題点について  

親父の病状によって病院と老人保健施設を往復しましたが,まず
病院について思うことは
特に患者さんを管理する事に中心であり,一方的な命令と服従で
総ての物事が行われている気がします。

「検温の時間ですので体温を測ってください」
「レントゲンを撮りに今から放射線科へ行ってください」
「食事の時間ですから歩ける方は詰所まで来て下さい」
「今から午前の点滴をしますので点滴のある方は準備をして下さい」

これら総てお願いというより命令であり患者本人の事情は殆ど考え
られていないような気がします。
日本人は物事をはっきり言わないタイプの人が多いので厭だと思っ
ていてもまあ仕方ないかとあきらめてその通りにしますが
外国の人は納得出来ないと(なぜレントゲンを撮る必要があるのか)
(なぜ採血の必要があるのか)(なぜ点滴するのか)
その指示を拒否するそうです。

ですから人によっては検温表を渡しておいて測定結果を夕方に集め
てもいいと思うし,
レントゲンも寒い時などはもっと撮影する場所,待合いが暖まって
から患者さんに検査を受けるように連絡する配慮があってしかる
べきだと思います。
食事も病院の都合だけでなく患者さんのお腹が空いた時に食堂など
(病室でない方が良い)へ自由に入って暖かい飲み物と食べ物を
皆と(おしゃべりしながら)食べれたらいいと思います。

病院での介護については,現在は病院の中へ付き添いさんを雇う事
が規則で出来ない(完全看護の建て前?)のですが,実際には看護
婦さんは充分対応しませんので家族での介護を要求されます。
そこで家族が寝泊まりしながら介護する事になりますが,まともに
すると患者さんより付き添いの方が先にダウンします。

病院では介護する人への設備(食堂,風呂,仮眠室など)は全くあり
ませんので悲惨なものです。
私は母親が倒れるのではとそのことばかり心配していました。

総て規則でがんじがらめ(病人に自由はない)に拘束して管理してい
ますが,もし自分が入院すればどんな風に感じるでしょうか ?
個室の場合はまだしも大部屋では病人及び介護人のプライバシー
はないのも同然です。

(やっぱり自分が医療を受けてみないとわからないかな)
病室は個室が原則    
そうでないと安心して治療を受けれないように思います。
(日本では個室は保険が効かない為差額ベットとなります)

老人保健施設の場合(親父の入った)は

政治学者の舛添要一氏が本に書いていますが,臭いというのが
第一印象です。
これは施設の職員,管理者がご苦労されていますので申し上げにく
いのですが事実です。
寝たきり老人,痴保老人の介護ですのでオムツの交換が中心に
なり仕方がない事かもしれませんが,なんとかもっと快適に過ごせる
(脱臭)装置,入浴設備,デイスポ製品,トイレの工夫等は
出来ないものでしょうか ?
(先日テレビで炭の脱臭効果が素晴らしいと報道されていました)

毎週日曜日に面会に行くだけですが,正直なところ気が滅入って
いました。
(でも職員の方は皆親切でいい人ばかりでした)

介護を受ける人も施設以外で暮らしている人と同じようにたまには
自由に煙草や(適量の)酒を楽しめるようにしてくれたらいいなー
と思います。
楽しみのない施設での生活ですが,私は親父の面会の際 時々
昼の食事を差し入れて食堂でなく一人別の場所で食べさせ
こっそりビールなどを少し飲ませたりしていました。
親父が少し顔を赤くして本当に喜んでいた事を想い出します。
(こんなささやかな楽しみも規則でダメでしょうか?)

患者さんの立場に立った医療及び介護が望ましい


3、葬式などについて   

全く形式だけのものです。
故人を忍ぶ演出をいかに(厳かに)するかを葬祭業者が競っている
ようなものです。
といっても最近の住宅事情では個人の家で行なうわけにもいかず
最終的には業者にお願いすることになります。

初七日,35日,49日,100日,一周忌とお寺さんの決めてくれた
段取りに従ってお参りをしたり,葬儀参列者への記念品を送る
仕事を進めます。

私は変わっている医者なもので,医院は休診にせずお通夜,葬式
などは殆ど私の奥さんに出席を頼んで医院の仕事をして,医師会
への連絡はしませんでした。
単なる形式だけで顔も見たこともない親父の葬式に参列してもらって
も迷惑を掛けるばかりで申し訳ないと考えたからです。

要は生きているうちにどれくらい孝行をしたかが重要で,死んでか
らいくら涙を流して葬儀を熱心にしても故人は喜ばないのではと
かなり前から考えていました。
戒名も名前を付けるに当たって院の字(院号)がつくので10万円
                  (大行院釈唯念居士)
高かったとおふくろから聴かされて,それなら自分の場合は前もって
適当な戒名を考えてみようなどと本気で考えています。
そして当然ながら葬式もしない(密葬)ように頼みます。

本当に「変わった耳鼻科の先生」でしょうか ? 


4、カルテの公開について  

世論に押されたのか,厚生省の指導(陰謀)によるのか分かりませ
んが日本医師会(平成11年4月)香川県医師会(平成11年12月)
から「診療情報の提供に関する指針」の実施に向けて との書類が
届きました。

具体的には
平成12年1月1日からは(カルテの開示申込書,委任状,病状及び
治療の要約 という3枚の書類が送られてきて)
もし患者さんからの要求があればカルテを開示しなさいとの医師会の
通達です。
ですから今年からは全国どこで診療を受けても医師会に入っている
施設であればカルテを見る(コピー,要約書)事が可能になりました。

一人の田舎の開業医としてはいろいろな悩みがあります。

(問題点)

* 今までと同じようにカルテが書けるだろうか

カルテの開示を前提にした場合今までと同じようにカルテを記載出来
るかどうか不安です。
(人に見られるかもしれない日記が書けますか ?)
そもそも医師の場合カルテの内容は守秘義務があって,知り得た
個人のプライバシーに関する事(カルテの内容)は公にしてはなら
ないとの認識がありましたので,
いくら「患者は知る権利がある」「カルテは患者のものです」と言われ
ても・・・・・さてどうしたものかと正直な所悩んでしまいます。

* カルテ開示請求が出てくる場合は

受けている医療に対して信頼出来ない又は起こってしまった結果に
ついて証拠になる事実を知りたい場合だろうと思います。
カルテの開示によって本人が医療の内容について知ることは問題
ないとしても,カルテが一人歩きしてしまう恐れがあります。

* カルテの開示の内容は

もし癌,精神病,エイズなどのプライバシーについて本人が知りたい
と言えば即カルテを見せていいのでしょうか ?

* カルテ開示の実際は

誰がコピーをするか(手間) コピーの代金はどうなるのか ?

* カルテの内容を正確に理解してくれるだろうか

医学は科学といいながら非科学的な部分が多くあり,
(テレビの部品を取り替えるようなわけにいかない)治療に際して
の一喜一憂を総て治療を受ける側が知ると,不必要な混乱が生
じてスムーズな治療行為が成立しないと思います。
患者さん側も医療の途中での一喜一憂を総て説明されると恐らく
「もういいかげんにしてくれ」と言われると思います。
現実に医者の胸に納めて医療を進めていく事もよくあります。

治りにくい(又は治らない)病気も多くあります。
そのような病気の事に際して医学的内容を正確に理解して貰える
かどうかははなはだ不安です。
カルテに書いたメモ(個人の情報など)を誤解される場合も考え
られます。

カルテの公開ではなく実際の医療内容を公開する事が重要です。



5、医療費の問題について   

医療費が年々増加して健康保険の財源がなくなり税金でさらに
負担するのかという大きな問題が提起されています。
医療費が高騰するのは老人が増えて,医学が進歩(検査と治療)
していますので当然といえば当然です。

小医院を経営する側から言わせてもらいますと
検査漬け,薬漬け,悪徳医の水増し請求などが原因だと指摘されて
いますが,医療を受ける側の問題点も指摘せざるをえません。

必要以上に医院へ来たがる(保険証を使わないと損と考えて?)
患者さんがいます。
薬を欲しがる患者さん(家へ持って帰って家族で使う?)などもいて
頭を痛めます。

特に最近は乳児で医療費無料の患者さんが多く来られます。
いくら金が要らないからと言っても皆が出し合った健康保険,国民
健康保険の掛け金から出ているのです。

みんなほどほどにすれば医療の財源も助かるのではと
(正直なところ)思っています。


6、シェーバーメスについて   

ひげ剃りの道具をシェーバーといいますが,まさにそんな発想で鼻の
手術道具シェーバーメス(マイクロデブリッダー)が造られました。
これも日本人のアイデアではないようですが
今まで鼻茸の手術では絞断器といって細い鋼線をポリープに引っ掛け
てゆっくりと締めて(絞断)切除していましたが
このシェーバーメスでは直径3mmの円筒の中で回転するメスで鼻茸
を吸引しながら切り取るもので安全です。

       
         (シェーバーの先端が回転します)

鼻茸に接触するだけで簡単に吸引しながら切除出来ますので
本当に便利な道具です。


いろんな事を考えながらの平成12年のスタートです。

幸いにも2000年問題で大きな混乱もなく(パソコンがどうなるか
心配しましたが10年前のパソコンも特にソフトを変えることなく
順調に動いています)一安心といった所です。
このコーナーへのご意見などありましたら こちらまで

なお ある耳鼻科の先生の独り言パート1 は こちら です。

                     ( 平成12年1月10日 )