平静の心
Aequanimitas オスラー博士講演集 日野原重明 仁木久恵訳 医学書院
この講演はオスラーが1889年5月1日にペンシルバニア大学を去るときの卒業式での告別講演であり、オスラーが39歳のときのものである。これはオスラーがのこした講演の中で最も有名なものである。
沈着な姿勢に勝る資質はない
まず第一に、内科医・外科医を問わず、医師にとって、沈着な姿勢、これに勝る資質はありえない。ここで、医師に不可欠ともいえる身体に備わる美徳にしばらく目を向けていただきたい。
諸君の中には、これまで、幾度か危機に遭遇してはきたが、いまだに沈着な姿勢を身につけることができなかった方がおられるかもしれない。そういう人たちのために、その重要性について、いささか私見を述べ、それを身につけるのにはどうすればよいかについて、参考までに、一言申し上げたい。
沈着な姿勢とは、状況の如何にかかわらず、冷静さと心の落ちつきを失わないことを意味する。嵐のまっただ中における平静さ、重大な危機に直面した際に下す判断の明晰さ、何事にも動じず、感情に左右されないこと、・・・
不幸にもそのような資質を欠いた医師、すなわち優柔不断で、いつもくよくよし、それを表面に出す医師、日常生ずる緊急事態に狼狽し、取り乱す医師、こういう医師はたちどころに患者の信頼を失うことであろう。・・・・
・・・実践と経験を重ねることによって、大多数のものはこの資質を身につけることができるものと思う。要は、諸君の神経を完全に制御しておくことである。最悪の事態に直面しているからといって、心の動きをそのまま目に見える行動にあらわしてしまうもの、ごくわずかにせよ、心配あるいは恐れの気持ちを顔に出すもの、そういう内科医や外科医は、自分の脳の制御が十分できておらず、いつなんどき、破局を迎えるかわからない。・・・・・・・・
沈着な姿勢を真に完璧なものにするためには、幅広い経験と病気の諸症状についてのくわしい知識が必要である。知識を備え、経験を積んだ医師は、何事が起ころうとも、心の平静さを乱されることはあり得ない。今後起こりうる事態は歴然としており、取るべき行為はすでに決まっているからである。
最悪の事態に陥っても・・・
・・・だが、最悪の事態に陥っても、勇敢に立ち向かっていただきたい。
・・・根気強さがあれば、勝利は自らのものとなり、夜明けとともに、待ち望んだ祝福が訪れるかもしれない。だが、必ずしも、祝福が得られるとは限らない。敗北に終わる闘いもあり、諸君のなかには、そのような苦しい闘いに耐えねばならないものもでてくるであろう。そのときまでに、不幸にめげない明るい平静の心(cheerful aequanimity)を身につけておいてほしい。・・・・
たとえ、行く手に悲惨さが待っていようとも、目前に破滅が差し迫っていようとも、顔に笑みを浮かべ、敢然と立ち向かうほうが、身をこごめてひっそりとやり過ごすよりも、はるかに賢明である。確実に失敗すると思われるときにも、信念や正義のためには諸君の理想を曲げずにいてほしいと思う。
教授、学生諸君、ごきげんよう。あの良きいにしえのローマ人の座右の銘「平静の心(Aequanimitas)」を胸に抱き、これからの闘いの日々を歩んでいただきたいと思う。