蓮如上人の生涯とその教え (仏教研修会 第311回) 1999/7/25
千葉 乗隆

<仏教研修会>
実如上人時代の本願寺(2)

1、本願寺、勅願寺となる

  • 「本願寺留守職手実公験目録」 (本願寺文書)
        兵部卿宮(守邦親王)安堵令旨案(元弘2年・1332)

    本願寺ならびに久遠寺、御祈祷所たるべきよしの事、
    先度すでに仰せ下されおわんぬ。したがってすなわち親鸞聖人影堂敷地、門弟等の進止、 ならびにかの留守職の事、

    証文の道理に任せ、管領を全うせしめ給うべし。 宮将軍の令旨によって、執達くだんの如し。
        元弘2年6月16日          左少将 判
    謹上 中納言法印房(覚如上人)

  • 「柳原家記録」後柏原天皇の綸旨(永正13年・1516)

    東山大谷本願寺、代々の例に任せ、勅願寺として、よろしく長日の勤行をいたし、 四海の安全を祈り奉るべし。天気かくの如し。よって執達くだんの如し。
        永正13年2月26日           右中将 判


    2、朝廷より香衣(紅)を賜る

  • 「御湯殿上日記」延徳2年(1490)7月24日

    夕かた雷なり雨ふる。二宮の御方御申す。本願寺、香衣の勅裁、昨日なされし御礼に、 知恩院つれて祇候。御香筥、小高檀紙まいる。

  • 「華頂要略」(巻33)永正18年(1521)3月

    光兼法印(実如上人)永正18年3月、主上(後柏原院)御即位の料足、これを調進す。 賞として紅衣を賜る。明応9年践祚の後、無足なるによって20ヶ年余り御延引か。

    3、青蓮院から香袈裟・紫袈裟の着用許可

  • 「若宮御出家雑記」永正11年(1514)

    永正11年3月30日、後柏原天皇の第三皇子が青蓮院で得度の時、 本願寺から二千疋(20貫)進上して香袈裟の着用を許される。

  • 「華頂要略」永正15年(1518)

    永正15年3月、後柏原天皇の皇子尊鎮親王が授戒したとき、本願寺から一万疋進上して 紫袈裟の着用を許される。


    4、蓮如上人、色衣をネズミ色に改める

  • 「実悟旧記」蓮如上人の本尊焼却についての実如上人の感想

    善如上人、綽如上人、両御代の事、前住上人(実如)仰られ候。両御代は威儀を本に御沙汰候し由、 仰られ候。然ば今に御影に御入候由仰られ候、黄袈裟、黄衣にて候。

    然ば前々住上人(蓮如)御時、あまた御流にそむき候本尊以下、 御風呂のたびごとにやかせられ候。

    この二幅の御影もやかせらるべきにて、御取出候つるが、いかがと思召候つるやらん、 表紙に書付を、よしわろしと、あそばされて、とりおかせられ候。

  • 「本願寺作法之次第」

    衣の色は、うす墨にて、加古の教信の意巧を本と御まなびにて候と也。 親鸞聖人の仰にて蓮如上人の御時、実如上人の御時までも、うす墨にて侍りし、 近代は末々の人まで黒衣になり候。

  • 「空善記」

    A、蓮如上人仰に、衣は墨黒にすること、しかあるべからず。衣はねずみ色なり。 凡夫にて在家の一宗興行なれば、いずくまでも、うえした、とうとげせぬなり。

    B、知恩院の法然上人の御影、黄衣を着用するを、 蓮如上人の意見にて、 すみぞめの衣に改める。文明19年(1487)頃。

    注:
    法然上人
     浄土宗の開祖 諡号(しごう:おくりな)円光大師等 (1133年〜1212年)

    虫干会(むしぼしえ)
     今年は8月8日に開催 安楽寺 寺子屋共催
     講師 松永住美先生 「美馬の埋蔵文化財について」
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