vol.17 夏休みの宿題
 夏休みになってしまった。自分が働きに出ているときにはそれほど気にならなかったが、世間のお母さんたちがもらすため息の意味が今年は少しわかる。
 四十日間、子どもが家にいる。給食に頼っていたお昼ご飯を毎日作らねばならない。ラジオ体操があるので早起きしなくてはならない(最近はラジオ体操をしないところも多いようだが、私たちの地域では日曜とお盆に休むだけ)。プール当番や水やり当番(水やりをするのは子どもの仕事)など学校へ行かなくてはならない日も結構ある。早く終わればいいのに、というお母さんたちのぼやきが聞こえてくるようだ。
 夏休みと言えば、宿題。あまり少ないと親は「もっと出してくれればいいのに」と思うが、最終的に親の負担となりかねないのでうかつなことは言えない。明日は始業式という晩に必死で机に向かった経験がだれにでもあるだろう。子どもだけでなく、すでに大人になっている人にも。
 夏休みはちっとも特別な時間ではないのに、何か特別なことができそうな気がしてしまうから不思議だ。無理な計画を立てて撃沈してしまうのも、その錯覚のせいだろう。
 さて、愚痴ばかりこぼしていても始まらない。この不思議な夏休みパワーにあやかって、私も夏休みの宿題に取り組もうと考えている。やりたいことはたくさんあるが、欲張っても仕方がないから、とりあえず一つだけにしよう。
 その一つとは、子どもたちのアルバム作り。二女の誕生祝いに立派なアルバムをもらったのに、写 真の整理をする暇がなく、そのままになっている。もう生後九ヵ月になるのでいい加減に整理しなくてはいけない。長女にいたっては、一歳以降の写 真はただ箱へ放り込んできただけ。十年分をまとめて整理するのは至難の技だ。たかがアルバム作りでも、私にとっては「夏休みの宿題」にふさわしい一大プロジェクトなのである。
 息巻く母の横で、涼しい顔をして宿題のプリントをこなす長女。私はまだ宿題に着手さえしていないというのに。最終日に泣き言を言っているのは、さてどっちだろう?
(愛媛新聞「四季録」2005年7月28日掲載)
<画像>ヒマワリ

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