<第2回>
  ・歩いた所:栗林公園(香川県高松市)
  ・語 り 部 : 栗林公園ガイドクラブ 多田豊美さん

 今回は、栗林公園でボランティアガイドをされている多田豊美さんに、高松歴史文化道エリアにある栗林(りつりん)公園を案内していただきました。
 栗林公園は、大きく南庭と北庭に分かれていて、1周すると約2時間かかります。
 ボランティアガイドに案内して頂く場合は、南庭のみを回る1時間コースと、それに北庭の一部をプラスした1時間半コースが一般的だそうです。

 それでは、多田さんに栗林公園を案内して頂きましょう。


<栗林公園とは?>

「栗林公園は国の特別名勝に指定される回遊式大名庭園」と紹介されていますが、これはどういうことなのですか?

(多田さん)
 「特別名勝というのは、名勝のうち国が特に重要だと認定しているもので、有形文化財で言えば「国宝」に相当します。現在、全国に35カ所しかありません。」
 「また、回遊式というのは、文字通り、ゆっくり歩きながら鑑賞する庭だということです。なお、部屋に座って鑑賞する庭は『座観式』と呼ばれています。」




「大名庭園」ということは、お殿様が造った庭ですね。 

(多田さん)
 「栗林公園は室町時代に当地の豪族が築庭したことに始まるとされています。園の南西部に『小普陀』(しょうふだ)という小高い築山(つきやま)があり、公園発祥の地とされています。ここには、枯山水(かれさんすい)風の石組みが室町時代の手法で造られています。」

 「さらに、江戸時代になり、当時の讃岐高松藩主生駒高俊公によって造園が行われ、その後、入封した藩主松平ョ重公に引き継がれました。以来、五代藩主ョ恭公に至る百余年の間、歴代藩主が修築を重ね現在の姿が出来上がったのです。なお、ョ重公は、テレビ時代劇で有名な徳川光圀(水戸黄門)のお兄さんに当たります。」

<栗林公園の魅力>

栗林公園の一番の魅力は何でしょうか?
(多田さん)
 「それは、紫雲山(しうんざん)を借景にした公園全体の美しさです。庭と山が一体となって、春の新緑、秋の黄葉や紅葉、冬の雪景色など、季節の移り変わりによって、様々な姿を見せてくれます。ですから、いつ来ても、何度見ても、飽きることがないですね。」
 「栗林公園は、庭と紫雲山が合わさって公園になっていることもあり、国の特別名勝に指定される庭園の中では、最大の広さを持っています。因みに、庭部分だけで約16ヘクタールと、東京ドームの約3.5倍あり、紫雲山の部分を含めると約75ヘクタールにもなります。」


 「日本三名園として、金沢兼六園、水戸偕楽園、岡山後楽園が知られていますが、山を借景に持つのは栗林公園だけです。また、この三名園との比較について、大正時代の文部省発行尋常高等小学読本に『風致の美をもって世に聞えたるは、水戸の偕楽園、金沢の兼六園、岡山の後楽園にして、之を日本の三公園と称す。然れども高松の栗林公園は木石の雅趣却って此の三公園に優れり。』と記されています。私もこの三つの公園に行きましたが、栗林公園が一番美しいと思っています。」
栗林公園は公園全体の美しさが売り物ということですが、見逃してはならないポイントがあれば、紹介して下さい。



 「私どもが観光客の方をご案内する際には、園内にある40〜50カ所の見所を、一緒に歩きながら説明します。それぞれに素晴らしいのですが、中でも、この『鶴亀松』は、百十個の石を組み合わせて亀を形どった石に、鶴の姿をした黒松を組み合わせたもので、園内でも最も美しい松の一つです。松平家の家老が、この松の手入れに夢中になって登城に遅刻したため、禄高を百石削られたことから、別名『百石松』とも呼ばれています。」

   「これは『箱松』と呼ばれ、枝が直角に曲がって、箱のような形になっています。香川県は、高松市の鬼無(きなし)地区をはじめ、盆栽の産地として有名ですが、この箱松は地元職人による盆栽技術を駆使してつくりあげた見事な枝振りになっており、全国でも栗林公園だけに見られる独特のものです。」
<栗林公園と鴨猟>

「栗林公園」という名前なのに、園内には栗(クリ)の木がほとんど見当たりませんね。
 (多田さん)
 「栗林公園は、古くから北庭にたくさんの栗の木が植えられており、江戸時代には『栗林荘』と呼ばれていました。しかし、大半の栗の木は江戸末期の嘉永3年(1850)に鴨猟の邪魔になるという理由で伐採されてしまいました。その後、明治に入りそれまでの『栗林荘』という名前に因んで、『栗林公園』と名付けられたのです。」
「鴨猟の邪魔になる」ということは、江戸時代には、園内で鴨猟が行われていたのですか?
 「北庭は、群鴨池(ぐんおうち)と呼ばれる池を中心として、歴代藩主が鴨猟をするための「鴨場」(かもば)として使われていました。」
 「鴨猟といっても、鉄砲や弓を使うのではなく、野生の鴨を網で生け捕りにしていたそうです。この時使った網は、大きな円錐形の網に木の柄が付いたもので、丁度、昆虫採集用の網を巨大にしたようなイメージです。いわば、蝶やセミを捕まえるような感じで、鴨を捕まえていたらしいのです。」

 「では、鴨をどうやって網で捕まえたかですが、群鴨池の中に池の水を引き込んでいる『鴨引き堀』という堀があります。その奥の『覗き小屋』から、竹筒を伝って堀にえさを流し込み、まず警戒心の薄いアヒルをおびき寄せます。鴨がそれにつられてえさを食べようと、池から狭い堀の中に集まってきたところを、堀の両側で網を持って待ち伏せしていた人が、合図と同時に一斉に捕まえた、ということです。鴨の肉は強精食として喜ばれ、また、知恵があり警戒心も強い鴨を捕まえることが遊びとしても非常に面白いことから、当時はこの鴨猟がしばしば行われたようです。」

 「この鴨場は明治末頃に壊されましたが、平成6年に、鴨引き堀や覗き小屋が復元されました。今では、こうした鴨場は、全国的にも非常に珍しいものです。」
鴨を網で捕まえるとは、ちょっと信じがたい気もしますが、鴨引き堀や覗き小屋を見ていると、当時の人達が鴨を捕まえようと必死になっている姿が想像され、面白いですね。
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  こうした興味深いお話を伺いながら、公園の見所を次々に案内して頂きました。
皆様も是非、実際にガイドの方に説明して貰って下さい。栗林公園をより深く味
わうことができるでしょう。
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<ボランティアガイドになった理由やエピソード>

◇ 最後に、多田さんがボランティアガイドになった理由や、エピソードなどをお尋ねしました。
「もともと私は郷土史の勉強をしており、地元の素晴らしい歴史や文化を皆さんに広く知って貰いたいと思っていました。」
 「平成5年(1993)に東四国国体が開催された時に、当時の平井香川県知事から「国体で来県した人のために、栗林公園の案内をしてくれないか。」という話があり、県外の方を何回かご案内しました。」
 「また、翌年には、全国の高齢者がスポーツや囲碁・将棋などを通じて交流する『ねんりんピック』というイベントがありました。これに備えて県が高齢者のボランティアガイドを養成したことがきっかけとなり、私たちは栗林公園でボランティアガイドをするようになったのです。」
 「平井知事は、栗林公園が大変お好きで、度々来園されましたが、その都度、『ご苦労様です。観光香川発展のために頑張って下さい。』と声を掛けて下さいました。こうした知事の言葉も励みになって、私たちはボランティアガイドを続けてきたようにも思います。」
 「もちろん、ガイドをしていると、高松に住んでいながら全国各地の方と知り合いになって、いろいろなお話ができることも大きな楽しみです。高松藩主だった生駒氏の一族だという人を案内したこともあります。人との出会いが私の人生の大きな財産であり、喜びになっています。皆さんも是非、ボランティアガイドの案内で、楽しい高松の思い出を持ち帰って頂ければと思います。」

 ※ 栗林公園ガイドクラブの利用方法などは、こちらをご参照下さい。

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