怪奇現象? タラコ唇の謎

<農政課勤務になりました>

 地方公務員になって七度目の春。五回目の異動辞令で「農政課」の人となりました。いつまでたっても「その道のプロ」になれないことがコンプレックスの時代もありましたが、最近では同じ身分でいろんな種類の仕事がやれることに「幸せ」も感じるようになってきました。
 さて、農政課です。農業に関わる行政的支援をしていくところです。久万町は林業とともに農業の町でもありますから、いよいよ私も町の中核的なところに関わることになったわけです(?)。
 そんな中で、農園の担当をすることになりました。いわゆる市民農園です。都市で生活人々に野菜づくりを通して自然と親しみ、農村の人々との交流を深めてもらおうというもの。これまで、男性職員がずっと担当していたのですが、男女平等とかで私が受け持つことになりました。
 農園! 家の手伝いもしたことないのに、と母に呆れられましたが、仕事なので仕方ありません。確かに、田舎で生まれ育ったのに、たんぼや畑の手伝いなんてほとんどしたことがなく、農業的知識もありません。やれるのかなあ、と内心は不安でしたが、それでも何とか夏野菜の収穫期を迎えました。担当といっても、契約者がそれぞれで作業を進めてくれるので、さして知識がなくても大丈夫なのです。


<気分は開拓者>

 前置きはこのくらいにして、本題です。
 農園の空き区画をほったらかしにしていたため、雑草の森ができてしまいました。本当は役場農園として野菜や花を植えるつもりだったのですが、完全に時期を逸してしまったのです。ものの本など読んでいると、雑草から病気が発生して作物に移るとか書いてあるし、虫の住みかにもなりそうだし、やっぱりこれはなんとかしなくては。と、梅雨の明けた七月下旬から草ひきを始めました。
 区画の広さは10坪(33u)。うち、三分の一程は辛うじて耕して花の種をまいていたので、雑草の量は少なかったのですが、残りの三分の二が問題。根が深く張っているため、手で引いてもびくともせず、鍬で掘り起こさなくてはならない状態。「草引き」というより荒地の「開墾」のようでした。
 それでもまあ一時間ずつ三日もあればそこそこ畑の状態にはできるだろうということで、一日目は仕事帰りの夕方に汗を流し、二日目は仕事中の三時半ごろから出かけて黙々と作業をしました。その二日目のこと、上唇の左側が突然ちくっとしました。痛いようなかゆいような感じで、土でも跳ねて当たったのかなと思っていると、次第に唇がじんじんしてきました。さすがに変だなと思い、車に戻ってミラーで確認すると、上唇に虫が刺した跡らしきものがあり、少し腫れていました。


<何じゃコレは!>

 唇を刺されたのなんて初めてだ、とこの時はまだわずかな感動にさえ浸って、虫刺されの薬も持っていないし、まあいいかと再び作業にかかったのですが、腫れた感じはどんどんひどくなってきます。柔らかい部分だから殊更にそう感じるのだろうと決め付けて、しばらく作業を続けましたが、口の内側まで腫れてきて、しかもじんじんとした痛みはしびれを伴い、手で触ってみてもその異状は明らかでした。

 もう一度ミラーで見てみると、上唇の片方だけが二倍以上に腫れ上がってぱんぱんになったものすごい顔がそこにありました。まるでエレファントマンです。
 よく見ると、もう一ヶ所刺された跡があり、血がにじんでいました。時刻は五時前。最初に刺されてからの時間は十分程度だったと思います。もう、これは病院に行くしかないっ。すぐに道具を片付けて、車に飛び乗りました。
 病院では血圧など計ってくれましたが、特に異常はなく、腕に注射を一本、飲み薬と塗り薬を五日分もらいました。こんなに腫れるんだったら蜂じゃないですか、と先生には言われましたが、蜂がぶんぶん飛んでいればわかりそうなもの。作業に没頭していたとはいえ、唇は本当に「目と鼻の先」にあるのです。


<タマちゃんの親父か?>

 職場へ戻ると、みんなが奇異な目で気の毒そうに私を見て、早く帰れ帰れと言いました。運転が危なくなるかもしれない、発熱するかもしれない、というのです。課長は「今晩テレビに出るのが旦那の方でよかったな」と言いました。夫は、夕方のNHKに生出演することになっていたのです。  冷やした方がましだというので、家へ帰ってからも氷で冷やしましたが、腫れはもっとひどくなって、夫が帰ってきた頃にはもとの四倍ぐらいになっていました。夫は気の毒そうに、しかし人間の唇がここまで腫れ上がることにやや感動し(?)、記念に写真撮っとく? というので、ポーズを決めてぱちりと撮ってもらいました。
 いっつも虫でひどい目にあうね、と彼は苦笑いしていました。(私は深刻なのに夫には大笑いされた話)

 翌朝、腫れは思ったほどひいておらず、マスクをしていくかどうか迷いながら出勤。でも、マスクをしている方がよっぽど目立つし怪しいので、普通の顔で通すことにしました。ちょうど、トマトのパック詰め作業があり、出先へこもることになったので、これ幸いと思っていると、昼頃までに腫れた感じとしびれた感じはほとんどなくなりました。鏡でみても、指摘されなければ気付かないくらいまで腫れがひいていました。その夕方にはほぼもと通りになり、丸一日で私のタラコ唇体験は幕を閉じたのです。


 それにしても、あの虫は何だったのでしょう。傷口が残っていなければ、あの現象自体が「怪奇」としか言いようがありません。これを書いているうちに思い出しましたが、そういえば小学生のときにもこれに勝る「怪奇」に出会ったことがあります。なんとこれも虫がらみなんです。うむむ、本当に私は虫に縁があります。前世で虫をいじめたのかも。その話はまた別の機会に。

(97.8.3)


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