大黒湯
(Daikokuyu)



 千住は江戸時代に日光街道の最初の宿場町として栄えたところである。「千住宿」とも呼ばれたが、その語源は「千手観音」から来ているという説の他、数種の説があるらしい。
 地図を広げればわかるが、このあたりは隅田川と荒川に挟まれた、陸の孤島のようなところである。江戸時代から大正にかけて、河川の大規模な改修が行われ、現在の姿に至っていることを考え合わせると、このあたりの地形は大きな歴史上の変化を受けたことになろう。いずれにしても千住は大変に古い町である。

 さて、今回紹介する千住にある大黒湯であるが、とにかく古い!そしてでかい!
 今までに何件かの破風造り(「宮作り」とも言う)の銭湯を取材してきたが、大黒湯はその中でも極めつけの一つであろう。
 私は、運良く大黒湯のご主人に接見し、「何故、東京・江戸には破風造りの銭湯が多いのか?」という率直な疑問をぶつけてみた。
 ご主人曰く「東京では、宮大工が銭湯の施工を行った。東京では、これくらいのものにしないと目立たないからだろう。」というコメントが帰ってきた。 確かに大黒湯は目立つ。
 「通常」というものはないかもしれないが、通常の破風造りの銭湯は、上下2段構えの破風を持っており、下段は唐破風、上段は千鳥破風というものが多い。上下段とも千鳥破風という銭湯もある。大黒湯は前者であるが、上段の破風はとにかくでかい。破風の中に格子まであるのだ。

 あまりの建物の大きさのために、煙突は目立たない。しかしその煙突がまたユニークである。写真をよく見てほしい。
 誰かが煙突に登ろうとしているように見える。しかも尻尾があるではないか。よく見ると猿の人形である。
 はは〜ん、これが江戸っ子のギャグか。実にユーモアがある。

 さて、ご主人によるとこの大黒湯は昭和2年の創業である。私の母と同い年である(と書けば、母が「そんなことは書かんでもええ!」と怒るかもしれないが、、、)。
 そして平成6年に改装を行ったという。改装にあたって、番台は廃止され、破風の真下にあった出入口は建物に向かって右側に移設された。このことで広大なロビーが確保され、番台はフロント方式になった。さすがに伝統的な番台は廃れるのが運命のようだ。
 このロビーであるが、実にくつろげるスペースである。
 ジュース、ビール(350cc缶ビールが250円と良心的な価格設定!)、石鹸の類の販売はもちろん、マッサージ椅子3脚、テレビ、血圧計、体重計があり、その上、鯉が泳ぐ池のある庭が見える座敷まである。
 まいった、まいった。

 ロビーにあるフロントに座るのはご主人の娘さんだそうで、次世代の銭湯の担う若き人とお見受けした。
 さてやっとの思いで脱衣室である。脱衣室にも体重計、マッサージ椅子がある。こちらのマッサージ椅子はかなりの年代物である。身長計、牛乳・コーヒー牛乳専用の自動販売機(各110円)、テレビもある。ロッカーは約60個。
 幸か不幸か、浴室には多数のお客がいたので、浴室の撮影は遠慮させていただいた。
 「平成16年3月」とか書かれた早川氏の壁画、富士山。さらに、「木曽路駅 野尻 伊奈川橋 遠景」と書かれたタイル画。なんと2本立てである。洗い場は約30箇所。他にシャワーブースが2箇所。洗面器は黄色いケロリン。
 いよいよ浴槽である。浴槽はジェット浴(座風呂)、ジェット浴(寝風呂)、バイブラ(気泡浴)がある。
 湯温は42℃。若干熱め。水風呂は15℃と恐ろしく冷たい。これにどっぷりと浸かる2人の男性を見た。イヤーよく入れますねえ。私にはできません。そして大黒湯には露天風呂もある。あまり開放的ではないが、灯篭まで置いてあり、雰囲気は十分である。露天風呂にもカランが1箇所あり、実に親切。露天風呂の湯温も42℃だった。

 ご主人によると改装前は、浴槽はローマ風呂だったそうだ。ローマ風呂とは、浴室の中央に配置された浴槽のことで、洗い場はその周囲にあるといった具合だそうだ。実はこの方式は東京ではあまり例がなかったのだという。改装後は東京の銭湯らしく、脱衣室から見て手前が洗い場、一番奥が浴槽になった。
 脱衣室、浴室ともに大変古いが、しっかりとしており、まだまだ使用できるだろうと思った。ご主人曰く「ケヤキの木を使っているので、長持ちする。」のだそうだ。浴室の柱は400mm×400mm角程度、梁背(はりせい)に至っては、600mm程度とものすごい太さである。
 改装前は、各所に銅板による内装が施されていたとか。また、番台や浴槽も大理石仕上だったという。なんというきらびやかな、、、。
 サウナはガス遠赤外線サウナ。91℃である。

 大黒湯は東京の隠れた名所であるらしい(別に隠しているわけではないが、「観光地とは違って」という意味で捉えてほしい)。東京新聞やテレビ東京のアドマチック天国にも紹介されたのだという。
 この大黒湯があと1,000年先は無理でも、あと50年先まで、100年先まで残っていてほしいと切に願うのは私だけではあるまい。この建物はもう文化財以外の何物でもあるまい。そして、銭湯を利用することもまた日本古来の無形の文化なのである。

(ご主人、フロント様、取材へのご協力、誠にありがとうございました。)

サウナ:あり(別料金)
テレビ:なし(ロビー、脱衣室にはあり)
入浴料:大人400円、小人180円、サウナは別料金400円


住所 入浴料 サウナ TV 営業時間 定休日
足立区千住寿町32-6 800円 × 15:00〜24:00 月曜日

取材:銭湯愛好会東京支部
取材日:2004年7月30日(金)



 
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