Fine Wine ML.Miyatake
マダム ルロワ「ドメーヌ ルロワを語る」
高島屋・ルロワ共同事業30周年に寄せて

2002年11月14日 東京


マダム・ルロワ 私たちのブドウとワインについて、お話できることを嬉しく思います。

 私どものワインについてお話するには、バイオダイナミクスについて説明しなければなりません。1988年以来、私どもでは、バイオダイナミクス栽培法によってブドウの栽培、ワインの醸造を行っています。
 このような栽培法を選択したのには理由がございます。私は長年の経験から、いわゆる「従来型」ブドウ栽培方に漫然と従っていたのでは、ブドウ、そしてブドウの世界に関する知識を深めることはできないと考えるようになりました。従来の方法は技術的には優れた成果をもたらしますが、私は除々にそれに不満をもつようになってきました。
 事実、ブドウ栽培に対するアプローチはもっと違ったものであるべきだと考えております。土、下層土、ブドウ、すべてのものの内に「生命」を見出すこと、そしてどんな生命をも奪わないこと、、、これが何よりも大切であるという認識に至ったのです。除草剤、殺菌剤、農薬、殺虫剤、そういったものを使い続けていれば、結局は「殺人剤」を撒いていることになってしまうのではないでしょうか。
 あらゆるものは生きているという原則を立て、生命の理解に努め、そして大地と植物との親密な関係を築くこと、これがバイオダイナミクスの精神であり、創始者ルドルフ・シュナイター(1961-1925)の哲学です。
 バイオダイナミクスは商業的なブランド、ファッション、流行につながる道ではありません。万物は命をもち、生命力に溢れ、ダイナミックな共振の中にあります。それを深く理解する思想がバイオダイナミクスです。大地であれ、植物、動物、人間であれ、この「生命」を何にもまして尊ばなくてはなりません。
 2500年以上も前に、ピタゴラスは「動物や下等なものたちの王国に敬意を払わぬ限り、人は平和と愛の何たるかを知ることはないであろう」という言葉を残しています。
 バイオダイナミクスは生きとし生けるものすべてを理解し、それを大切にしようという考え方です。ゲーテの言う「植物の生物としてのペルソナ」を理解し、人間が犯した過ちによって弱められ、病んでいた土と植物、つまりは生物を救済する、否、むしろ新たに生命力を注入しようとするものです。
 バイオダナミクスが「生命力」をもたらすのはなぜか?
1. 第一に、薬効のある植物とミネラルからなるバイオダイナミクス的肥料を使用してエネルギーを補給します。
2. 次に惑星によって表わされる黄道十二宮の星座、太陽、そしてとりわけ月から私たちに降り注ぐ天体のエネルギーを利用します。

(1)ここでバイオダイナミクスで用いる肥料とは何か、もう少し詳しくお話しましょう。
 ここで選択する物質は、機能が弱まったり、病んでいる生物の治療に適しており、そのような作用によって活性化する性質をもっています。この活性化、ホメオパシーの用語では震とうを行うことにより、選択した物質の本質的な性質と遺伝子的「情報」を抽出します。
 このように活性化され、生命力に溢れた物質を取り込むことによって生物は力を得、ブドウ栽培の場合であれば土やブドウが丈夫になり、菌、ウィルス、病虫害などへの抵抗力を得ることができます。
 ブドウと土を強く育てるには3種類のバイオダイナミクス的肥料があります。
 第一は、Maria Thumというもので、一種の高濃度肥料です。構成は牛糞(バケツ5杯)、玄武岩(500g)、卵の殻(100g)で、これをノコギリソウ、カモマイル(マトリカリア)、イラクサ、カシの幹、タンポポ、カンコソウなどの薬草から作った酵母とともに敷きます。薬草の一部は予め動物の臓器の中で発酵させたものを使用します。Maria Thumは多種多様なバクテリアを含み、これらがお互いに影響・共鳴しあう中で土に生命力を吹き込み、さらに分解プロセスを活性化します。さらに、この肥料は植物が必要な土と腐葉土の組成を助けます。
 第二は、“500”というルドルフ・シュタイナーがブドウの根を強化するために発明した肥料です。根は植物の頭脳というべき部分です。“500”は、牛の角に牛糞を詰め、冬の6ヶ月間土中に埋め、その後6ヶ月陽光にあてて作ったものです。このエネルギーたっぷりの“500”は、牛の角から吸収した生命力を余すところなく植物の根に与えます。(牛の角は牛が死んだ後も長い間エネルギーと生命を保ち続けます。このエネルギーは測定することが可能です)。植物の根は力を得て、下層土中に深く伸びていきます。“500”は植物と栄養のある土を結びつける上で重要な菌根の成長を即します。強くなった根はより良い樹液を生み出し、その樹液はブドウの幹をつたって、ブドウの果汁となります。それがワインになるわけです。このように造られたワインはまさに母なる地球のこどもなのです。
 第三は、“501”、ルドルフ・シュタイナーが植物の根から上の部分の強化を目的に発明したものです。牛の角にシリカを詰め、夏の6ヶ月間土中に埋め、その後6ヶ月冬の日光にあてて作ります。活性化した“501”を50リットルの水に溶かし、1ヘクタールにつき4グラムを散布します。このシリカ水は、植物の葉が空気中の二酸化炭素を吸収する重要な作用が強化され、葉の葉緑素の作用が活発になります。酸素は吸収されず、炭素が糖質に変化し、植物の栄養になります。そして春から秋にかけて、植物は葉を繁らせ、華を咲かせ、果実を実らせ、新たな芽を伸ばします。

(2)この3種類の重要な肥料のほかに、バイオダイナミクスは地球に降り注ぐ宇宙の力を利用することを教えてくれます。バイオダイナミクスでは、地球と宇宙の微妙なつながり、その類似性、そして相互依存性についての理解について学びます。
 宇宙の4つの要素は土、水、光、そして火です。これらは私たちの惑星、地球の自然の中に見出すことができます。

土: 地層の下暦土
水: 地下水、海、雨
光: 大気の流れ(風)
火: 熱変動
 そして、この同じ4つの要素は植物の生命の中に完全な調和をもって存在しているのです。
土:
水:
光:
火: 果実
 黄道十二宮の星座はそれぞれが発する光の性質により土、水、光、火に分類されます。これらの光は惑星、太陽、月によって反射され、私たちのもとに惜しみなく降り注ぎます。太陽は1年間、月は27日間、黄道十二宮の星座を運行し、星々の重力の影響を受けます。そのエネルギーが大きな影響をもつことはだれも否定しないでしょう。バイオダイナミクスはこれを上手に利用することを教えてくれるのです。
 例えば、月が黄道十二宮を通過するとき、毎月、獅子座に到達するまでの数日間の間に「火」の光を反射します。月が鏡のように反射した光は地上に届き、ブドウのような果樹にとても良い影響をもたらします。このため、毎月のこの数日間を最大限に利用しなくてはなりません。弱くなったり、古くなった株を剪定するほか、バイオダイナミクス肥料を撒いたり、畑を耕して大地を天体エネルギーにあてたりする作業をします。四季のうちはもちろんのこと、1日、1時間のうちにも、作業に適切な瞬間があり、その作業によって植物の根、葉、果実に力を与えることができます。
 このようにブドウを育てていると、その土壌独特のエッセンスを吸収したブドウを収穫することができます。果実に含まれるイーストの働きと発酵の様々な秘密の過程の中で、ブドウはかつての栄養源であった二酸化炭素をすべて吐き出し、育った土の味、風味、香りをじかに受け継いだワインを生み出します。だからこそ、「ワインは世界のエッセンスの味をもつ宇宙の贈りもの」と呼べるのです。
 すべては生命力につきます。宇宙は天体の生命力に満ち溢れる無限の存在です。そして命は生命力の発現なのです。

 私が申し上げたことの正しさと、ドメーヌ・ルロワで15年以上行われているバイオダイナミクスの成果を確かめていただくために、1999年最高級ヴィンテージワイン3種類をもってまいりました。それについて一言申し上げさせていただきたいと思います。


1999年ヴィンテージ
 1年のうちには寒さと雨、暑さがかわるがわるやってきます。その移り変わりがそれぞれの年のヴィンテージを描き出し、その性格に最後の仕上げを加えていきます。

 99年の5月は雨が多かったのですが、5月21日にようやく太陽が顔を出しました。ドメーヌ・ドーヴネーの「クリオ・バタール・モンラッシュ」(“Criots Batard Montrachet”)で最初の花が開花したのは30日でした。すべてすばらしい香りを放っていました。6月の4、5、6日と3日間、続けて雨が降った後に気温がとても高くなり、一斉に花が咲き始めました。幸いなことに6月14日の嵐の影響はなく、18日までにはほとんどの畑で花が咲き始めました。季節が進むにつれ、雨が多くなり、低気圧のせいかウドンコ病やオイティウム病が発生しましたが、用心していたおかげで私どものところでは被害はほとんどありませんでした。そして7月20日、ついに待ちに待った夏の陽光と暑さの季節が到来し、収穫時期まで良い天候が続きました。9月9、10、11日に試しに収穫したブドウはすばらしい出来で、しっかりとした皮の厚いブドウは最高でなんとアルコール換算平均14.5度を超える糖度がありました。今までにない高い数値です。
 もう収穫しても良い時期でしたが、コート・ド・ボーヌの公式の収穫開始日が9月15日だったのと、シャンベルタン村とコート・ド・ニュイの一級(プルミエ・クリュ)ブドウ畑の収穫開始日が18日だったため、9月15、16、17、18、19日に2つのドメーヌの白ワインとグラン・クリュのコルトン・ルナルド(CORTON RENARDES)を含むコート・ド・ボーヌ全体、村とコーと・ド・ニュイのプルミエ・クリュの収穫を行いました。コート・ド・ニュイの特級畑(グラン・クリュ)は9月20日の公式収穫日を待たなければなりませんでした。その間、19日の夜に少量の雨が降り、太陽はまた出たのですが、収穫したブドウのマストの糖度はもはやアルコール換算14.5度ではなく、13.5度、14度でした。しかし、この結果には大変満足しています。
 収穫作業は24日の正午に終わりました。21日の夜に少し雨が降ったのですが、22日、23日の2日間、そして24日の昼までは一滴の雨も降りませんでした。ところが24日、収穫が終わったとたんに突然雲行きが悪くなり、ブルゴーニュ地方は大荒れになったのです。まさに間一髪でした!その後、4、5日間しずかに寝かせ、ついにかの魔法を使うときがやってきました。しずかに始まった発酵の過程で、ブドウは神秘的な変化を遂げていきます。ブドウはそれに含まれるイーストの作用によって分解され、糖分がアルコールに変化します。アルコールによってイーストは死滅し、その生命のエキスがワインの中に残るのです。

コルトン・ルナルド1999
生産量:2200リットル/ヘクタール、アルコール度:14.9度、PH3.21
(220ガロン/エーカー)
 この卓越したワインを生み出すのが、コルトン・シャルルマーニュのさらに上に位置し、シュマンノートルダム寺院を見下ろす1.2エーカーのブドウ畑です。この畑の収穫は9月15日の午後4時、すばらしい天候のもとに行われました。摘み取りが終わり、重さを量った後、ブドウは32番容器の中に除梗・破砕を行わずにそっと入れます。おれは私どもでの決まりごとです。ブドウの温度はこのとき17度でした。4日間しずかに寝かせ、凝縮されたブドウ液はしずかに発酵を始め、9月30日まで力強い発酵を続けた後、10月1日に終わり、その日にワインを容器から抽出しました。
 絢爛たる色をもち、生命力に溢れるワインです。このワインを説明したり、表現するのは容易ではありません。言葉によってワインの心と品格を説明することは不可能でしょう。香りはイチゴでもなく、ラズベリーでも黒スグリでもなく、もちろんロシア革製品にも似ていません。何が違う、そう、生まれた土壌から受け継いだそれ自身のアイデンティティをもっているのです。もう一度申し上げたいのは、耳を澄ませて、ワインの声を聞き取って欲しい、ワインに自らを語らせて欲しいということです。じっと心を研ぎ澄ませているその瞬間に、ワインはあたかも精霊のように、鉱物、つまり土がもつ命の秘密、そして植物であるブドウの生命がもつ不思議についてそっと語り出すでしょう。
 こうして、幸運な人だけがコルトン・ルナルドの中にブドウの神秘的な香りを嗅ぎ、ブドウの果実の芳香を味わいつくすことができるのです。今日ここにある、このワインのアロマ、ボディそして香りはすべて突出してすばらしく、その見事なボリューム感と、卓越した越の強さ、そして気高さを堪能されることと思います。

クロ・ド・ラ・ロッシュ1999
生産量:2050リットル/ヘクタール、アルコール度:14度、PH3.27
(205ガロン/エーカー)
 この畑は1.64エーカー(66.5アール)の面積があります。ここのとても古いブドウの株には、化学農法からバイオダイナミクスに切り替える際に、大きな負担がかかってしまいました。美しく、心を励まされる畑です。
 収穫は9月22日の午後1時で、空気が乾燥した曇りの日でした。21日の夜、少量の雨が降りましたが、風のおかげですぐに乾きました。摘み取って容器に入れたブドウの温度は16度でした。発酵は26日しずかに始まり、例年通りの過程を辿りました。10月7日、比重0.990で澱引きしました。
 このワインは濃く強い色合いで、花の香りと土の香りがしっかりと複雑に交じり合っています。印象的なボディをもつしっかりとしたワインで、すでに力強く、堂々とした性格をもっています。その余韻は永遠に続くかのようです。

ラトリシエール・シャンベルタン1999
生産量:2350リットル/ヘクタール、アルコール度:14度、PH3.25
(235ガロン/エーカー)
 1.4エーカー(57.15アール)のこの畑は、1991年の6月22日と8月22日の雹により、大被害を受けましたが、ようやく立ち直りました。
 クロ・ド・ラ・ロッシュに続いて、涼しい天候の9月22日に収穫を行いました。ブドウは習慣通り、除梗・破砕を行わず、19番容器に入れました。ブドウの温度は16度で、発酵は26日の朝にしずかに始まりました。1回目の粕帽をつき沈めるカイ突きを行い、ブドウ液は上の方に上がってきました。熟成したワインは10月8日、比重0.990で澱引きしました。
 深い色のこのワインは凝縮したフルーツの純粋さと、忘れがたい高貴な香りをすでに持っています。口に含むと、しっかりとした豊潤な味わいがあり、後半は豊かなタンニンが溶け込んだダイナミックな余韻が残ります。


 今までご紹介した3種類のワインには、そのボディに刻み込まれたかのように、生まれた土地とブドウの樹がしっかりと染み込んでいます。
 私にとって、ワイン造りとはそこに到達する過程なのです。3週間ワイナリーで振るう腕前だけではありません。土を、そしてブドウを理解するために1年間を費やし、そしてブドウを教育し、育て、愛さなければなりません。“vigne(ブドウの樹)”という単語の起源であるサンスクリット語のVANE、「愛する」という言葉が表す通りです。
 ブドウと土壌、そして植物は、私たちによってワインが生み出されることを願っているかのように思えます。私たち人間の役割は、おそらく生み出されないままになっているのものたちの創造に努めることなのでしょう。スイスの錬金術師、パラセルス(1493-1541)の言葉のように。それとも、あるいは、ジッタ・マラスが記録した『天使との対話』の天使が語るように、「あなたの役割は奥深くにあるものを育てること、そしてそれを生み出すこと。ほかには何の役目もない」のです。


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