第5話:思い出を乗り越えて
「秋本君! お願い、待って!」
私は走って秋本君を追いかけている。すると背中を見せていた秋本君が私の方にふり返った。私は緊張で震えている足に力を入れる。そして、ずっと言いたかった言葉を口にした。
「私、初めて会った時から、秋本君のことが好きでした!」
やっと言えた。いつも遠くから見てただけの秋本君に、やっと私の気持ち伝えることができた。どんな返事がきても、きちんと受け止めるだけの心の準備はあった。でも……、
「おれ、ブスは嫌いだから」
目の前が真っ暗になった。ずっと好きだった人に「ブス」って言われた……。この先、恋なんてしたくない、って思った。
「ジリリリリー」
「はうあっ!?」
けたたましくなる目覚ましの音で、目が覚めた。手探りで目覚ましを止めると、さっきまで見ていたイヤな夢を思い出してしまった。心の奥に封印していた「失恋」の日の夢を。
枕に顔を押しつけ、深くため息をついた。
「はあ……、なんでこんな夢見ちゃったんだろう……。なんか良くないことが起こりそうな気がする……」
今日は日曜日。いつもは規則に合わせ時間通りに生活している寮生活だけど、日曜だけは一日自由時間なのだ。私も今日は愛ちゃんと街に出かけようと思い、ワクワク気分で寮を出た。が、さっそく愛ちゃんが忘れ物をしたため、校門で一人待たされるハメに。
「愛ちゃん遅いなあ。忘れ物取りに寮に戻っただけなのに、もう10分もたってるよ」
空を見上げた。夏が近いせいか紫外線がきつい。日差しを避けるため、校門すぐ横に生えている大きな木の下に移動した。すると、
「鈴ちゃん、お出かけ?」
と聞きなれた声が。ふり返ると優くんがニコニコ笑いながら立っている。
「あ、うん。友達と街に買い物に行くの」
「フーン、そっか。じゃあ今日はデートに誘えないね、残念」
「え? デ、デ……」
優くんが冗談で言ってるのが分かってるのに、『デート』と言われ、真っ赤になってしまう自分が情けない……。こういうジョークも、軽く流せる心の余裕が欲しいな。
「じゃ、また今度いっしょにどこかに遊びに行こうね、鈴ちゃん」
そう言って、優くんは外に出かけていった。大地が一緒じゃないから、きっと女の子達と遊びに行ったんだろうなあ。うーん、優くんって本命の女の子はいないのかな?
そんなこと考えていると、
「モテモテみたいですわね、鈴ちゃんは」
というトゲのある声が後ろから聞こえてきた。ふり返ると愛ちゃんがうらめしそうな顔をしてこちらをみている。
「まったくうらやましいわ。鈴ってば、学校一もてる雨夜くんと深沢くんを独り占めして、まさに『両手に花』状態よねー」
他人から見ると「両手に花」かもしれないけど、あの2人と出会ってしまったがために、私は危険な仕事をするハメになったというのに……。でもこのことは誰にも言えないヒミツゆえ、黙っておくしかないんだけどね。
私達は電車に乗り、若宮駅から3駅のところにある大瓦駅にやって来た。T市内では一番多くの店が集まっている繁華街なので、「買い物に行こうよ」となれば、皆この街にやって来るのだ。大瓦町のメインストリートをブラブラ歩いていると、愛ちゃんがまた大地と優の話をふってきた。
「で、鈴は雨夜くんと深沢くんのどっちが好きなの?」
「はあ!?」
考えたこともなかった質問をふられ、思わず大きな声が出た。愛ちゃんはひじで私をつつきながらしゃべる。
「誰にも言わないから、私だけにこそっと教えてよ。そりゃ、どっちもかっこいいから、甲乙つけがたいとは思うけど、鈴の好みはどっちなの? やっぱり真面目な雨夜くん?」
「い……いや、どっちも別に……」
「どっちも別にって、そんなことありえないでしょ!?あんなかっこい子達と一緒にいたら、ちょっとぐらいグラッと気持ちが揺れることがあるはずよ!!鈴、変!」
変と言われても、あの2人に恋愛感情を抱いたことはまだ一度もないわけで……。だって大地は怖くて、一緒にいてリラックスできる相手じゃないし、優くんは軽くて、本気になっても「遊び」で終わらされそうな気がするしー、というか、向こうも私を恋愛対象として見てないと思う。すると愛ちゃんが、
「鈴、もしかして……秋本のこと、まだひっぱってるの?」
と聞いてきたので、私は思わず「ドキッ」とした。
「そ、そんなことないよ! だって3ヶ月前に失恋したし、秋本君にもあれ以来会ってないし、遠い過去の人だもん! 全然ひっぱってなんかないよ!」
なぜか必死に否定してしまった。「遠い過去の人」の話をしているわりには、心臓がドギマギしている。ふと今朝の夢を思い出した。あの夢が悪いんだ。せっかく忘れていたのに、今朝の夢で秋本君のこと思い出したから、今こんなにドギマギしてるんだ。
私は話題を変えようと、近くのショーウィンドウに飾ってあったぬいぐるみを指す。
「見て、愛ちゃん! このぬいぐるみ、かわいいよ」
その時、ショーウィンドウの前で立っている男の子と目があった。瞬間、体が固まった。真ん中で分けたサラサラの黒い髪、ちょっと日焼けした茶色い肌、大きくて澄んだ瞳……。覚えてる、いや決して忘れることのないこの顔。そう、私の目の前に立っているのは秋本君だった……。
「え!?秋本じゃない!?」
固まってる私の後ろから、愛ちゃんが声を出した。秋本君も愛ちゃんに気づいたようで、
「え? 佐々木じゃん! ひさしぶりー、卒業式ぶりだな」
とうれしそうに言った。
心臓が爆発しそうなぐらいドキドキしている。冷や汗も出て止まらない。なんで? なんでこんなところで秋本君に会うの!?二度と会いたくなかったから、私立に逃げたのに! きっとまた言われる。「ブスなんかと会いたくなかった」って。
顔を隠して逃げようとした時だった。
「こっちは佐々木の高校の友達?」
秋本君が私を見て言った。思わず顔を上げて、秋本君と目を合わす。すると秋本君はにっこり笑って、
「初めまして。おれ、佐々木の中学の知り合いの秋本です」
と言ってきた。き……、気づいてない。秋本君、私のことを「椎名鈴」って気づいてない!?確かに、入学式の日に優くんに髪を切ってもらって、メガネをやめてコンタクトにしたけど、ここまで気づかないなんて!?
「あのね秋本! 彼女は同じ中学……」
愛ちゃんが私の正体を言おうとした瞬間、思わずその口をふさいだ。
「あのっ、そのっ! 私、愛ちゃんのいとこの『佐々木鈴』ですっ!」
なぜかとっさにウソをついてしまった。ずっと好きだった秋本君に話しかけられて、舞い上がっていたわけではないと思う。だけど、でも……。すると愛ちゃんが小声で、
「鈴、どういうことよ! なんでウソつくの!?」
と言うので、
「ゴメン、愛ちゃん! 今だけごまかせて!」
と謝った。今だけごまかせば、きっと今日のことは「悪い思い出」として残らない。少しぐらい私に「良い思い出」を!、なんてわけ分からないこと考えていると、秋本君が信じられないことを言ってきた。
「あのさ、おれも連れと2人なんだ。よかったら一緒に遊ばないか?」
秋本君と一緒に……、神様が私に微笑んでいるような気がした。
夢みたいだった。目の前にはずっとずーっと大好きだった秋本君が座って、コーラーを飲んでいる。しかも私と2人きりで……。
「佐々木と吉田、2人でどこまで行ったんだろうな」
「あ、愛ちゃんが連れまわしているのかも!」
愛ちゃんは秋本君の友達吉田君と気が合ったのか、私と秋本君をカフェに残し、2人でどこかに行ってしまった。取り残された私は、秋本君と何を話していいか分からず、頭の中は真っ白状態だ。失恋したとはいえ、ずっと好きだった人が目の前にいて、やさしく微笑みかけてくれている。ずっとこのまま向き合っていたら、ドキドキしすぎて心臓がもたないかもしれない。
「寮生活って楽しい?」
緊張している私を気遣ってくれたのか、秋本君から話題をふってくれた。
「うん! 家での生活とは違うし、夜遅くまで友達とおしゃべりもできるし、怪盗……」
頭がパニック状態になっていたせいか、余計なことまで言いそうになって思わず口をふさいだ。話題を変えようと、今度は私が話をふる。
「あ……あの、秋本君は何部なの?」
私の質問に秋本君は少し照れたような表情を見せた。
「きっと『似合わない』って言うと思うよ」
「え? なんで?」
「その……剣道部なんだ」
その答えを聞いて、「やっぱり」と思ってしまった。中学の時も剣道部だったから、高校に入っても、やっぱり剣道を続けてたんだ!
「小さい頃からやってるんだけど、友達に話すと皆『意外』って言って笑うんだよ」
はにかんで笑っている秋本君に思わず、
「そ、そんなことないよ! 私、剣道してる秋本君ってすっごくかっこいいと思うもん!」
と叫んでしまった。ハッと我に返ると、他のお客さんがこちらを見ている。「カーッ」と勢いよく真っ赤になる顔。は……恥ずかしすぎる……。何一人で興奮して、何一人で叫んでるのよ! 秋本君もきっとあきれたはず! ダメだ、もう顔見れない!
恥ずかしさで下を向いていた私に秋本君が、
「ありがとう。そんなふうに言ってくれたの、鈴ちゃんが初めてかも」
と言って微笑んでくれた。この笑顔……、いつも遠くからドキドキして見てた笑顔……。忘れようとしていた記憶なのに、封印してたはずの気持ちなのに、堰を切ったようにあふれ出してきた。
「え!?また秋本と会うことになったの!?」
「うん! 今日ね、秋本君が塾でこの近くに来るんだって。だからちょこっとだけど会う約束したんだー」
数日後の放課後、私は愛ちゃんにデレデレ顔で秋本君との約束の報告をした。そうなの!この前の日曜の別れ際に、秋本君が「また会いたい」って言ってくれたんだよ! もう信じられなくて、あの日の夜は眠れなかった、うれしすぎて。
でも、報告を受けた愛ちゃんはあわてた表情をしている。
「ちょ、ちょっと鈴。秋本は、あんたを『椎名鈴』って知ってるわけなの? 中学時代の同級生で、ひどいふり方して傷つけた『椎名鈴』って」
愛ちゃんにそう言われて、一瞬胸がチクッとした。でも、それは過去のこと。今は違う。
「ううん、知らないと思うよ。きっと秋本君は私のこと別人だって思ってる」
「それなら、なんであんなヤツとー」
「で、でもね、この前初めてあんなに秋本君とおしゃべりできて、すっごくうれしかったの。それに、『また会いたい』って言ってくれたこともすっごくうれしくて……。だから秋本君が私のこと『椎名鈴』だって気づいてなくても、一緒にいられるなら、このままでいいかなあって思うんだ」
「ちょ、ちょっと何言ってるのよ!?鈴、きちんと目を覚ましなさいよ! あんたの考え方はおかしいわよ!?」
おかしい? 愛ちゃんはなんで喜んでくれないんだろう? 一回失恋したものの、やっと私の恋が上手く行き始めているのに。
愛ちゃんが引き止めるのも聞かずに、秋本君との約束の場に行こうとした。とその時、
「椎名、おまえ今日の放課後空いてるか?」
と大地が声をかけてきた。手には魔法の書物を持っていたから、きっと勉強会でもするつもりなんだ。
「ごめん、大地! 私今日はいそがしいの!」
大地をふり切り、私は教室を飛び出した。ゴメンね、大地。今は魔法のことなんか考えられる状態じゃないの。この恋のチャンス、ムダにはできないんだ!
「鈴ちゃんさ、一回失恋したみたいだったけど、再び秋本君に出会って『好き』だった頃の気持ちを思い出しちゃったんだよ」
「んなの分かんねーよ! なんでそんなひどいこと言ったヤツを、もう一回好きになるんだ!?あいつ、バカか!?」
「一度も恋したことのない大地には、繊細な恋心が分からないかもしれないけどね」
「なっ!?まともな恋愛したことのない優には、言われたくねーよっ!」
大地と優は、愛から事情を聞き、鈴の恋についてお互いの意見を言い合っていた。優は鈴の気持ちを理解していたようだったが、大地は全然理解できず怒っていた。
イライラしながら中庭を歩き回り、近くに転がっていた小石を蹴る。
「なんだよ、あいつ……。自分の正体を隠してまで、自分をふった相手と一緒にいたいのか!?それでつきあって幸せなのか!?」
大地は真剣に鈴のことを考えていたのだが、横から優が、
「魔法のこと以外で、こんなに燃えている大地を見るのは初めてだ……。さては、大地。鈴ちゃんを誰かに取られたくなくて、秋本君にジェラシー感じてるんじゃないの?」
とひやかしてきたので、大地は驚きで「はあ!?」と大声を出した。人が真剣に考えているのに、優は何言い出すんだ!?ただ自分はアイツが恋に夢中になって魔法の勉強がおろそかになるのがイヤだから、怒ってるだけなのに! と心の中で叫んでみたが、優に説明しても、またからかわれるだけなので、抵抗するのをあきらめた。
若宮学園から少し離れた公園で、私はドキドキしながら秋本君を待っていた。いつもは何気なく見ている公園の風景だけど、『恋』というフィルターが一枚、気持ちにかかっているだけで、木々の緑も夕焼けの赤い空も花壇の花たちも、いつも以上にステキに見えるから不思議だね。
「ごめん! 待った?」
息を切らしながら秋本君が走ってやって来た。この前は私服姿だったけど、今日は白いワイシャツがさわやかな制服姿! こっちの秋本君もすっごくかっこいい!
制服姿に思わず顔がゆるんでいると、
「それが若宮中学の制服? そのベストもチェックのスカートも、やっぱり公立と違ってデザインがかわいいよな。鈴ちゃんも似合ってるよ」
と秋本君が言ってくれた。似合ってる、似合ってる、似合ってる……、この言葉が延々と頭の中をグルグル回る。まさかそんな言葉を秋本君の口から聞けるなんて! 今日まで生きてきて、ほんとによかった!
それから秋本君の塾が始まる時間まで、2人でいろんなことを話していた。たぶん話していた内容は、大したことじゃなかったと思うけど、ただ2人で一緒に同じ時間を過ごしているだけで幸せだった。そんなふうに思えるのは、きっと今『恋の魔法』にかかっていて、秋本君しか見えてないからだろうね。
「じゃ、そろそろおれ塾に行くよ」
秋本君がベンチから腰を上げた。お別れの時だ。急にさみしくなった。
うつむいていると秋本君が、何か差し出してきた。
「これ、おれの携帯の番号なんだ。もしヒマだったら、いつでもかけてきて」
秋本君の電話番号が書いている紙を、驚いた顔のまま受け取る。
「じゃ、またね」
そう言うと秋本君は走って公園を出て行った。渡された紙を見る。秋本君の力強い筆跡で携帯番号とメールアドレスが書いてあった。それだけでも充分なのに、さらにその下に、
『日曜、また会えるかな? もしOKだったら連絡してほしい』
と付け加えられていた。思わずほおをつねった。痛い。夢じゃない。あんなに遠い存在だった秋本君が手を伸ばせば届くところにいるなんて……。
神様、どうかお願いです。このまま秋本君が、私のことを『椎名鈴』だと気づきませんように。『一時の魔法』が解けて、シンデレラのように『お姫様』から『みすぼらしい女の子』に戻りませんように……。
それから数日後、秋本君に初電話をした私は、寮の勉強時間だというのに一人ボーっと幸せにひたりきっていた。
「なんか幸せそうな顔してるわね、鈴」
隣の机で宿題をやっていた愛ちゃんが、あきれたような顔でこちらを見ている。
「だって、初めて秋本君と電話でおしゃべりできたし、日曜のデートの約束もしちゃったんだよー!」
にやけちゃダメだと思っても、自然と顔が緩んでしまう。だってこんなやり取り、まるで本当の恋人同士みたいだもん。
一人で浮かれていると、愛ちゃんが横で大きなため息をついた。
「鈴。本当にこのままずっと正体を隠していくつもりなの? もしつきあうことにでもなったら、後になればなるほどつらくなると思うよ」
「……」
愛ちゃんの言うことも分かる。秋本君が『本当の私』を見てないのも知っている。でも今のこの状況を壊したくない。ずっと好きだった人に想いが届くのなら、自分の正体隠したままでも、私はそれで幸せだと思うんだ……。
今日も朝から日差しが強く、空は真っ青。うん、絶好のデート日和だ。
秋本君との待ち合わせ場所に行こうと、小走りで学校の門を出ようとした時だった。
「話がある」
大地が突然目の前に現れた。驚いている私に大地は怒りながら言った。
「おまえ、また失恋した相手に会いに行くのかよ」
失恋、という言葉に一瞬胸がズキッとした。でも負けている場合ではない。
「な、なによいきなり! 大地には関係ないでしょ!」
「関係ないって……、ないことはない! おまえが恋愛にうつつを抜かしていたら、全然仕事が進まないし、魔法も下手なままで、こっちが困るんだよ!」
心配してるのかと思ったら、結局は怪盗の仕事の心配しかしてないんだ。なぜかちょっとだけ胸が痛んだ。
大地を「キッ」とにらみ返す。
「そんなの……、そんなの知らないわよ! 私の恋愛まで大地に文句言われたくない! ほっといてよ!」
大地をふり切り、走り出す。すると大地が後ろから叫んだ。
「おまえ、本当にそれでいいのかよ! 『本当の自分』を見てもらわなくていいのか!?」
思わず足が止まった。
「恋愛っていうのは、『本当の自分』を好きになってもらうものだろ!?なのにウソついてまで一緒にいたって、本当に幸せになれるのか!?椎名、いい加減目を覚ませよ!」
何も言葉を返せられないまま、私はその場から逃げ去った。
「鈴ちゃん、どうしたの? なんか元気ないけど」
秋本君に話しかけられ、ハッと我に返る。夢にまで見た秋本君とのデートなのに、頭の中では大地の言葉がグルグル回っている。今はデートに集中しなきゃいけないのに……。
公園の木々では「ミンミン」とセミが大合唱している。木陰のベンチに座って目の前の大きな池を見ると、恋人達が仲良くボートをこいでいた。秋本君がボートを指して、
「あれに乗る?」
と聞いてきた。「うん」とうなずこうとした時、
「あれ? 秋本じゃん!」
という声がした。ふり返るとそこには、中学のクラスメイトで秋本君と同じ高校に通う女の子2人が立っていた。瞬間「ギクッ」として、体が固まった。
「秋本、彼女いないって言ってたクセに、いつのまにつくったの?」
「ほんと、ほんと。こんなとこでデートしてたなんてさー」
「う、うるせーな。さっさとあっち行けよ」
秋本君が手で追い払うフリをしたが、女の子達は私の顔をのぞきこんでくる。私はとっさに横を向くが、彼女達の目は鋭かった。
「初めて見る子だけど……、でもどっかで見たことあるような……」
神様、どうかバレないで! 冷や汗を流しながら、必死に心の中で祈った。すると、
「ほら、中学の時にいた佐々木のいとこで『佐々木鈴』ちゃんだよ」
と秋本君が私のことを紹介した。その瞬間、女の子達の眉がピクリと動く。
「鈴? そういや中学の時、『椎名鈴』っていう地味な子がいたよね」
「いたいた! いつもみつあみして、メガネかけてた子でしょ? 確か秋本、彼女に告白されたんじゃない?」
秋本君は首をかしげた後、ポツリと言った。
「あ、そんなこともあったっけ。もう忘れたよ、そんな昔のこと」
手に持っていたカバンが手からズルリと落ちた。
忘れた……、昔のこと……。そ、そうだよね……、そんなもんだよね……。私が忘れようとしても忘れられなかった出来事も、秋本君にとっては全然大したことじゃなかったんだよね……。
その瞬間、目が覚めたような気がした。
なにやってるんだろう、私。『本当の私』はとっくの昔にふられていたのに……。
耐え切れなくなって、その場から逃げ去ろうとした。が、秋本君が手をつかむ。
「どうしたんだ? いきなり、走り出して」
その時だった。
「手を離せよ」
突然、大地が木陰から現れた。びっくりして言葉を失っていると、大地は秋本君のエリをいきなりつかんだ。
「おまえ、椎名がどれだけ悩んで告白したのか分かってんのかよ! おまえが何気なく言った一言で、椎名は傷ついたのに、まだこれ以上苦しめる気か!?」
大地にそう言われ、秋本君はハッとした顔で私を見る。
「し……椎名ってもしかして……」
全てのウソがばれた。『魔法』は解け、現実に戻された。
「ごめんなさい……。私、本当は中学時代に同じクラスだった『椎名鈴』なの……」
秋本君がどんな表情をしているのか見る勇気もないまま、私はその場を立ち去った。
「お、思わず追いかけてきたけど、なんて声をかけたらいいんだ……? 優なら慣れているかもしれないが、おれは……」
秋本から逃げて、一人ベンチに座って池を眺めている鈴の後姿を見ながら大地は考え込んでいた。きっと鈴は落ち込んでいるに違いない。でもどう励ましていいか分からない。女の子の接し方に詳しい優と違って、自分はこんな経験がないから、気の利いた言葉一つも思い浮かばない。すると突然、鈴が立ち上がった。
「別に泣いてないからね」
「え?」
鈴はクルリとふり返ると、
「大地、おなか減ったから何か食べたい!」
と言って笑った。鈴の目に泣いた痕が見えたので、大地は胸がギュッとしめつけられるような感覚を覚えた。でも鈴ががんばって笑顔を見せるので、なんとかなぐさめたかった。
「な、なに食いたいんだ?」
しかし、全然なぐさめにもなってない言葉に、『何やってんだ、おれ……』と大地は情けなくなる。でも鈴は大地の言葉に答える。
「うーん、そうだなあ……ピザにパスタにカキ氷にケーキに……」
と言ったところで、鈴が黙り込んだ。
「ど、どうした?」
うつむいている鈴の顔をのぞきこもうとすると、鈴が大地の手をそっと握ってきた。
「ありがとね、大地。心配してくれて……」
2人の頭上には青い空に白い入道雲。夏が近い空を見ていると、この先きっと何かいいことが待っているような、そんな気がした。
それから数日後の放課後。
「かばん置いたら、魔法の勉強だってー。最近休んでいたから、大地にしごかれそう……」
学校から寮に向かう途中、裏門に他校生の制服が見えて思わず足を止めた。秋本君だった。
「あ、秋本君!?どうしたの?」
思わず駆け寄る。秋本君は困ったような顔をしながら言った。
「その……おれ、椎名に謝ろうと思って……」
その言葉だけで充分だった。
「もう気にしてないから、別にかまわないよ。じゃ私、用があるから」
そう言って寮に向かおうとすると、後ろから秋本君が私を呼び止めた。
「椎名! その、今さらって思うかもしれないけど、椎名のこと好きになったんだ。もしよかったら、つきあってほしい」
信じられない言葉に驚いてふり返る。秋本君は真剣な顔をしていた。冗談で言っている雰囲気ではなかった。一瞬心が揺れた。でも私の答えは決まっていた。
「あのね、秋本君。きっと秋本君には、私よりステキな人が見つかると思うんだ。だから、これからも友達としていてくれる?」
「椎名……」
帰っていく秋本君の背中をしばらく見つめていた。ほんとはね、今でも大好きだよ。「つきあおう」って言われた時、一瞬心がぐらって揺れたけど、でも……。
「椎名―っ、おまえまだカバン置いてきてなかったのか!?」
「鈴ちゃん、今日から復帰するんだって? うれしいよ!」
駆け寄ってくる大地と優くんの顔を見ると、なぜか気持ちがほっとした。そして思った。
きっといつか、私だけの王子様が現れる、ってね。