観音湯



 富山県富山市の中心地、JR富山駅周辺。この富山駅周辺の街は富山駅北口と富山駅南口に分かれ、北口は新しい町並みが広がり、南口は市庁舎、城址公園などを抱え、北口よりも歴史を感じさせる町並みである。もちろん、北口よりも、南口の方が、格段に人通りが多い。

 この富山駅南口徒歩5分程の至近距離にあるのが今回紹介する観音湯である。観音湯とは、その名の通り、観音様を祀っていることからこの名が付いたようだ。観音様といっても、「馬頭観音」という観音様である。観音様の頭の上に馬の頭が乗っかっているのである。鎌倉時代の武家社会では、馬は貴重で戦闘にかり出されたので、馬頭観音信仰が盛んになった。江戸時代になると、家畜の守護神、旅の道中の安全を守る菩薩として路傍や田舎のはずれなどに、石仏馬頭観音像が置かれるようになり、民間信仰化した。馬が草をむさぼり食うように、人の煩悩を食べ尽くして救済してくれるのだという。ありがたい観音様だ。

 さて、この観音湯、外観の写真を見ていただければわかるが非常に古い。観音湯のお客の1人が私にこっそり教えてくれた。「ここは富山で3本の指に入る有名な銭湯なのさ。」と。
 番台様も教えてくれた。「この観音様とその下にある龍を見てごらん。」と。番台の真上にあるのは、一見神棚のように見えるお堂であるが、確かにお堂の中に彫刻の像が納められている。あまりはっきりとは見えないのだが、これがこの観音湯の主、馬頭観音様なのである。

 そして、観音様に負けず劣らず、立派なのが、そのお堂が乗っかっている板の下面に施された龍の彫刻である。肉眼では、はっきりと見えないのであるが、フラッシュを使って撮影して見ると、実にカラフルではないか。この観音様と龍に守られ、この観音湯が長い年月ここに存在しているのである。

 番台様が更に教えてくれる。「そこの体重計を御覧なさい。」と。「株式会社亀井製作所 制温装置付自動台秤」と書かれたその体重計は、外側の目盛りが「貫」、内側の目盛りが「瓩」と記されている。「瓩」とはキログラムのことである。この体重計は針が一周回って、28貫、105キログラムとなる。「百貫デブ」という言葉を聞いたことがあるが、厳密に言えば、「百貫デブ」さんは体重が375キログラムもある人のことを言う。とても銭湯の体重計で測れる重さではない。

 壁にはもう動いていないとみられる古時計がある。「贈 職方一同」と書かれている。この銭湯を建造した職人達が発注者へ竣工記念に贈った時計が大切に残されている。職人達が飲み代をケチッてカンパしたお金で買ったのであろう。この時計には職人達の様々な想いが込められている。「仕事を頂いて感謝。」「この銭湯が繁盛しますように。」「この銭湯が災害に遭いませんように。」「末永くお付き合いを。」「工事中いろいろと迷惑をかけた。」など、建設業の古き良き伝統を伝えている。今の職人達はこのようなことをするのだろうか。少なくとも会社としては記念品を贈っても、個人的には何もしなくなったのではないか。

 脱衣室には鍵のかかるロッカーがあるにもかかわらず、籠がいくつも置いてある。この籠を使っているお客がいるのだ。ロッカーに脱いだものをしまわなくても、盗む者などいない、そんなお客の心が伝わってくる。実際に、取材当日、この籠に携帯電話を忘れていったお客がいたが、その携帯電話はきちんと番台に持ち込まれた。ロッカーは32個。
 脱衣室は木造であるが、浴室は鉄筋コンクリート造である。
 浴室も脱衣室に劣らず古い。真っ白であるはずの蛍光灯の笠が斑になっている。カランは相当古いがきちんと機能している。洗い場にある鏡には近所と思われる商店の広告が貼られている。もうなくなっている商店もあるのではと思うが、そのままの姿である。洗い場は21箇所。他にシャワーブースが1ヶ所あったが利用している人はいなかった。
 洗面器はもちろん黄色いケロリン。言うまでもなくケロリンは、地元富山の製薬会社「内外薬品」の頭痛薬である。浴槽湯温は若干熱めである。

 「汗を流す」という言葉がある。「汗をだらだらと流す」という生理的な意味と、「かいた汗を湯で流し去る」という物理的な意味の2つの意味があろう。銭湯ではこの2つが同時に行われている。この銭湯で私は汗を流しつつ、「平成」というごわごわした衣を流し去ろうとしていた。同時に観音様が私の煩悩を食い尽くしてくれている。「昭和」というピュアな私と、この銭湯が歩んできた昭和を重ねあわせ、心地よい気分になっている自分に気づいたのである。何の細工もないこの観音湯だからこそ、それが可能なのだろう。
 富山駅前のホテルに宿泊する時は、是非この銭湯に入浴して欲しい。ホテルの狭いユニットバスで旅の疲れを癒すのではなく、この銭湯と共に自分の人生を振り返ってみるのも、旅に楽しみであろう。

サウナ:なし   テレビ:なし(脱衣室にはあり)
営業時間:13:30〜23:00
入浴料:大人(12歳以上)350円、中人(6歳以上12歳未満)120円、6歳未満60円

住所 入浴料 サウナ TV 定休日 電話
富山県富山市新富町2-3-8 350円 × × 水曜日 076-431-4601


取材: 銭湯愛好会東京支部
取材日: 2004年8月5日(木)

 戻る