”No Man Alone” (ペンフィールド自叙伝)
ワイルダー・ペンフィールド著 古和田正悦訳 西村書店
「ひとは独りで事をなしえない」
あまりにも有名な脳神経外科医の自伝。
若いときから、脳神経のための研究所の設立を夢として、モントリオールにそれを実現した物語。
「しかし一本の松明はなお燃え続けていた。
それはコスのヒポクラテスから2千年以上もの間医師から医師へとうけつがれてきた。
ときにはゆらめいて光を減じたが、決して消滅することはなかった。」
「患者にとって、予期しないで与えられた生命は、計り知れない贈り物に見えるに違いない。そう私は思う。
死の恐怖に直面した後に一時的に得られた命は新しい意味をもち、思慮深く勇気ある人の心に特別な喜びをもたらすにちがいない。」
「失敗を心に留めないで、さらに希望をもって努力し、失敗による失意を忘れようとする。
これは私の弱点であるが、またときにそれが力にもなると思っている。」
「医学というミステリーで、隠れた原因を探究して犯人を逮捕することは興味深い。
・・・・・・しかし、医師は探偵であると同時に、治す人であるべきだ。
診断するだけでは十分といえない。」
「何らかの外科的治療があるのだろうか。
やがて将来、よりよい効果のある薬が作られるのを期待して、薬物療法をすすめるべきなのだろうか?・・・・・・・・・・。
てんかん患者から相次いで治療を求められて、私は苦悩していた。
私はてんかん発作の起こる機序に関心をそそられ、斬新な見解に到達するような、確かで新しい手がかりが必ずあると感じていた。」
「しかし、外科医はいつも待つことができるとは限らない。
外科医はときに日和見主義者になる必要がある。
患者の要望を知り、患者の期待にそう。」
「今、本当のことをいうなら、私も心の底では恐れていた。
しかし、それを表に出してはいけないことも知っていた。
それから四日間、私は不安にさいなまれたが、外見上は楽天的にふる舞った。」
「しかし、医師は奇跡を売っているのではない。
患者が人生行路をたどり、上陸できる港まで航行し、もう二度と船出しなくても良くなったときに、はじめててんかんが治癒したといえるのである。」
「コーンは疲れを知らないようだった。
前の晩に研究所で研究員と一緒に働き、それから眠そうな外科のレジデントをつれて、すべての患者を回診した。
それにもかかわらず、毎朝、時間正しく笑い声をたてながら、やるぞといわんばかりに出勤してきた。」
「私の生涯のうちには絶望的になったり、やらなければならない仕事の洪水でおぼれてしまうのではないかと思い悩んだ時期があった。
・・・・・・私たちは何もかも忘れて眠れるだけ眠った。
ようやく目をさますと、生活は長期の見通しのうえで営まれることを知り、その一週間が無限のように思われた。」
「そのように医師は人間の魂の秘密に迫るし、また他人からは見えないような希望や恐怖、そして悲哀を理解する。
医師は短い間であるが、患者とその悲しみや喜びをともにする。
・・・それから医師はその患者を離れ、そしてまた次の患者の相手となる。」
「バランスのとれた生活のなかでこそ、人生の決断も下され、インスピレーションもえられる。
それには何が最も大切か?
・・・・・・・私の場合着想はふだん話したり笑ったりしているときに他の人たちから、ヒントが与えられた。
またある時は沈黙のなかで、静けさのなかで、着想が得られた。
このような場合、科学者は個人的信念を明確にしようと心がけたほうがよい。」
「ほとんどすべての症例で、コーンと私はいくつかの点で反対意見を述べ、二人の白熱した討論は評判になった。
・・・だが、コーンと私が論争をどれほど楽しんだか、二人がどんなに深く理解して好意を持っていたか、たぶんそのようなことは誰も知らなかった。
意見がないよりはずっとましだと思いながら、私たちはまた仲直りして、毎日の研究を笑いながら、進めた。」
「私の最初の弟子だったビル・コーンはもはや弟子ではなくて、彼自身が主人だった。
彼は急速にすばらしい手術者となり、技術も優れていた。文献をさっと読みこなして、百科事典のような知識を身につけていた。
コーンは看護婦やインターン、それに研究員にとって疲れを知らぬ教師だった。
患者にとっては眠らぬよきサマリア人であり、同僚にとっては没我的な友人だった。
・・・・・・私たちが一人ではなし得ないことがチームワークで可能となっていた。
私たちは共通の目的をもち、・・・」
「こんな恐ろしいスピードで進むのはやめましょう。
名声なぞ考えてもいません。義務を果たしたいだけです。
その義務とは?
神が私に見つけさせようとしている秘密を発見することです。
・・・。
子供達が砂のように私の指の間から時とともにきえないうちに、子供達を抱きしめ、理解したいのです。
時がめぐり、時は過ぎても、私はあなたの傍らにいたいのです。」
「チームのキャプテンの問題はどこでも誰でもいつも同じである。
すなわちチームを選定すること、そして、よく選ばれたさまざまな目的に向かって各人と共同で研究することである。
キャプテンは一つの技能をマスターした上で、トランプのジャックのように、他の人のかわりもできなくてはならない。
・・もう一度、日の出にたとえるなら、夜明けに黄金の光が射す場所を求めて、暗黒の中をあらゆる方面で手がかりをつかむことが問題なのである。」
「研究所は総合的な教育病院に隣接してたてられるべきである。
そうすれば、すべての診療科と密接な関係を保つことができる。
研究所と病院の間で、お互いに診療と協議が活発に行われるにちがいない。」
ドイツの詩人ゲーテはこういっています。
「あなたが人生で望むことを正確に知ること、それが重要である。なぜなら、あなたはそれを手に入れる可能性が高いからである。」と。
あなたの予算見積もり額を話して下さい。
時間がかかるのは、仕事でなくて、仕事にかかるまでだ。
「私は人生の早い時期にこの世でなすべき仕事があると確信した。
すなわち、脳神経外科医になること、神経疾患の患者の要望に基礎科学を応用すること。
それは卒後研修生として、二度目にオクスフォード大学を訪れてからだった。」
「目的は本質的でないといけませんし、着想は現実的でないといけません」
「私の将来に対する希望はあなたと同じです。どうぞ確信して下さい。私たちは最善を尽くします。
患者を思いやり、親身に治療し、同時に疾患を解明し、学問的な治療法も確立したいと思っています。
このことを決して忘れません。」
「個人的な人生哲学に関する限り、私は最終的に優先順位を決めていた。
第一に考慮すべきは、妻子に対する責任であり、
第二はこの世界における自分の研究に忠実であること、研究するためのチームワークを発展させることで、
第三は日常生活における友情と幸せだった。」
「(オッペンハイマーがいうように)私たちの信念、私たちを結びつける秘めた信念、それは知識が善だ、ということです。
それは科学者としての私たちとともにあり、人間としての私たちとともにあります。
私たちは手段であると同時に目的であり、発見者であると同時に教育者であり、俳優であると同時に、観客でもあります。」
「ひとは独りで事をなしえない(No man alone)。
この言葉はこの物語でしばしばくりかえされた。
そしてそれはより深い意味をもつことに気づかれたことだろう。
研究者には他の研究者の才能と批判が必要であり、それは当然の事である。」