鬼ヶ城
会津若松城
(鶴ヶ城)

 戊辰戦争では1ヶ月にわたり新政府軍の猛攻撃に耐え、その実力を発揮したがついに開城。平成12年には干し良飯櫓と南走長屋が復元された。
安土城
 「天下人」信長と運命をともにした幻の巨大要塞
信長が本能寺の変に斃れた際に安土城も戦火で焼失。現在、城跡には築城当時の石垣が残され、山腹には信長ゆかりハ見寺がある。

江戸城
 徳川家康は関ケ原合戦に勝利し天下をとると、江戸城を天下人にふさわしい堅城にするために諸大名を動員。半蔵門付近から桜田門方面を望めば工戸城が小高い丘を利用した天険の要衝だと分かる。。

金沢城
 公園に生まれ変わった加賀百万石の本城
加賀百万石の前田家の本拠にふさわしい名城。天守はないが、石川門の海鼠壁と鉛の瓦が北国の城特有の往時の景観を演出。菱櫓・五十間長屋・橋爪
門続櫓が復元。

熊本城
 熊本城を築いた加藤清正は築城の名手として名高い。穴大衆と称される石工たちは特殊な技能を誇っていた。優美な曲線を描く「扇の勾配」の石垣を目にすれば、彼らの技量の凄さが理解できる。
名古屋城
 名古屋城は徳川家康が豊臣秀頼との戦いに備え、江戸と大坂との中継拠点として築いた。火縄銃による戦闘を想定した構造となっており、金の鯱が輝く天守だけではなく、広大な城跡を巡り歩くとすごい城であることが体感できる。

小田原城
 小田原城は“関東の覇者”北条五代の本拠として拡張を続けた。現在は天守や常盤木門、鋼門が再建され、二の丸跡には小田原城歴史見聞館なども整備されている。

大阪城
 大坂の陣に勝利をおさめた徳川幕府が豊臣時代の大坂城を基礎とし、さらに高い石垣を築くように命じ完成。現在の大阪城を巡ってみると、堀幅が広く、石垣の規模が壮大で、火縄銃による銃撃戦にも耐えうる堅城だったことが想像できる。
郡上八幡城
  城は東殿山南端、標高三百五十メートルの八幡山山頂に建てられている。 現在山頂にある模凝天守と隅櫓は昭和八年に建てられた木造で、大垣城に模して作られており、天守台・桜の丸・松の丸の石垣が完全な形で残っている。

犬山城
  徳川藩の家老格であった成瀬正成が三万五千石で入封し明治に至る。 犬山城天守は旧天守を残す十二ケ所の内の一つであり、三・六メートルの天守台石垣の上に三層四階、地下一階、戦国時代の古風な様式となっている。

松本城
 秋の夕日に映える松本城。秋の夕まぐれに漆塗りの壁板と白い漆喰が対照的で非常に美しく輝いていた。
松江城
  城主松平不昧公が有名。周りの堀には遊覧船が出ている。昔の屋形船を思い出す。城下に「小泉八雲記念館」がある。
姫路城
  姫路城は別名白鷺城(はくろじょう)ともいわれます。この姫路城は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての建築技術の粋を極めた文化財として1993年12月、法隆寺とともに日本で初の世界文化遺産に指定されました。
 姫路城は、徳川家康の次女督姫を妻とする池田輝政により建てられたもので5層7階の天守である。
 姫路城には数々の物語が残っており、千姫の物語や、宮本武蔵の妖怪退治、播州皿屋敷お菊井戸など建築以外にも多くの物語の舞台として魅力あふれるお城です。
大洲城
 2004年に完成した大洲城、城山に天守閣跡はあったのだが、城がないため市と市民の寄付によって再建された。設計図が残存していないので古い写真を基に木造で建築された。代表的な川城である。
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