Collarenebriにて言葉と文化の壁にぶつかる日々)

5月8日
「雨が降った」
5月9日
「初の芝刈り」
5月10日
「慣れてきたかな」
5月11日
「心痛む送別会」
5月12日
「相変わらず
   の日」
5月13日
「いらいら」
5月14日
「教案づくり」
5月15日
「初テニス」
5月16日
「教案づくり2」
5月17日
「授業をもらう」
5月18日
「教えるのは難しい」
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5/8(土) 「雨が降った」

 8時半ごろに起きたが、2日酔いで頭が痛い。Neilは車で自宅に帰っているので(6〜7時間かかるらしい)、Paulと2人でトーストを食べて、シャワーを浴びた後、Vincentの家へ10時半ごろ行って、話をして12頃帰ってきた。お昼は僕がチャーハンを作ってPaulと食べた。
 昨晩は何と雨が降ったそうだ!!結構降ったらしい。今日も曇り空で、時折小雨がぱらついた。  夜はPaulに花札を教えた

5/9(日) 「初の芝刈り」

 Paulは学校の仕事があって忙しそうだ。ほとんどテレビを見て過ごした。
 夕方からはVincentの家へ行った。芝刈りをしたことがないと言ったら、Louisの家から芝刈機を借りてきて、使い方を教えてくれた。芝刈姿の写真もとられた。
 夜はチャーハンと肉じゃがを作って2人で食べた。その後学校へ天体望遠鏡を借りに行って、裏庭で木星を見たりしたが、ひどい曇り空でほとんど何も見れなかった。

5/10(月) 「慣れてきたかな」

 今日はYear3/4(Fionaのクラス)へ行った。午前中は子供たちの授業を見て、お昼前に少し日本のことについて話をした。昼食の後の授業で少しギターを弾かせてもらった。結構好評だった。
 あいかわらず、どこへ行っても折り紙を頼まれる。同じものでも誰かに違う大きさのものをあげると、またそれをねだられてしまう。
 Year1/2の女の子が友だちを指さして、「彼女が"I love you."と言ってた。」と声をかけてきた。またYear1/2の男の子も僕のことを好きだと言ってくれた。子供には好かれているようだ。
 授業でSoalr System(太陽系)のことについて教えていて、惑星の日本語での呼び方を教えてくれと頼まれた。
 あいかわらず、子供たちが自分の名前を日本語で書いてくれと頼みに来る。簡単で、子供たちも興味を示すので授業では、一番便利だ。でも、日本語にない音があるので、時々、書くのに苦労する。
 帰る前のSingingの時間、Year6の生徒はどうも気に入らない。明日行くのだが、乗り気でない。
 夕べ、父親から電話があった。近くに住む、中学時代の英語の先生にかけ方を教えてもらってかけてきたそうだ。
 夕方、が鳴った。3人で外へ出てしばらく眺めた。
 夜、VincentとCassieがやって来て、しばらく話をして帰って行った。

5/11(火) 「心痛む送別会」

 今日はSueのクラス(Year6)へ行った。昨日の嫌な感じとは反対に、みんなかなり親しみやすかった。相変わらず、みんなの名前をカタカナで黒板に書いた。その後、日本の人口のことなどを話して、写真を見せ、日本のお金を見せたりした。そして、やはり最後は折り紙。Year6なのである程度は自分たちで出来るが、やはり作ってくれとひっきりなしに頼まれる。
 昼からはクロスカントリーが行われた。Brabin校長と話をしながら、コースの途中で子供たちの様子を見た。
 19時からPaul・Mの送別会がクラブであったので出席した。食べ物を注文するとき何を頼めばいいか分からなかったので、この前Bradと食べた、ランプ・ステーキを注文した。が、ちょっと違ったみたいで、みんなはチャーハンをかけて食べれる、肉炒めを頼んでいて、自分だけ浮いてしまった。
 相変わらず、どこへ行っても子供たちが寄って来ては折り紙やら何やら頼まれる。まあ、嫌われるよりはどれだけうれしいやら。ただ、みんなの頼みに応えきれないのが残念だ。時間がなさ過ぎる。
 昨日は嫌な感じだったYear6のMikoも非常に慕ってくれた。
 Paul・Mの寄せ書きに、日本語で「短い間でしたがお世話になりました。」と書いておいた。Paul・Wが僕に日本語で「くそ食らえ!ポールより愛をこめて」と書くように言われて書いたが、みんなとの別れを悲しんで涙ぐんでたPaul・Mを見たら胸が痛んだ
 みんなから、金曜の晩、大酒を飲んだことをからからわる。どうも、僕より飲んだはずのCindyが、みんなに言ってるみたいだ。

5/12(水) 「相変わらずの日」

 今日はYear5(Louisのクラス)へ行った。相変わらず折り紙を教えて、カタカナで名前を書いてあげた。あまり特別なことをすることもなく午前中が終わる。午後からはSecondaryのクロスカントリーの手伝いに行った。が、別に何をするわけでもなく終わった。相変わらず、折り紙はウンザリするほど頼まれる。
 夕方はPaulと一緒にDavid夫妻の家に行った。帰る途中に何人かの生徒に出会ったが、みんな僕の名前ばかり呼んで、Paulには声をかけないので少しすねていた
 夜はステーキを食べた。眠かったのでベッドで少し横になっていたら、9時過ぎには寝ていた。

5/13(木) 「いらいら」

 今日は午前中ひらがなとカタカナの50音のフラッシュカードを作った。午後は昨日の午後行けなかったLouisのクラスへ行くが何もしなかった。
 晩から学校主催のディスコがあったので行った。7時から10時までずっとジュース売場のところでChipsとジュースを売った。途中子供たちが来て相手をした。5円玉をあげたり、折り紙を作ってあげたりした。Christal(女の子)は、母親の誕生日にあげると言ってた。  掃除をして帰ったら10時半でPaulに夕食を頼んだら、皿に3分の1ほどのスパゲッティをくれただけ。少々腹が立っている。人の悪口を言う前に自分を磨けと言ってやりたいところだ。その後の皿や鍋も僕が洗った。
 英語を話すのが上手くないので、まるで子供のように思われてしまう。やりたいことも上手く言えないし、少々勘違いもされてしまう。「話が出来なくても大人だぞ!」とみんなに言ってやりたい。

5/14(金) 「教案づくり」

 今日は1日かけて、当面の教案を作った。まず、できそうなものを書き出し、日本語で詳しく書いて英語になおした。それだけで、2時過ぎになった。その後、それをコンピュータに打ち込んで、Davidに手直ししてもらった。帰り際にMrs.Brabin(校長夫人)が荷物が届いていると教えてくれたので、帰りにPaulと郵便局へ取りに行った。実家から届いたものだった。帰るとすぐにPaulと買い物に行った(食料品、消しゴム、つめきりetc....)。その後、住宅にVincentが来て、NeilとPaulとで自転車乗りに出ていった。その間、荷物の整理等をした。3人が帰ってきてからは、送ってきたあられをつまみながら、少々日本のことについて話した。
 晩からはクラブへ3人で行って、先生たちと飲んだ。Paulがくじで肉とソーセージを当てた。帰りに学校によって、望遠鏡を持って帰り、帰ってから3人で星を見た。

5/15(土) 「初テニス」

 9時半頃起きた。今日はかなり寒い(南半球は季節が逆だから)。朝、校長が調子の悪い芝刈り機を持ってきて、Neilと直していたので、一緒にみた。その後は、教案用の資料作りを2時半頃までした。
 4時からPaulと僕とCassieとVincentとEricでテニスをした。Vincentは学校の用事があってできなかったので、4人でダブルス(Paul/僕 VS Cassie/Eric)をした。生まれて初めてテニスをしたが、それなりには出来たと思う。最初はサーブが一本も入らずに終わったが、最後のサービスはすべて決まり、ラブゲームで終わった。かなりおもしろい。テニスをしていて気づいたのは、サーブを失敗したときに、「ごめん」の意味で”Sorry”を連発していたら、Paulに「ゲームで楽しんでるんだから、謝る必要はない」と言われた。英語の”Sorry”は日本語の「ごめん」とは、同じではないようだ。
 夜は3人で”Where Eagles Dare”を見た。前半はウトウトしていたが、後半は全部見た。(クリント・イーストウッドが出てる、日本でも何度か見たWWU映画)

5/16(日) 「教案づくり2」

 今日は一日中教案作りをした。しんどかった。だんだん日本語がになってきてると思う。

5/17(月) 「授業をもらう」

 作った教案を先生たちに見せて回り、何時間か授業をもらった。毎週月〜水のお昼にYear6の7人の生徒に日本語を教える。また、その他の空いた時間にもあちこちから声がかかってくるようになった。
 BradにGeographyのことでいろいろとアドバイスをしてもらった。
 Year6で午後からはあれこれ手伝いをした。折り紙でコウモリを作ったりなど・・・。
 午後からはDina(Louisの奥さん)の家で、Mrs.Brabin(校長夫人)とPaulと4人で今月の26日に予定しているJapanese Nightについて話をした。肉じゃがを作ることになった。

5月18日(火) 「教えるのは難しい」

 今日はYear6でまず日本の地理を教えた。が、生徒のレベルが違いすぎて、早く終わる生徒もいれば全く進まない生徒もいて非常にやりづらかった。昼は凧作り用にビニール切りをしたが、その時”カント(非常に卑わいな言葉)”を知っているかと、ふざけた質問をする女の子がいて、相手にしなかったら頭をひっぱたいてきた。かなり腹が立ったが、相手にしたら相手の思うつぼなので、とりあわなかった。
 昼休みにKindergartenの子供に日本のお金を見せたら喜んだ。
 午後はYear6の7人の生徒に日本語を教えた(といってもカタカナの紹介)。教えるというのが全く初めてのことで、言葉もまだまだ十分でないのでかなり迷惑をかけたと思うが、時間が来てもう終わりというと、みんなが残念がってくれたのが、せめてもの救いだ。何から始めればいいのか、どう教えればいいのかまだ分からないので、これから苦労すると思う。
 夜はGrant Timinceの誕生会に行った。JennieやTaniaやFionaは酔っぱらっていたが、僕は明日の準備があるので飲まなかった。帰りはPaulが酔っぱらっていたので代わりに運転して帰った。慣れない車だし、夜道だったので短い距離だったが落ち着かなかった。
 帰ってから、電話料金をNeilに調べてもらい、日本へ直電をかけた。