オルゴールの少女



 新緑の五月が訪れた。
 病院の庭のアカシヤが、もう暑くなりはじめた日差しをうけて、無数の葉をきらきらときらめかす。
 そよ風を受けて、その葉の一枚一枚が生の喜びをうたっているようだった。
 二階の十七号室、ぼくはこの大部屋が好きだった。
 そこには他の病室にないほがらかさがいつも満ちあふれている。
 病院の一室ではなく、まるで保育所に入ったような錯覚におちいりそうだ。
 病院にいる本当に短期間のうちにここの子供達はみんな仲良しになってしまう。
 ぼくが病室にはいると、必ず二三人の子供達が走りよってくる。
「先生、ぼく、ほら、こんなに元気になったよ。」
「先生、ぼくいつ帰れるの?」
「先生この消防車、すごい音がするんだよ。ウーウーウー。」
「先生!先生ったらー。」
 子供ほど正直なものが、この世の中にあるだろうか。悲しいときにはすぐに泣きだし、痛くつらいときには、じっとそれに耐えているが、少しでも快方に向かうと、もう彼らの前に敵はない。誰がしかっても、むくむくと起きあがり、、最初はおそるおそる、ついで、そろそろと、そしていったんどうもないことがわかると、歩く前に走り出してしまう。

 その広い十七号室の一角に、いつもひっそりとしている親子がいた。
 まだ若いその少女の母親は、何とかして、その子を、他の子供達と遊ばせようと努力するのだが、少女はどうしても他の子供達の中に混じってゆかないのだった。
 三年前に第一回の手術が行われた。小児を侵す癌であった。
 二年前に再発し、そのときは放射線療法が著明な効果をあらわした。
 一年前にふたたび再発し、二度目の放射線治療が行われた。しかし、今回は放射線治療の効果がみられず、最近出現した新しい抗ガン剤による治療をはじめていた。
 週に二回の抗ガン剤の注射、これが、ぼくにあたえられたつらい役目だった。
 子供の血管は細くて、見つけにくい。
 何度もの注射で、よくみえる静脈はしだいにダメになってゆく。しかも、注射液は劇薬だから、少しでも血管の外にもれると激烈な痛みとともに、周囲の組織をくさらせてしまうのである。

 ぼくが、病室にあらわれると、少女は決まって、こわそうに母親にすがりつく。
 しかし、決して泣きわめいたり、注射を拒否したりはしない。
 注射しないほうの手で、母親の手をしっかり握ったまま、黙って注射の痛みを耐えるのである。
 この少女のベッドのそばに、いつもオルゴールがおかれていた。
 オルゴールの上には白いドレスを着たバレリーナの人形がついていて、「白鳥の湖」のメロディが流れると、踊り子がくるくると回るのである。

 ぼくは、昼休みなどに、よく少女を病院の中庭の芝生に連れ出して、ボールで遊んだ。
 そんなとき、少女は時折、病室では全く見せたことのない子供らしい笑顔をみせることがあった。

「もう抗ガン剤の使用は止したほうがいいね。白血球が著しく減少している。これ以上続けるのは危険だ。」
 ある日、少女の血液像を検討していた医長が僕にそういった。
「お腹の腫瘍はあまり小さくなっていないようです。」
「しかたがない。これ以上は危険だ。一週間様子を見た上で、退院させたまえ。」
「退院ですか。」
「そうだ。これ以上あの子を病院にしばりつけておくのはかわいそうだ。病院でなすべき事は、これで一応終わったのだから、血液像が悪化を続けていないことを確認した上で、家へ帰してやるのが、一番いいのじゃないかね。」
「しかし、もっと他に、何とかしてやれることが・・・・」
「あると、君はいいたいのかね?放射線治療、抗ガン剤療法、それから何があるのかね。」
「いえ、何も・・・」

 医長と話をしながら、僕は体の中を風が吹き抜けるのを感じていた。
 自然科学が隆盛を極め、医学もめざましい進歩をしている。
 なのに、僕が、この少女に言えるのは、なすべき事はすべて終わったから、家に帰って、死を待ちなさいということだけではないか。

 注射をこれ以上しなくてよいことを、少女は何よりもよろこんだようだった。
 病室でいままで一度も見せたことのなかった笑顔がみえた。
 机の上のバレリーナがひさしぶりに音を奏でながら踊った。

「・・ちゃん、わたしもうお注射しなくてよくなったの。私、もう治ったの。」
 そう人形に話しかける少女とは対照的に、母親の表情は暗かった。

「あの子、あとどれくらい生きられるのでしょうか?」
 病室の出口のところで、母親は僕に小声でたずねた。
「おそらく、あと一、二カ月、長くても三ヶ月までだと思います。」
「まあ、そんなに・・・前の時はよく効いたのに・・・先生、何とかして、今度も前のようにかたまりを小さくする方法はないのでしょうか。お金はいくらかかってもかまいません。今はあの子が私の唯一の生きがいなのです。どうか、先生あの子を助けてやって下さい。」

 母親の目から涙があふれでた。ぼくは答えることばがみつからなかった。
 しばらくの沈黙のあとに、母親がいった。
「本当に無理を申し上げてすみませんでした。たしかあと一週間で退院といわれましたね。実は、あのこの父親お両親が九州に住んでいて、とてもあの子に会いたがっているのです。残された時間をあちらにつれていって、すごそうかと思いますが、いかがなものでしょうか。」
「いいでしょう。向こうの病院にくわしい紹介状を書いてさしあげます。」

 退院がせまったある日、ぼくは少女と母親を病院から連れ出した。
 主治医付きの外出である。前々からの少女との約束を果たす日がもうなくなりかかっていたからである。
 あまり歩かせないようにとの配慮から、車を利用した。
 空には一点の雲もなく、日差しは、もう夏のそれのように暑い。
 その青い空を背景に鯉のぼりが勢い良くおよいでいる。

 公園の近くに車をおき、動物園の門をくぐった。
 少女は長い病床生活をしていたとは思えないくらいに元気だった。
 小走りにフラミンゴのところに走ってゆくと、手をさしのべながら、
「先生、この鳥大きなくちばしをしているわ。何て鳥かしら。」
 といいながら、カタカナの文字を一つ一つたどる。
 さるがノミをとっているといって笑う。
 ライオンの檻のまえでは、大きなうなり声に後ろにすっ飛んで逃げる。
 くまは大きな岩みたいだという。
 ペンギンの歩き方をまねて歩く。
 象の鼻に穴が二つあったといってびっくりする。
 キリンは背が高すぎてかわいそうだという。

 余りのはしゃぎように、母親は僕のほうを心配そうに振り返るのだった。
 一時間ほどの見物の終わり頃には、少女はさすがに疲労の色をみせてきた。
 動物園をでて、公園に入ると、池のなかを様々な色をした大きな鯉が泳いでいた。
「鯉はね、とっても元気のいいおさかななのよ。おかあさんの背の何倍もある滝だって、上れるの。恵子ちゃんも早く、元気になりましょうね。」
「わたし、来年一年生でしょう。ねえねえおかあさん、わたし、早く学校に行きたいな。」
「そうね、早くランドセル背負って、学校へ行くようになってもらいたいわ。」
「学校はいいな。すべり台も、ブランコもあるし、・・・あれ、ママどうして泣いているの?」
 母親はたまらなくなったのか、思わず目にハンカチをあてていた。

 池の側の芝生で、弁当を開いた。
 母親が用意してきた昼食を三人でほおばった。
「恵子ちゃん、しんどかったら、横になっていいのよ。」
 元気そうにしているけど、疲れている、と僕は思った。
 車までは背負って帰った。

「私ね、退院したら、九州のおじいちゃんのところへ行くのよ。海がとっても近いの。おうちから裸になって泳ぎに行くのよ。」
「先生も、そんなところへいってみたいな。」
「わたし、手紙書くわ。」
「きっとだよ。」

 二ヶ月後のある日、僕のもとに小さな小包と手紙がとどいた。
 あの少女の母親からのものだった。

・・・・入院中は、真心のこもった治療をありがとうございました。退院以後、この地、九州の祖父母のもとですごしてまいりました。
 祖父母は大変なかわいがりようで、もう恵子のいうとおりにしておりました。
 二週間ほど前から、急に元気がなくなり、当地の病院に入院させておりましたが、昨夜、とうとう他界いたしました。
 生前、先生にあれほどかわいがっていただき、お礼の申し上げようもありませんが、あの子がもっていた形見の品をお送りいたしますから、お受け取り下さい。
 これからの先生のご活躍をお祈り申し上げます。・・・・・

 包みを開くと、いつも少女が机の上においてあったあのオルゴールが入っていた。
 白いドレスの人形は、今日も愛くるしい目を開いてみつめていた。






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